完全詠唱
ギルドの朝は、今日もいつも通り始まっていた。
リリアの窓口には、今日もヒロが当然のように並んでいる。
一方、ガレスはというと。
「あそこは胃が痛くなる……。」
そうぼやきながら、隣の愛想のいい受付嬢の列へ並んでいた。
どうしてヒロが毎日あの窓口を選ぶのか。
ガレスには、さっぱり分からない。
「おい、ヒロ。」
隣の列から小声で呼びかける。
「なんで毎日リリアさんのところなんだ?」
「周りじゃ『氷の女王』って呼ばれてんだぞ。」
「怖くねぇのか?」
ヒロは前の冒険者の受付を見つめたまま答える。
「怖くないよ。」
「このギルドで一番優秀だから。」
「優秀?」
「うん。」
ヒロは指を折りながら数え始める。
「処理速度が一番速い。」
「書類の確認も正確。」
「依頼の選定も的確。」
「無駄話がないから待ち時間も短い。」
「受付として理想的だよ。」
ガレスは思わず頷いた。
「……なるほど。」
そこまでは理解できた。
だが。
ヒロは止まらない。
「それに。」
「眼鏡越しの視線が知的で綺麗だし。」
「黒髪も手入れが行き届いてる。」
「青い瞳も強い意志を感じるし。」
「近くで見ると分かるけど、化粧をしていないのに肌も――」
「おいっ!」
ガレスが慌てて止めに入る。
「待て待て待て!」
「全部本人に聞こえてる!」
ヒロはきょとんとした。
「え?」
「なんで止めるの?」
「褒めてるだけだけど。」
「そういう問題じゃねぇ!」
ガレスは頭を抱えた。
「本人の前でそんなこと言う奴があるか!」
「そうなの?」
「そうだよ!」
ヒロは少し考える。
「でも事実だよ。」
「事実だから問題ないと思う。」
「問題しかねぇ!」
そのやり取りを聞いていた周囲の冒険者たちは、思わず吹き出した。
「おい……。」
「あいつ無自覚か。」
「最強だな。」
「氷の女王相手に真正面から褒め殺しとは。」
「命知らずにも程がある。」
一方。
リリアの手は止まっていた。
書類を持ったまま固まっている。
耳まで真っ赤だった。
眼鏡を押し上げる。
一度。
二度。
三度。
それでも落ち着かない。
「……っ。」
何か言おうとして口を開く。
だが言葉にならない。
結局、大きく息を吸って。
乱暴に受付印を手に取った。
「……次の方。」
いつもの事務的な声。
……のはずだった。
少しだけ裏返っていた。
それを聞いたギルド中の冒険者たちが、一斉に天井を見上げる。
「終わった。」
「氷の女王が照れてる。」
「歴史的瞬間だ。」
「おい、誰か記録しろ。」
ガレスは顔を真っ赤にしながらヒロを見る。
「頼むから。」
「もう黙っててくれ。」
ヒロは首を傾げた。
「なんで?」
「リリアさん、本当に綺麗なのに。」
「だから黙れぇぇぇ!」
ギルド中に、ガレスの悲鳴が響き渡った。
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