帰る場所、待つ人々
木漏れ日の酒場にも、少しずつ変化が生まれていた。
店の隅。
壁際にある、小さな二人掛けの席。
どれだけ店が混み合っても、その席だけは誰も座らない。
女将が決めたわけではない。
張り紙があるわけでもない。
いつの間にか。
それが、この酒場の当たり前になっていた。
◇
「今日は混んでるな。」
夕暮れ時。
店内は仕事帰りの冒険者たちで満席だった。
空いている席は一つだけ。
店の隅の、あの席。
王都へ来たばかりらしい旅の冒険者が、そこへ腰を下ろそうとした。
「兄ちゃん。」
近くで酒を飲んでいた大男が声を掛ける。
「悪い。」
「そこだけは空けといてくれ。」
旅人は首を傾げた。
「予約席か?」
「いや。」
大男は笑う。
「帰ってくる奴らがいる。」
「常連か。」
「ああ。」
ジョッキを一口飲む。
「黒髪の理屈屋と。」
「赤髪の大剣馬鹿だ。」
周囲から笑いが起こる。
「またその言い方か。」
「間違ってねぇだろ。」
「理屈屋は認める。」
「大剣馬鹿も認める。」
「本人が聞いたら怒るぞ。」
「聞こえねぇから大丈夫だ。」
酒場中が笑った。
旅人は空席を見つめる。
「そんなに大事な席なのか。」
今度は別の常連が口を開いた。
「あいつらな。」
「毎日ここへ帰ってくるんだ。」
「依頼が終わると必ずな。」
「だから。」
「帰ってきた時くらい。」
「座る場所は残しといてやりたいだろ。」
旅人は静かに頷いた。
「なるほど。」
笑って席を離れる。
「帰る場所があるってのは。」
「いいもんだ。」
◇
カウンターでは女将がグラスを磨いていた。
何も言わない。
ただ、小さく鼻を鳴らす。
「まったく。」
その時。
酒場の扉が開いた。
カラン、と鈴が鳴る。
店中の視線が、一斉に入口へ向く。
そして。
「ただいま!」
元気いっぱいの声が響いた。
「遅ぇぞ、大剣馬鹿!」
誰かが笑う。
「今日は迷子にならなかったか?」
「今日は違う!」
ガレスが胸を張る。
「ヒロが遅かった!」
「僕のせい?」
ヒロが苦笑する。
店中から笑いが起こった。
女将は二人を見て、小さく顎をしゃくる。
「ほら。」
「席、空いてるよ。」
二人はいつもの席へ腰を下ろす。
誰も何も言わない。
けれど、その光景は。
もうずっと前から、木漏れ日の酒場の日常になっていた。
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