悪者
夜。
討伐隊は街道を外れた平原で野営していた。
無数の焚き火が暗闇を照らし、兵士たちは食事を取り、武器の手入れをしながら明日に備えている。
その中央では、偵察隊が帰還していた。
「報告します。」
地図が広げられ、敵の配置、巡回経路、地形、進軍ルートが次々と報告される。
勇者エレナを中心に、グラム、セシリア、オズワルド、各部隊の隊長たちが真剣な表情で耳を傾けていた。
明日の作戦会議。
もちろん、ガレスにも参加するよう声は掛かった。
だが彼は首を横に振った。
「聞いても、よく分からん。」
「俺は目の前の敵をぶっ飛ばすだけだ。」
そう言って断り、焚き火の横へ移動した。
腕を枕にして寝転び、静かな夜空を見上げる。
満天の星。
遠くから聞こえる作戦会議の声も、ガレスには子守歌のようなものだった。
しばらくして、足音が近づく。
ガレスは夜空を見たまま口を開いた。
「終わったか?」
「ええ。」
隣に腰を下ろしたのは、エレナだった。
「相変わらず会議には来ないのね。」
「聞いても分からん。」
即答だった。
「考えるのはお前らの仕事だろ?」
エレナは思わず吹き出す。
「ここまで堂々と言われると、怒る気も失せるわ。」
ガレスは欠伸を一つした。
「その代わり、前に出たら誰よりも働く。」
「だから安心して考えてくれ。」
エレナは小さく笑い、同じように夜空を見上げた。
「ええ。」
「あんたは、それでいい。」
翌朝。
討伐隊は廃教会を目指し、静かに進軍していた。
鬱蒼とした森を抜ける。
木々の隙間から差し込む朝日が、やがて開けた景色へと変わっていく。
その時だった。
「――止まれ。」
先頭を歩く斥候が手を上げる。
部隊全体が一斉に足を止めた。
後方にいたガレスは眉をひそめる。
「どうした?」
返事はない。
何かあったことだけは分かった。
ガレスたちは前方へ向かう。
そして、その光景を目にした。
地面に何本もの長い杭が突き立てられている。
その先に串刺しにされていたのは――
邪神教徒たちだった。
全員、無残に惨殺されている。
誰一人として原形を留めていない者までいた。
血の臭いが辺り一面に立ち込めている。
そのすぐ近く。
数十人の人々が身を寄せ合い、互いの肩を抱きながら震えていた。
誰もが青ざめ、涙を流し、言葉を失っている。
討伐隊の誰もが息を呑んだ。
報告書では読んでいた。
邪神教徒が村を襲い、人々を生贄として連れ去っていることも。
そして、何者かによって教徒が皆殺しにされていることも。
だが――。
文字で知るのと、実際にこの惨状を目の当たりにするのでは、あまりにも違った。
その場にいた全員が、報告では伝わらない現実の重さに言葉を失っていた。
一人の兵士が駆け寄り、敬礼する。
「報告します!」
「彼らは近くの村の村人です。」
「邪神教団によって、この教会へ拉致・監禁されていたとのことです。」
エレナが鋭く問う。
「他には?」
兵士の表情が強張る。
「教会の地下には……その……」
言葉が詰まる。
オズワルドが静かに言った。
「なんじゃ。」
兵士は唾を飲み込み、震える声で続けた。
「……惨殺された村人が、多数。」
その場から音が消えた。
誰も口を開かない。
兵士は視線を落としたまま報告を続ける。
「生存者の証言によれば、昨晩、突然教会中が大騒ぎになったそうです。」
「悲鳴や爆発音が響き渡り……しばらくして気づくと、自分たちを拘束していた縄や鎖がすべて解かれていたと。」
「外へ出るよう促す声が聞こえたため、その人物の背中を追いかけたそうです。」
兵士はゆっくりと、杭に串刺しにされた邪神教徒たちへ目を向ける。
「そして、教会の外へ出た時――」
「この光景が、目に入ったそうです。」
ヴァルクは、生存者たちへ視線を向けた。
