氷の女王リリア
ギルドの喧騒が一段落し、窓口にも束の間の静けさが訪れていた。
リリアは書類を整理しながら、小さく眼鏡を押し上げる。
だが、手は動いていても、意識は別のところにあった。
(……あの二人。)
脳裏に浮かぶのは、朝一番に受付へ現れた二人の少年。
黒髪の少年――ヒロ。
あの瞳だけは忘れられなかった。
十歳の子どもがする目ではない。
感情を押し殺し、ただ前だけを見据えるような静かな目。
それでいて、どこか壊れそうな危うさを抱えていた。
彼が最初に口にした依頼は討伐ではなかった。
「インフラ整備はありますか。」
その一言が、今も耳に残っている。
普通の新米冒険者なら、少しでも報酬の高い討伐依頼を選ぶ。
それなのに彼は違った。
迷いなく、街を支える仕事を選んだ。
(……どうして。)
理由が分からない。
けれど、あの言葉には、何か切実なものがあった。
そして、もう一人。
赤髪の少年――ガレス。
大剣を背負いながら、大きな声でよく笑う。
その豪快さとは裏腹に、立ち姿には隙がなかった。
(あの子なら。)
気づけば、自分は初心者には渡さない討伐依頼を選んでいた。
ゴブリン三体。
決して危険すぎる依頼ではない。
だが、本来ならもう少し簡単な仕事を紹介するはずだった。
(……なぜ。)
自分でも説明できない。
書類へ目を落とす。
理屈では説明できない判断。
それが一番、気持ち悪かった。
さらに思い出す。
受付を離れる直前。
ヒロが深く頭を下げた。
『ありがとうございました。』
続いてガレスが笑顔で言った。
『行ってきます!』
◇
「リリア?」
隣の受付嬢が考え込むリリアに声を掛ける。
「どうしたの?」
「いえ。」
リリアはすぐに表情を戻した。
「何でもありません。」
そう答えながら、無意識にギルドの扉へ目を向ける。
もちろん、二人の姿はもうない。
「……。」
小さく息を吐く。
「ちゃんと帰ってきなさい。」
誰にも聞こえないほど小さな声だった。
「……報告書が未提出だと、処理が面倒だから。」
そう呟くと、リリアは何事もなかったように次の書類へ手を伸ばえた。だが、その日だけは、ギルドの扉が開くたびに、ほんの一瞬だけ顔を上げる自分がいることに、最後まで気づかないふりをしていた。
お読みいただきありがとうございました!「続きが気になる」「面白い」と思っていただけましたら、画面下の「ブックマーク登録」や「★(評価)」で応援していただけると励みになります。




