仕事仲間
ガレスの猛々しい気配が城門の外へ遠ざかっていくのを感じながら、ヒロは静かに王都の地下へ続く石階段を降りていた。
手にした依頼書には、
『魔力導管整備 職人補佐』
とだけ記されている。
華やかな王都の表通りとは正反対。
地下には、街を支える者たちだけが知る世界が広がっていた。
ヒロは地図を見ることなく歩く。
地下を流れる膨大な魔力。
その流れを辿れば、導管のある場所は自然と分かった。
(……あそこだ。)
迷いなく通路を進む。
やがて。
金属を打つ音が響く広い作業場へ辿り着いた。
巨大な魔力導管。
その周囲では数人の職人たちが真剣な表情で議論を交わしながら作業を進めている。
煤に汚れた作業着。
油で黒く染まった手。
その姿を見た瞬間、ヒロの脳裏にモルドの背中が浮かんだ。
「失礼します。」
ヒロは一歩前へ出る。
「ギルドの依頼で来ました。」
「職人補佐として、お手伝いさせてください。」
職人たちの手が止まる。
「……ガキ?」
一人が眉をひそめた。
「ギルドも人手不足だな。」
「帰んな。」
別の職人が笑う。
「ここは遊び場じゃねぇ。」
「危ねぇから帰れ。」
ヒロは動かなかった。
「依頼です。」
「仕事をしに来ました。」
その一言で空気が変わる。
現場を束ねる親方がゆっくり歩み寄ってきた。
「聞こえなかったか。」
「帰れ。」
低い声だった。
ヒロは小さく息を吐く。
言葉では伝わらない。
そう思った、その時。
親方の視線が止まる。
「……おい。」
ヒロの足元。
工具箱だった。
「その工具箱。」
「開けてみろ。」
ヒロは少しだけ工具箱へ視線を落とした。
モルドから託された、大切な工具箱。
静かに膝をつき、ゆっくりと蓋を開ける。
カチリ。
その音だけが地下へ響いた。
誰も動かない。
誰も喋らない。
職人たちは工具箱だけを見つめていた。
長い沈黙。
やがて、一人の職人が口を開く。
「……坊主。」
「その鏨。」
「触ってもいいか。」
ヒロは静かに頷く。
「はい。」
その返事を待っていたかのように、職人たちが工具箱を囲んだ。
鏨を一本。
金槌を一本。
鑿を一本。
誰も丁寧に持ち上げる。
握る。
重心を確かめる。
刃先を見る。
焼き色を見る。
何度も角度を変えながら眺める。
「……。」
誰も喋らない。
親方も静かに金槌を手に取った。
軽く振る。
握り直す。
何度か確かめる。
そして、元の場所へ丁寧に戻した。
再び沈黙。
やがて親方がぽつりと呟く。
「……いい道具だ。」
その一言だった。
職人たちが一斉に頷く。
「ああ。」
「ここまで使い込まれてるのに狂いがねぇ。」
「毎日手入れしてきた道具だ。」
「仕事を知ってる道具だな。」
誰も「すごい」とは言わない。
誰も大げさに褒めない。
ただ、その工具へ向ける眼差しだけが、何より雄弁だった。
親方は工具箱を静かに閉じる。
両手で持ち上げ、ヒロへ返した。
「坊主。」
ヒロは大事そうに受け取る。
「そんな道具を預けられた奴に。」
親方はぶっきらぼうに言った。
「仕事を教えねぇ職人はいねぇ。」
ヒロは深く頭を下げる。
「……よろしくお願いします。」
親方は小さく頷いた。
「礼は仕事で返せ。」
「まずは導管を支えろ。」
「はい。」
「他の奴らも。」
親方が周囲を見渡す。
「今日からこいつも現場だ。」
職人たちは笑って頷いた。
「よろしくな。」
「分からねぇことがあったら聞け。」
「遠慮すんな。」
さっきまでの刺々しい空気は、もうどこにもなかった。
ヒロは工具箱へそっと手を添える。
(師匠。)
心の中だけで呟く。
(……ありがとうございます。)
その工具箱は。
王都でも確かに、一人の職人の誇りを語っていた。
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