「その者の特徴は?」
兵士は困惑したように視線を泳がせる。
「そ、それが……。」
その時だった。
人垣が静かに割れる。
肩を貸し合いながら、一人の老人がゆっくりと前へ歩み出た。
深く刻まれた皺。
疲れ切った表情。
それでも、その瞳だけは真っ直ぐだった。
老人は静かに頭を下げる。
「私は、この村の村長を務めております。」
そして顔を上げ、ヴァルクを見据えた。
「一つ、お聞きしてもよろしいか。」
「なぜ、わしらの恩人のことを聞き回るのです。」
ヴァルクは一歩前へ出る。
「いかに相手が犯罪者とはいえ、このような残虐な行為は許されん。」
「法は法だ。」
「その者には事情を聞き、相応の裁きを受けてもらう必要がある。」
村長はしばらく黙っていた。
やがて、小さく笑う。
その笑みには、失望しかなかった。
「……助けも間に合わず。」
「地下で死んでいった者たちを救うこともできず。」
「ようやく生き残ったわしらの前に現れた恩人すら、今度はあなた方が奪おうというのですか。」
村長の声が少しだけ強くなる。
「恥を知れ。」
村人たちは黙々と教会の地下へ向かった。
しばらくして、一人、また一人と遺体を抱えて戻ってくる。
父を。
母を。
子を。
恋人を。
誰も泣き叫ばない。
ただ、静かに抱きかかえ、故郷へ連れて帰る。
討伐隊の兵士が駆け寄る。
「お待ちください! 負傷者の治療を!」
「食料もあります!」
「毛布を――」
しかし。
「……結構です。」
村人たちは首を横に振る。
誰一人として、その手を借りようとはしなかった。
そのまま遺体を抱え、歩き始める。
ヴァルクは、その背中を見つめたまま、小さく呟く。
「……賢者様。」
「私は、間違っているのでしょうか。」
オズワルドは答えなかった。
パイプに火を入れ、ゆっくりと煙を燻らせる。
深いため息が漏れた。
その視線の先では、セシリアが村人へ歩み寄っていた。
「せめて、お祈りだけでも──」
だが。
「触るな!」
村人はセシリアの手を払いのける。
勢い余って、セシリアは尻もちをついた。
辺りが凍りつく。
オズワルドは、その光景を静かに見つめながら呟いた。
「……まるで悪者じゃの。」
その声には、自嘲にも似た響きがあった。
村人の一人が、吐き捨てるように言う。
「そもそも……。」
「勇者が邪神討伐なんて言い出したから、奴らを怒らせたんだ。」
別の者も続く。
「静かに暮らしておれば、こんなことにはならなかった。」
「全部、お前たちのせいだ。」
誰も反論しなかった。
一人、また一人と村人たちは去っていく。
愛する者の亡骸を抱きながら。
残された討伐隊は、その背中を見送ることしかできなかった。
村人たちが、家族の亡骸を抱えながら歩き始める。
誰も振り返らない。
その背中へ向かって、不意に声が響いた。
「……おい。」
ガレスだった。
村人たちが足を止める。
ガレスは村長を見つめる。
「……そいつ。」
「ここら辺まで伸びた黒髪だろ。」
自分の腰の辺りを手で示す。
村長は思わず振り返った。
「……なぜ、それを。」
ガレスは静かに、自分の肩へ手をやる。
そこには、使い込まれた赤い工具箱。
「親友なんだ。」
その一言で、村長はすべてを悟った。
ガレスは工具箱をそっと押さえ、深く息を吸う。
「恩人って言ってくれて……ありがとう。」
そして、その場で深々と頭を下げた。
「それと――」
「間に合わなくて、すまん!」
ガレスの額が地面を向くほど、深い謝罪だった。
村長は目を潤ませる。
「……あの方に。」
「生き残った者全員が、感謝していると。」
「そう、お伝えください。」
ガレスは何も言わず、もう一度深く頭を下げた。
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