魔力探知
街外れの街灯へ辿り着く頃には、昼の日差しが石畳を白く照らしていた。
ヒロは依頼書を取り出し、街灯の番号を確認する。間違いない。依頼書に記されていた街灯だった。
工具箱を足元へ置き、左手を静かに掲げる。
魔力探知。
淡い魔力が街灯の内部へ浸透し、支柱、導管、魔力回路、そのすべてが頭の中へ立体的に浮かび上がる。
「……やっぱり。」
ヒロは小さく呟いた。
「壊れてないね。」
魔力の流れに乱れはない。導管にも損傷はなく、街灯は正常に機能していた。
では、なぜ修理依頼が出されたのか。
ヒロはゆっくりと目を閉じ、探知範囲をさらに広げていく。
王都へ来てから四年間。毎日のように街中を歩き、地下へ潜り、導管を探し続けた結果、ヒロの魔力探知は本人ですら意識しないまま驚異的な精度と範囲へ成長していた。
探知範囲は街灯から周囲一帯へと静かに広がっていく。
その時だった。
「……見つけた。」
ごく微かな魔力反応を捉える。
人間か。
距離はおよそ百メートル。
しかし、その反応はあまりにも薄い。
一般人なら、これほどまでに気配を消すことはできない。
意図的に魔力も気配も抑え込んでいる。
「かなりの手練れだね。」
ヒロは静かに依頼書を畳んだ。
壊れていない街灯。
依頼書に残っていた魔力の残穢。
点でだった違和感が、一本の線として繋がり始めていた。
「……怪しいね。」
ヒロは工具箱を背負い直すと、何事もないような足取りで、その気配のする方角へ歩き始めた。
広場から少し離れた場所に、小さな店があった。昼はレストラン、夜はバーとして営業している、カウンターだけの小さな店である。
「……ここか。」
ヒロは小さく呟き、店の扉を押し開けた。
店内には客が一人だけいた。
広場が最もよく見渡せるカウンター席に腰を下ろし、頬杖をつきながら何気ない様子で広場を眺めている。
ヒロは男から二席ほど離れた場所へ腰を下ろし、工具箱を足元へ置いた。依頼書は胸ポケットへしまい、メニューを眺めるふりをしながら横目で男を観察する。
(やっぱり。ただ者じゃないね。)
少しゆったりとした服を着ているが、その下には複数の暗器が隠されていた。袖口、腰、背中、靴。どれも一瞬で抜ける位置に収められており、配置には一切の無駄がない。
男は広場の方へ視線を向けたまま微動だにしない。呼吸も、重心も、視線の運びも自然すぎるほど自然だった。一般人なら決してこんな気配にはならない。長年訓練を積んだ者だけが持つ、意図的に気配を消した立ち居振る舞いだった。
広場では集まった人々が歓声を上げている。その喧騒の中で、男だけが静かに獲物を待つ猟師のような空気を纏っていた。
その時、カウンターの向こうから穏やかな声が聞こえた。
「今日は広場に王女様が来てるからねぇ。」
白髪混じりの店主がグラスを磨きながら苦笑する。
「昼時だってのに、みんな向こうへ行っちまった。うちは閑古鳥さ。」
店主は布巾を肩へ掛けると、ヒロへ柔らかな笑みを向けた。
「来てくれて助かるよ。何にする?」
店主の声は、途中からヒロの耳には入ってこなかった。
(……王女アン。)
四年前、街道で盗賊に襲われていた、あの少女だ。
ということは。
(この男は――。)
ヒロは何気ない動作でカウンターの上に置かれていたフォークを一本手に取る。力はほとんど入れていない。ただ手首を軽く返しただけだった。
次の瞬間、銀色の軌跡を描いたフォークが音もなく男の喉元へ飛ぶ。
男は視線すら向けなかった。
右手をわずかに持ち上げ、人差し指と中指だけで飛来したフォークを正確に挟み止める。そのまま手首を返すと、フォークは来た時以上の速度でヒロへ射出された。
ヒロは椅子から立ち上がることもなく、首だけをわずかに傾ける。フォークは耳元を掠め、そのまま背後の石壁へ突き刺さった。轟音とともに拳大の穴が開き、砕けた石片が床へ散らばる。
男は静かに立ち上がった。その目には先ほどまでの穏やかな空気は欠片も残っていない。
「……ほう。」
小さく呟いた瞬間、その姿が掻き消えた。
床を蹴る音すら聞こえない。
気づけば男はヒロの目前まで踏み込み、袖口から滑り落ちた短剣が喉元を狙う。腰からは細身の投擲針、指の隙間には小型の投擲刃。まるで手品のように暗器が次々と現れ、一切の無駄なくヒロへ襲い掛かった。
ヒロは静かに腰を浮かせ、半歩だけ後ろへ退く。両手を自然に構え、最小限の動きだけで刃をかわしていく。短剣を手首で受け流し、投擲針を紙一重で見切り、迫る腕を肘で流し、体勢だけを崩していく。
男も止まらない。刺し、払い、投げ、隠す。その一連の動作は淀みなく繋がり、暗器を軸とした暗殺術が静かに、それでいて激しくヒロを追い詰める。
対するヒロは一歩も攻めない。相手の重心、呼吸、筋肉の収縮、視線の僅かな揺れまで読み取り、一撃ごとに最適な回避だけを選び続けていた。
互いに決定打はない。
派手な衝撃音もない。
店内へ響くのは、暗器がカウンターや床を掠める乾いた金属音だけだった。
その光景を目の当たりにした店主は顔面を真っ青にした。
「な、なんだお前らぁぁぁっ!」
悲鳴を上げると、カウンターの奥から転ぶように飛び出し、そのまま裏口へ向かって一目散に逃げ出した。
昼の静かな店内は、一瞬にして修羅場へと変わっていた。




