一年後
季節が巡った。
王都の空気にも、すっかり慣れていた。
朝になればギルドへ向かい。
昼はそれぞれの依頼をこなし。
夕方になれば木漏れ日の酒場へ帰る。
そんな毎日が、いつしか当たり前になっていた。
◇
「ただいま、リリアさん。」
「……おかえりなさい。」
受付カウンター。
ヒロは今日も一番奥の窓口へ並ぶ。
依頼書を差し出す。
リリアは内容を確認し、受領印を押す。
「怪我は。」
「ありません。」
「そう。」
それだけの会話。
けれど。
「次の依頼はこちらです。」
「ありがとうございます。」
「……行ってきます。」
「いってらっしゃい。」
いつしか、それも当たり前になっていた。
◇
「おい。」
依頼帰りの冒険者が小声で囁く。
「見たか。」
「まただ。」
「あのリリアが笑ったぞ。」
「嘘だろ。」
「ほんの少しだけどな。」
「俺なんか三年通って、一回も笑われたことねぇぞ。」
「あのガキ、一体何者だ。」
噂は日に日に広がっていく。
当のリリアはというと。
「次の方。」
何事もなかったように仕事へ戻る。
だが。
眼鏡を押し上げる仕草だけは、少しだけ照れ隠しのようにも見えた。
◇
一方。
「ヒロー!」
ガレスがギルドの扉を勢いよく開く。
「終わったぞ!」
「今日は迷子にならなかった?」
ヒロが真顔で聞く。
「ならねぇよ!」
「……たぶん。」
「たぶん?」
「ちょっとだけ迷った!」
「やっぱり。」
リリアが思わず吹き出す。
「……ふっ。」
その一瞬。
ロビー中が静まり返った。
「今。」
「笑ったよな。」
「あのリリアが?」
「初めて見たぞ。」
リリアは慌てて咳払いをする。
「……次の方。」
何事もなかったように書類へ目を落とす。
けれど。
耳だけが少し赤かった。
ガレスはそんなことに気付きもしない。
「ヒロ!」
「今日も帰って飯だ!」
「女将さんの飯!」
「セレナのジュース!」
「楽しみだな!」
ヒロも小さく笑う。
「うん。」
「帰ろう。」
その何気ない一言に。
リリアはふと顔を上げた。
“帰ろう”
ヒロがそう言う場所は、もう陽だまり村ではない。
木漏れ日の酒場だった。
その言葉を聞いて、リリアもどこか安心したように小さく息をつく。
二人は並んでギルドを後にする。
「いってらっしゃい。」
「……じゃない。」
リリアは小さく首を振る。
そして誰にも聞こえない声で呟いた。
「また明日。」
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