鍛冶工房
三年の歳月が流れた。
ヒロとガレスは十三歳になっていた。
王都での暮らしは、すっかり日常になっている。
もっとも。
ヒロの冒険者ランクだけは、三年前と変わらずFランクのままだった。
理由は単純だった。
討伐依頼を、一度も受けていないからである。
ヒロが受ける依頼は、魔力導管の補修。
橋や道路の修繕。
水路整備。
魔力設備の保守。
職人の補助。
王都を支える仕事ばかりだった。
ギルドの規定では、それだけでは冒険者ランクは上がらない。
本人も、一度も気にしたことはなかった。
◇
その日。
ヒロは王都の鍛冶工房を訪れていた。
王都へ来た頃、魔力導管の補修依頼で出会った職人たちの工房である。
工具の調整。
特殊部材の製作。
導管部品の加工。
三年という歳月の中で、その関係は依頼人と職人ではなくなっていた。
仕事がなくても工房へ顔を出す。
空いた炉を借りる。
勝手に工具を手に取り、何かを作り始める。
そんな光景も、今では誰も驚かない。
「おう、ヒロ。」
親方が槌を止める。
「今日は依頼じゃねぇ顔だな。」
「はい。」
ヒロは小さく頭を下げた。
「少し工房をお借りします。」
「好きに使え。」
「ありがとうございます。」
工具箱を開く。
炉へ火を入れる。
職人たちは何事もなかったように仕事へ戻った。
「また何か始めたな。」
その程度だった。
◇
カン。
カン。
カン。
工房へ、一つだけ違う槌音が響き始める。
一定の間隔。
一切の乱れがない。
一人の職人が手を止めた。
「……ん?」
隣も顔を上げる。
「何やってる。」
やがて。
工房中の槌音が、一つ、また一つと止まっていく。
誰もがヒロを見ていた。
赤く熱した鋼を伸ばす。
折る。
また熱する。
また打つ。
「……折り返し鍛錬か。」
親方が小さく呟く。
その技法は知っている。
だが。
今では実際にやる職人は、ほとんど残っていない。
「何を作る気だ……。」
誰かが呟く。
ヒロは三年間。
工具。
導管。
部品。
それしか作ってこなかった。
だから誰も、武器を作るとは思っていない。
やがて。
二本目の鋼材が炉から取り出される。
「鉄が違う。」
職人が目を細める。
高炭素鋼。
そして低炭素鋼。
性質の異なる鋼だった。
ヒロは高炭素鋼を芯へ据え、その外側を低炭素鋼で包み始める。
「包んでる……。」
「違う。」
親方が静かに言う。
「芯を守ってる。」
誰も息をしない。
赤く輝く鋼は少しずつ形を変えていく。
細く。
長く。
その姿を見て、一人の職人が思わず呟いた。
「……剣?」
その瞬間だった。
工房中の職人たちが顔を見合わせる。
「そういや。」
「ヒロって冒険者だったな。」
「ああ。」
「忘れてた。」
苦笑が漏れる。
三年間。
街の整備に必要な部品しか作らなかった少年。
その印象が強すぎた。
だが。
次の瞬間。
その笑みは消えた。
「待て……。」
「反ってるぞ。」
誰かが息を呑む。
王都で見る剣とは違う。
細い。
片刃。
そして、美しく湾曲している。
「こんな剣……。」
「見たことがねぇ。」
親方が一歩前へ出る。
ヒロは小さな器へ手を伸ばした。
指先ですくったのは粘土だった。
「……土?」
職人たちがざわつく。
ヒロは何も答えない。
峰へ厚く。
刃へは薄く。
迷いなく塗り広げていく。
誰も意味が分からない。
親方だけが目を見開いた。
「……そういうことか。」
思わず前へ出る。
「刃だけを硬く焼く気か。」
「峰には粘りを残す。」
誰も言葉を発せない。
硬さだけを求めれば折れる。
粘りだけを求めれば切れない。
その相反する性質を、一振りの剣へ宿そうとしていた。
親方は静かに呟く。
「こいつは……。」
「誰も見たことがない剣だ。」
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