初仕事
魔力導管の補修作業は、思っていた以上に順調だった。
ヒロは親方たちの指示に従いながら、魔力の流れを一つひとつ確認していく。
導管同士の接合部を微調整し、細かな歪みを修正するたび、不安定だった魔力は滑らかな流れを取り戻していった。
「そこだ。そのまま固定しろ」
「はい」
工具を受け取り、迷いなく鏨を打ち込む。
澄んだ金属音が地下へ響く。
親方は腕を組んだまま頷いた。
「……よし。終わりだ」
依頼書を受け取ると、親方は大きな判を力強く押した。
「初仕事にしちゃ上出来だ。また手が足りねぇ時は呼ぶ」
「ありがとうございます」
ヒロは深く頭を下げ、工具箱を背負い直すと地下道を後にした。
夕暮れが王都を赤く染め始めていた。
ギルドへ戻ると、朝の喧騒とは違い、依頼を終えた冒険者たちが次々と受付へ報告を済ませていた。
ヒロは迷うことなくリリアの列へ並ぶ。
やがて。
「……次の方」
朝と変わらない、淡々とした声が響く。
ヒロは依頼書を差し出した。
「依頼を完了しました」
リリアは書類を受け取り、現場責任者の署名と判を確認する。
その青い瞳が、一瞬だけヒロへ向けられた。
「……確認しました。依頼達成です」
慣れた手つきで受領印を押し、報酬の入った革袋を差し出す。
「こちらが報酬になります」
ヒロは両手で受け取り、小さく頭を下げた。
「ありがとうございます」
その一言に、リリアはほんのわずかだけ目を細めた。
「……初仕事、お疲れ様でした」
事務的な口調だった。
それでも朝より、どこか柔らかい響きがあった。
「はい、ありがとうございます」
短く返事をすると、革袋を腰へしまい、踵を返した。
「失礼します、また明日、リリアさん」
「…また明日」思わず返事をしてしまう。
リリアは去っていく背中を静かに見送る。
(……ちゃんと、帰ってきた)
胸の奥にあった小さな引っ掛かりが、少しだけ軽くなる。
彼女はすぐに気持ちを切り替え、次の書類へ視線を落とした。
「……次の方」
酒場に入ると、昨日と同じ隅のテーブルに、ガレスがどっしりと陣取っていた。すでにテーブルの上には、山のような肉料理と湯気の立つスープが並んでいる。
「遅えぞ!ヒロ!」
ガレスは誇らしげに胸を張り、大剣を傍らに置くと、戦果を語り始めた。
「聞いてくれよ! 28体だ! ゴブリン28体! 森の奥で群れを見つけてさ、夕方には全部片付けて帰ってきたぜ!」
鼻を膨らませて自慢するガレスに対し、ヒロは椅子に腰を下ろすと、少しだけ不満げに眉をひそめた。
「……夕方?ガレスの力なら、昼前には終わると思ってたけど」
ヒロは一口スープを飲んでから、冷静な分析を口にする。
「まさか、迷子になった?」
「ぐっ……!」
ガレスはガクッと肩を落とし、顔を真っ赤にして口ごもった。
「そ、それはだな……! 追いかけてたら少し深入りしちまって……土地勘がないんだからしょうがねえだろ!」
悔しさと恥ずかしさで言い訳をするガレスの姿に、ずっと二人の様子を眺めていたセレナが、堪えきれずにくすくすと笑い声を上げた。
「ふふっ、二人とも本当に仲がいいのね。」
セレナは優しく微笑みながら、二人分のジュースをテーブルに置いて仕事に戻った。
ヒロはセレナに軽く会釈をしてガレスへ視線を向けた
「ま、ともあれ二人ともちゃんと家に帰ってきたね」
ヒロの何気ない家という言葉に、ガレスはニカっと笑い、ジョッキを掲げた。
「おう! 食おうぜ! 今日は俺の初仕事祝いだ!」
酒場の喧騒と、二人を見守る女将やセレナの視線。ヒロは、冷え切っていたはずの胸の奥に、確かな「温かさ」が居座り始めているのを感じていた。




