違うよね?
数日間、王都中はその話題で持ちきりだった。
王女暗殺未遂。
犯人の素性は一切不明。
衛兵に拘束された後も、取り調べに対しては完全に黙秘を貫いていた。
さらに衛兵の調べで、犯人が拘束される直前、広場から少し離れた小さな飲食店で何者かと戦闘を繰り広げていた痕跡が見つかる。
店内には激しく争った跡が残されていたが、相手が誰だったのかは分からない。
目撃者もおらず、その人物がどこへ消えたのかも掴めなかった。
「犯人と互角に戦った謎の冒険者がいた。」
「いや、王国の隠密部隊だったらしい。」
「近衛兵が極秘で動いていたんだ。」
噂は尾ひれを付けながら王都中を駆け巡り、人々は思い思いの憶測を口にした。
しかし、どれだけ騒がれても真実が明らかになることはない。
やがて、人々の関心は次の出来事へと移り、その話題も日を追うごとに少しずつ薄れていった。
そんなある日の夜。
受付業務を終えた後も、リリアは珍しく一人ギルドへ残っていた。
机の上へ依頼台帳を広げると、小さく息を吐く。
自然と脳裏に浮かぶのは、ヒロが怪我をして帰ってきた日のことだった。
あの時は血を見た瞬間、頭が真っ白になってしまった。
医務室へ連れて行くことしか考えられず、冷静に話を聞くこともできなかった。
リリアは依頼台帳を開く。
ヒロが受けた依頼。
街灯修理。
報告欄には短く書かれている。
『異常なし』
「……故障なし。」
リリアは小さく呟く。
街灯は壊れていなかった。
それなのに、ヒロは腕を怪我して帰ってきた。
理由は。
「作業中にガラスで切った。」
そう笑って話していた。
「……作業?」
街灯は壊れていない。
修理もしていない。
なら、何の作業をしていたのだろう。
リリアは静かに依頼台帳を閉じる。
資料棚から数日前の新聞を取り出した。
大きく載った見出し。
『王女暗殺未遂』
事件現場。
王都中央広場。
リリアは王都の地図を机いっぱいへ広げる。
街灯修理の場所へ印を付ける。
続いて、広場へ印を付けた。
定規を当てる。
ゆっくりと距離を測っていく。
「……約百メートル。」
思わず息を呑む。
偶然。
そう思おうとする。
しかし胸の奥の違和感は消えなかった。
さらに机の隅へ置かれていた一枚の書類へ視線が止まる。
王国近衛騎士団からギルドへ届けられた協力要請。
差出人。
剣聖セバスチャン。
内容は、事件現場付近で犯人と交戦したと思われる人物の情報提供。
特徴。
『黒髪』
『工具箱を所持』
『十五歳前後の少年』
リリアは書類を見つめたまま動かなかった。
「……まさか。」
その言葉を飲み込む。
ゆっくりと首を横へ振る。
「……たまたま、居合わせただけよね。」
その呟きは、自分自身へ言い聞かせるためのものだった。




