母
初仕事を終えたその日から。
ヒロとガレスは、一日も欠かさず『木漏れ日の酒場』へ帰ってきた。
朝は誰よりも早く起きて店を手伝う。
昼は依頼へ向かう。
夕方には「ただいま」と扉を開ける。
そんな毎日が、いつしか当たり前になっていた。
そして、夕食を終えるたび。
二人は必ず女将の前へ革袋を持っていく。
「女将さん。」
ヒロは報酬袋から硬貨を取り出し、丁寧にカウンターへ並べた。
「今日の食事代と宿代です。」
女将は硬貨を見る。
食事代。
そして宿代。
どちらも、この店なら十分すぎる額だった。
「……多いよ。」
女将は食事代だけを取り、残りをヒロへ押し返す。
「宿代なんかいらない。」
「空いてる部屋を使わせてるだけだ。」
「損なんかしてないよ。」
ヒロは静かに首を振る。
「それでは、僕たちの気が済みません。」
「済まなくてもいいんだよ。」
「いいえ。」
短い一言だった。
けれど、一歩も譲る気はない。
その横で、ガレスも真っ直ぐ女将を見た。
「女将さん。」
「俺たち。」
「施されっぱなしは嫌なんだ。」
「ちゃんと稼いで。」
「ちゃんと払いてぇ。」
「だから受け取ってくれ。」
女将は二人を見つめる。
まだ十歳。
それでも、その目は驚くほど真っ直ぐだった。
「……頑固なガキどもだねぇ。」
ため息をつきながら、硬貨を手のひらへ集める。
「分かったよ。」
ぶっきらぼうにそう言うと、店の奥へ姿を消した。
「これで満足かい。」
「ありがとうございます。」
ヒロは深く頭を下げた。
◇
裏の小部屋。
棚の一番奥に、小さな金属缶が二つ並んでいる。
『ヒロ』
『ガレス』
女将は受け取った硬貨を数える。
半分ずつ。
静かに二つの缶へ入れた。
カラン。
小さな音が部屋へ響く。
「まったく……。」
蓋を閉める。
「あんたたちは、まだ子どもなんだよ。」
「これから先。」
「もっと金が要る日が来る。」
「その時に困っちゃいけないからねぇ。」
缶を棚の奥へ戻す。
何事もなかったように戸を閉め、店へ戻る。
◇
「ほら!」
女将が声を張る。
「食ったら風呂!」
「さっさと寝な!」
「明日も仕事なんだろ!」
「「はい!」」
元気な返事が酒場に響く。
階段を駆け上がっていく二人の背中を見送りながら、女将は小さく笑った。
「払わせてやるのも。」
「大人の役目ってもんかね。」
そう呟くと、もう一度だけ棚の奥へ目を向ける。
そこには今日も、小さな未来が少しずつ積み重なっていた。
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