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主人公はいつになっても冒険者ランクを上げない  作者: Patriot
邪神:二十七歳〜

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天敵

それから三か月。


討伐部隊は、一つ、また一つと邪神教団の拠点を制圧していった。


そして、その数日後。


まるで入れ替わるように、別の拠点が壊滅する。


犯人は、例の――謎の男。


まるで示し合わせたかのように。


討伐部隊と謎の男は、交互に邪神教団を追い詰めていった。



新聞には、謎の男の記事が載らない日はなくなっていた。


『またも邪神教団の拠点壊滅』


『謎の男、その正体は職人か』


記事を読み進めると、その内容は以前とは少しずつ変わり始めていた。


「現場では村の水道が修理されていた。」


「破壊された橋も応急修復され、住民は帰村可能となった。」


「街道や魔力導管まで直されていた。」


「生存者の証言では、腰まで伸びた黒髪の職人だったという。」



ガレスは新聞を静かに閉じる。


そして、自分の傍らに置かれた赤い工具箱をそっと撫でた。


「……早く届けてやんねぇとな。」


その呟きに、セシリアが微笑む。


「ようやく……私たちへの批判も減ってきましたね。」


オズワルドも新聞から目を離さず、小さく頷く。


「うむ。」


「最近は、討伐部隊の成果も正しく評価され始めておる。」


グラムは腕を組み、苦笑した。


「まあ、各国の精鋭が集まっているんだ。」


「本来なら、もっとこちらが早く片付けるべきなんだがな。」


すると、エレナが首を傾げる。


「でも……なんだか変じゃない?」


「私たちが一つ潰すと、次はあの人。」


「また私たちが潰すと、その次はあの人。」


「まるで、最初から順番を決めてるみたい。」


ガレスは呆れたように鼻で笑った。


「決まってんだろ。」


「わざとやってんだよ。」


一同がガレスを見る。


ガレスは少しだけ口元を緩め、どこか懐かしそうに声色を変えた。


「『君たちの批判が大きくなるのは、効率が悪いからね。』」


ヒロの口調を、そのまま真似る。


一瞬の静寂。


次の瞬間、店内に笑いが広がった。


「ははは!」


「言いそうじゃ!」


オズワルドまで肩を震わせる。


エレナも苦笑しながら首を振った。


「……本当に言いそう。」


三か月ぶりだった。


勇者一行を覆っていた重く暗い空気が、ようやく少しだけ晴れていた。



喫茶店の扉に付いたベルが、小さく鳴る。


「やっぱり、ここにいたか。」


聞き慣れた声だった。


一同が振り向く。


そこに立っていたのは、ヴァルクだった。


「ヴァルクさん。」


エレナが立ち上がろうとするが、ヴァルクは手で制した。


「構わん。」


そう言ってテーブルへ歩み寄る。


「ここ、いいか?」


「もちろんです。」


セシリアが微笑む。


それを見ていた店員は慌てて奥へ駆け込み、新しい椅子を一脚抱えて戻ってきた。


「ただいまお持ちします!」


椅子をテーブルへ並べる。


「ありがとうございます。」


ヴァルクは軽く礼を言い、腰を下ろした。


ヴァルクは椅子に深く腰掛けた。


そして――


憑き物が落ちたような、清々しい笑みを浮かべる。


「決めたよ。」


全員がヴァルクを見る。


ヴァルクは静かに告げた。


「謎の男は、捕まえない。」


「……。」


一瞬、店内の空気が止まる。


「……え?」


エレナが思わず声を漏らした。


グラムも目を見開く。


セシリアは言葉を失い、オズワルドだけが静かにヴァルクを見つめていた。


やがて、オズワルドが口を開く。


「……それは。」


「この討伐部隊の責任者としての発言と受け取ってよいのかの。」


ヴァルクは迷いなく頷く。


「ええ。」


「その判断による処分なら、全部私が受けます。」


その声に、一切の迷いはなかった。


ガレスが腕を組む。


「なんでだ?」


「急に。」


ヴァルクは少しだけ視線を落とし、小さく笑う。


「ヒロ。」


「……だったか。」


その名を聞いた瞬間。


勇者一行の表情が変わる。


ヴァルクは窓の外を眺めながら、静かに続けた。


「会ったよ。」


ガレスは勢いよく立ち上がった。


「どこに――」


だが。


ヴァルクは静かに片手を上げる。


「座れ。」


低く、それでいて穏やかな声だった。


セシリアも立ち上がり、ガレスの肩へそっと手を添える。


「ガレスさん……。」


ガレスは唇を噛み締めながらも、ゆっくりと椅子へ腰を下ろした。


ヴァルクはしばらく黙っていた。


やがて、ゆっくりと口を開く。


「俺の恋人は――」


「不治の奇跡を受けた。」


その一言に。


店内の空気が凍りつく。


エレナが息を呑む。


グラムは拳を握り締めた。


