両親
それから一か月後。
ついに、邪神教団最後の拠点が突き止められた。
会議室には、もはや収まりきらないほどの人間が集まっていた。
各国の拠点を次々と撃破し、後方の守りへ戦力を残す必要もなくなった今。
これまで各地を支えていた、本当の要たちが一堂に会している。
立って話を聞く者。
壁際に腕を組む者。
廊下にまで溢れ、開け放たれた扉の向こうから会議へ耳を傾ける者。
文字通り、各国の精鋭が大集結していた。
ガレスは会議室へ足を踏み入れた。
「……こっちだよ。」
聞き慣れた、ぶっきらぼうな声。
女将だった。
大剣を背負い、会議室の中央でどっしりと椅子に腰掛け、腕を組んでいる。
その隣には、大斧を背負ったギルドマスター。
こちらも腕を組んだまま、険しい表情を崩さない。
ガレスはゆっくりと歩み寄った。
女将は顎で椅子を指す。
「座んな。」
ガレスは黙って腰を下ろす。
会議室中の視線が集まっていた。
女将は懐へ手を入れる。
一通の手紙を取り出した。
ガレスには見覚えがあった。
セレナへ送っていた手紙。
文字の読めないガレスに代わり、セシリアが代筆してくれたものだった。
女将は無言のまま、その手紙を机へ叩きつける。
バンッ。
静まり返った会議室に、その音だけが響く。
女将はガレスを睨みつけた。
「……なんだい、これは。」
ガレスは震える声で口を開いた。
「女将……。」
「お、俺……どうしたらいいか分かんねぇよ。」
「壊れちまったヒロを……。」
「どうやって、連れ帰りゃいいんだよ……。」
パァンッ!!
乾いた音が会議室中へ響き渡る。
ガレスの頬が勢いよく横へ弾かれた。
あまりの速さに、痛みが一拍遅れて襲ってくる。
会議室は静まり返った。
ガレスはゆっくりと女将の方を向く。
女将は震えていた。
怒りで。
悲しみで。
拳を握り締めたまま、震える声で言う。
「……あんた。」
「あんた、本気で。」
「あの子が壊れたと思ってんのかい?」
誰も息をすることすら忘れていた。
女将は涙を堪えながら続ける。
「話は聞いたよ。」
「あの子が何をやったのかも。」
「全部。」
一歩、ガレスへ近づく。
「敵を吊り出すために必要だから?」
「淡々と、仕事みたいにやってた?」
女将の声が震える。
「あの子が……。」
「あんなことをやって。」
「何にも感じないわけないだろ!!」
会議室中へ怒鳴り声が響いた。
「二十年も一緒にいたんだろ!!」
「そんなことも分かんないのかい!!」
耳の奥がジンジンと響く。
静まり返った会議室の中、
ガレスは、嗚咽を漏らしながら泣き崩れた。
「なんでだ……。」
「なんで、信じてやれなかったんだ……。」
「一番大事な親友だったのに……。」
肩を震わせ、声にならない涙を流す。
女将はそんなガレスを見つめ、ゆっくりと抱き寄せた。
自分も震えながら、その背中を何度も叩く。
「この……。」
「このバカ息子!」
会議室は静まり返っていた。
誰も口を開けない。
ギルドマスターだけが、深く息を吐く。
「……それで。」
「お前は、どうすんだ?」
そう言うと、部屋の隅――誰もいないはずの空間へ視線を向けた。
「いつまで隠れてやがる。」
一同が息を呑む。
「まさか、この俺から隠れられるなんて思ってねぇよな?」
ギルドマスターは口元を吊り上げる。
「俺ぁ、隠蔽魔法を見破るのが大得意でね。」
腕を組んだまま、静かに告げる。
「出てこい。」
ほんの一拍置いて。
「――もう一人のバカ息子。」
ガレスはゆっくりと顔を上げた。
部屋の隅。
誰もいなかったはずの空間が、霞が晴れるように揺らめく。
幻影が溶ける。
そこに立っていたのは、一人の青年だった。
作業着。
腰まで伸びた黒髪。
その目は赤く腫れ、何日も眠れていないのか濃い隈が刻まれている。
頬はこけ、体も一回り細くなっていた。
まるで、十数年分の疲れが一気に押し寄せたようだった。
青年は照れくさそうに頭を掻く。
「……やぁ。」
少し笑おうとして、笑えない。
「久しぶり、ガレス。」
その瞬間。
ガレスは勢いよく立ち上がった。
椅子が倒れ、机をなぎ倒しながら一直線に駆け出す。
何も言わず。
ただ、力いっぱいヒロを抱き締めた。
「……!」
ヒロも一瞬目を見開く。
やがて力が抜けるように、小さく笑った。
「……苦しいよ。」
震えた声だった。
ガレスは何も答えない。
抱き締める腕に、さらに力を込める。
会議室には。
誰かが鼻をすする音だけが、静かに響いていた。
オズワルドは帽子を目の下まで深く下げた。
震える声で、小さく言う。
「……はよ、始めんか。」
ヴァルクはヒロへ視線を向ける。
ヒロは静かに頷いた。
ヴァルクは一同を見渡し、ゆっくりと口を開く。
「……それでは。」
「最後の会議を始める。」
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