大事なのは、、、
その日から、ヒロは仕事を少しだけ早く切り上げ、毎日のように工房へ通うようになった。
昼間はいつも通りインフラ整備。
依頼を終えると、その足で鍛冶工房へ向かう。
親方の指導のもと、髪飾りの留め具作りは驚くほど早く習得できた。
小さく、それでいて丈夫。
髪を傷めず、着け外しもしやすい。
何度も試作を重ねるうちに、親方も満足そうに頷くようになった。
「そこはもう教えることはねぇ。」
「後は数をこなせ。」
「はい。」
しかし、問題はそこではなかった。
留め具は作れる。
けれど、その先に付ける飾りが何一つ思い浮かばない。
ヒロは作業台へ肘をつき、小さく唸った。
「……。」
飾り。
これまでの人生で、そんなものを必要だと思ったことは一度もない。
剣は切れればいい。
工具は使えればいい。
仕事は効率が良ければいい。
それがヒロの当たり前だった。
だからこそ、人を喜ばせるためだけの形が分からない。
花を作るべきか。
鳥か。
宝石か。
考えれば考えるほど答えは遠ざかっていく。
そんな時だった。
工房の扉が勢いよく開く。
「ヒロー!」
「またここに来てんのか!」
ガレスだった。
職人たちは顔を見合わせると、にやにやしながらガレスを手招きする。
「聞いてくれよ。」
「こいつな。」
「女の子に贈る髪飾り作ってるんだ。」
「デザインで三日も止まってやがる。」
「は?」
ガレスはヒロと作業台を交互に見た。
そして次の瞬間、何の迷いもなく胸を張る。
「そんなもん簡単だ!」
工房中の視線がガレスへ集まる。
「デザインなんて関係ねぇ!」
「大事なのは気持ちだ!」
地下道に響くような大きな声だった。
職人たちは一瞬きょとんとした顔を見合わせ――。
「ぶはっ!」
「はははははっ!」
再び工房は笑い声に包まれた。
親方だけは腕を組んだまま、小さく笑っていた。
「……たまには、いいこと言うじゃねぇか。」
ヒロはガレスの言葉を聞き、しばらく黙っていた。
やがて、小さく頷く。
「……そうか。」
そのまま立ち上がると、工房の隅へ歩いていく。
そこには、大きな木箱が一つ置かれていた。
役目を終えた屑鉄。
歯の欠けた歯車。
ねじ山の潰れたネジ。
折れた板金。
変形した留め具。
もう誰にも使われることのない部品たちが、無造作に積まれている。
ヒロはその中へ静かに手を入れ、一つ、また一つと拾い上げていった。
「……おい。」
職人の一人が思わず声を漏らす。
「まさか。」
誰もがヒロの手元を見つめていた。
親方だけは腕を組んだまま動かない。
「……黙って見てろ。」
短く、それだけ言った。
その一言で工房は静まり返る。
職人たち。
親方。
ガレス。
いつの間にか全員がヒロを囲むように立っていた。
ヒロは何も話さない。
炉へ火を入れ、屑鉄をゆっくりと熱する。
赤く染まった部品を静かに取り出し、丁寧に形を整えていく。
槌を振るう音は一定だった。
焦りも、迷いもない。
一つひとつの部品が、まるで最初からそうあるべきだったかのように組み合わされていく。
溶接も見事だった。
継ぎ目はほとんど分からない。
寸分の狂いもない。
親方も職人たちも、その仕事の正確さに目を奪われていた。
やがて、一つの髪飾りが形になる。
完成したそれは、決して華やかではなかった。
左右も完全には揃っていない。
花でもない。
宝石もない。
どこか無骨で、不恰好だった。
工房は静まり返る。
誰も口を開かない。
誰一人として笑わなかった。
誰一人として、その髪飾りを馬鹿にする者はいなかった。
しばらくの沈黙の後、親方がゆっくりと口を開いた。
「……まさか、歯車とネジの髪飾りとはな。」
その声に笑いはなかった。
完成した髪飾りを静かに見つめながら、小さく頷く。
「だが。」
「お前らしい。」
その一言だけで十分だった。
職人たちも完成した髪飾りを順番に眺める。
「確かに。」
「花なんかより、こっちの方がヒロっぽいな。」
「屑鉄を使うなんて、あいつしか思いつかねぇ。」
「不恰好だけど……何かいいな。」
誰も出来栄えを笑わない。
それが、ヒロという職人の仕事だと知っていたからだ。
親方は何も言わず工房の奥へ歩いていく。
しばらくして、小さな木箱を両手で持って戻ってきた。
「これに入れて渡せ。」
ヒロは目を丸くする。
木目の美しい、小ぶりな木箱だった。
職人の一人が照れくさそうに頭を掻く。
「蝶番は俺が作った。」
別の職人が続ける。
「留め具は俺。」
「木の漆塗りは俺だぜ。」
「角の仕上げは俺。」
「磨きは俺がやっといた。」
口々に言う職人たちの顔には、どこか誇らしげな笑みが浮かんでいた。
「お前一人の贈り物じゃねぇ。」
「工房みんなからの応援だ。」
誰かがそう言うと、工房には穏やかな笑いが広がる。
ヒロはしばらく木箱を見つめていた。
やがて深く頭を下げる。
「……ありがとうございます。」
その言葉には、いつも以上に感謝が込められていた。
ヒロは木箱をそっと開く。
不恰好だけれど、世界でたった一つの髪飾りを、両手で大切に持ち上げる。
そして傷一つ付けないよう静かに木箱へ納めると、蓋を閉じた。
工房には、誰も言葉を発しない穏やかな時間だけが流れていた。
お読みいただきありがとうございました!「続きが気になる」「面白い」と思っていただけましたら、画面下の「ブックマーク登録」や「★(評価)」で応援していただけると励みになります。