セシリアは口元へ手を当てる。


ヴァルクは静かに続ける。


「俺は、私財をすべて使って延命していた。」


「隠してはいない。」


「有名な話だ。」


自嘲するように笑う。


「不治の奇跡を受けて、生き残った者はいない。」


「医師も、神官も、皆そう言った。」


誰も口を挟めない。


「大量の輸血を続けることで……。」


「辛うじて、生きながらえているだけだった。」


ヴァルクは静かに目を閉じた。


「あれは、生きているとは呼べなかった。」


ヴァルクは遠くを見つめるように語り始めた。


「そんなある日のことだ。」


「見舞いに行くと……。」


「病室のベッドの脇に、一人の黒髪の男が立っていた。」


店内が静まり返る。


「腰まで伸びた黒髪。」


「その男は何も言わず、恋人の傷へ手をかざした。」


「そして――。」


ヴァルクはゆっくり息を吐く。


「見たこともない魔法を使った。」


「神官の治癒魔法のようにも見えた。」


「だが、まったく別のものだった。」


「傷口を閉じるのではない。」


「あの男は……傷そのものを”修復”していた。」


セシリアが思わず息を呑む。


ヴァルクは続ける。


「光が消えたあと、その男は何事もなかったように部屋を出ていこうとした。」


「俺は呆然と立ち尽くいていた。」


ゆっくりと天を仰ぐ。


「……治ってたよ。」


その一言が震える。


「もう……。」


「もう、治らないと思ってた……。」


ヴァルクの肩が震え始める。


堪えきれなかった涙が頬を伝った。


「俺は……。」


「何もできなかったのに……。」


店内には、静かな嗚咽だけが響いていた。


誰も言葉を掛けられなかった。


ヴァルクの涙は、長い年月押し殺してきたものだった。


エレナは静かに立ち上がる。


何も言わず、その肩へそっと手を置いた。


ヴァルクは顔を上げない。


それでも、その手の温もりだけは伝わっていた。


グラムも立ち上がる。


無骨な手で、ヴァルクが固く握り締めていた拳を力強く包み込んだ。


「……。」


言葉はいらなかった。


オズワルドは静かに帽子を深く被る。


その表情を誰にも見られないように。


ただ、小さく鼻をすすった。


その時。


店員がそっと湯気の立つ湯呑みをセシリアへ差し出した。


「どうぞ。」


セシリアは小さく頭を下げる。


「ありがとうございます。」


両手で受け取り、ヴァルクの前へ静かに置いた。


「温かいうちに、お飲みください。」


ヴァルクは震える手で湯呑みを持つ。


湯気が頬を撫でる。


「……ありがとう。」


その一言だけを、ようやく口にすることができた。


ヴァルクは湯呑みを静かに置いた。


何度か深呼吸を繰り返し、ようやく気持ちを落ち着かせる。


そして、ゆっくりと口を開いた。


「邪神教徒の奇跡は……神官の治癒にとって天敵だ。」


セシリアは静かに頷く。


「ええ。」


ヴァルクは続ける。


「理由は単純だ。」


「奴らの力は、破壊だからだ。」


「だから治癒では追いつかない。」


店内は静まり返る。


ヴァルクは一人ひとりの顔を見回した。


「だが、あの男の魔法は違った。」


「治癒じゃない。」


「修繕だ。」


その一言に、オズワルドの目が見開かれる。


「……なるほど。」


ヴァルクは力強く頷いた。


「破壊されたものを癒やすんじゃない。」


「壊れたものを、元に戻している。」


「だから、不治の奇跡すら修復できる。」


誰も言葉を発しない。


ヴァルクは静かに締めくくった。


「つまり――」


「あの男は。」


「邪神教徒にとっての唯一の天敵なんだよ。」





数日後。


一通の通達が、各国へ送られた。


『謎の男の捜索を打ち切る。』


討伐部隊総指揮官――ヴァルクの名で発せられた、公式声明だった。


しかも彼は、その決定を各国へ正式に報告するよりも先に、各新聞社へ声明として公表した。


翌朝。


各紙の一面には同じ見出しが躍る。


『討伐部隊、謎の男の捜索打ち切りを正式発表』


世界中へ、その事実が知れ渡った。


こうなってしまえば、もう後戻りはできない。


本来であれば。


ヴァルクは独断専行の責任を問われ、即座に総指揮官を解任。


後任が任命され、改めて謎の男の捜索命令が下されるはずだった。


だが――。


その話は、不思議なほど進まなかった。


王国では、国王アルバスが。


帝国では、皇帝自らが。


水面下で各国へ根回しを行っていたのである。


「今は邪神教団討伐を最優先とすべき。」


「不要な混乱を招くべきではない。」


その一言で、多くの国が沈黙した。


表向きは、誰も賛成とは言わない。


だが、反対する者もいない。


こうして。


ヴァルクの独断は、誰にも覆されることなく――


曖昧なまま、受け入れられた。

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