魔力探知
街外れの街灯へ辿り着く頃には、昼の日差しが石畳を白く照らしていた。
ヒロは依頼書を取り出し、街灯の番号を確認する。
間違いない。
依頼書に記されていた街灯だった。
工具箱を足元へ置き、左手を静かに掲げる。
魔力探知。
淡い魔力が街灯の内部へ浸透し、支柱、導管、魔力回路、そのすべてが頭の中へ立体的に浮かび上がる。
「……やっぱり。」
ヒロは小さく呟いた。
「壊れてない。」
魔力の流れに乱れはない。
導管にも損傷はなく、街灯は正常に機能していた。
では、なぜ修理依頼が出されたのか。
ヒロは目を閉じ、探知範囲をさらに広げる。
王都へ来て四年。
毎日のように地下へ潜り、導管を追い続けた結果、ヒロの魔力探知は本人も気づかないうちに驚異的な精度と範囲へ到達していた。
街灯を中心に、魔力探知が静かに広がっていく。
「……見つけた。」
百メートルほど先。
ごく微かな魔力反応。
人間。
しかし、その気配は異常なほど薄い。
一般人ではない。
意図的に魔力も気配も殺している。
「かなりの手練れだね。」
ヒロは依頼書を畳み、何事もないように歩き始めた。
◇
◇
◇
広場から少し離れた場所に、小さな店があった。
昼は食堂。
夜はバー。
カウンターだけの小さな店だった。
「……ここか。」
ヒロは静かに扉を押し開ける。
店内には客が一人だけ。
広場を最も見渡せる席へ座り、頬杖をついたまま外を眺めている男だった。
ヒロは二席離れた場所へ腰を下ろす。
工具箱を足元へ置き、メニューを眺めるふりをしながら男を観察した。
(やっぱり。)
ゆったりした服の下。
袖。
腰。
背中。
靴。
暗器が隠されている。
配置にも無駄がない。
男は広場から一度も視線を外さない。
呼吸も。
重心も。
あまりにも自然だった。
長年訓練を積んだ者だけが身につける、気配の消し方だった。
その時。
「今日は王女様が広場へ来てるからねぇ。」
店主がグラスを磨きながら笑う。
「昼だってのに、みんな向こうへ行っちまってさ。」
「うちは閑古鳥だ。」
店主は布巾を肩へ掛けた。
「注文は決まったかい?」
ヒロの耳には入っていなかった。
(王女アン。)
四年前。
街道で助けた少女。
その瞬間だった。
男の右肩が、ほんのわずかに沈んだ。
袖の中で何かを握り直す。
重心が前へ移る。
視線だけは動かない。
だが。
狙いは決まっていた。
(動く。)
ヒロはカウンターへ置かれていたフォークを一本つまむ。
狙ったのは男ではない。
利き手だった。
ヒュッ。
音もなく飛ぶ。
男は初めてヒロを見た。
右手だけを動かし、二本の指でフォークを挟み止める。
そのまま静かに口を開いた。
「……気付いたか。」
ヒロも立ち上がる。
「王女を狙ってるね。」
男は答えない。
代わりに。
フォークが返ってきた。
ヒロは首をわずかに傾ける。
フォークは耳元を掠め、そのまま石壁へ突き刺さる。
轟音。
壁へ拳ほどの穴が開いた。
男が立ち上がる。
その姿が掻き消えた。
床を蹴る音すら聞こえない。
気づけば目の前。
袖から短剣が滑り落ちる。
腰から投擲針。
指の間には小型の投刃。
暗器が途切れることなく襲い掛かる。
ヒロは攻めない。
半歩。
また半歩。
最小限の動きだけでかわす。
短剣を流し。
針を避け。
腕を受け流す。
ただ時間だけを稼ぎ続ける。
互いに決定打はない。
店内へ響くのは、暗器が床やカウンターを掠める乾いた金属音だけだった。
その光景を目の当たりにした店主は顔面を真っ青にした。
「な、なんだお前らぁぁぁっ!」
悲鳴を上げると、カウンターを飛び越え、裏口から転ぶように逃げ出していった。
昼下がりの静かな店は、一瞬で修羅場へと変わっていた。
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