奇跡
翌朝。
討伐隊はエルドニア公国を出発した。
何台もの荷馬車が連なり、街道を進んでいく。
ガタガタと揺れる荷台の上。
ガレスは向かいに座るエレナへ顔を向けた。
「そういや。」
頭をかく。
「邪神って何だ?」
その一言で、荷台の空気が止まる。
皆がガレスを見つめた。
「……。」
しばらく沈黙が続く。
やがてエレナが呆れたように口を開いた。
「知らないのに来たの?」
ガレスは胸を張る。
「おう。」
「何にも分からん。」
悪びれる様子はまるでない。
「ヒロを連れ戻すためだけに参加した。」
少しだけ真剣な表情になる。
「エリックの仇もあるしな。」
その返事に、皆は顔を見合わせて小さくため息をついた。
エレナは腕を組み、しばらく黙って考え込んだ。
やがて小さく息をつき、ゆっくりと口を開く。
「ガレス。あんたに邪神が何なのかを説明するより――敵が使ってくる技を説明した方が早いわ。」
ガレスは肩をすくめる。
「確かに。結局ぶっ飛ばすんだから、関係ないか。」
少し笑って続ける。
「その”奇跡”ってやつ、教えてくれ。」
エレナは頷き、隣に立つ聖女へ視線を向けた。
「セシリア、お願い。」
「はい。」
セシリアは一歩前へ出る。
「まず前提として、『奇跡』は魔法ではありません。」
「私たち神官や聖職者が扱う、神の加護を借りて発動する力です。」
「治癒、浄化、結界、防御……人を守る力が多く、魔力ではなく信仰によって成立します。」
ガレスは腕を組む。
「へぇ。じゃあ魔法とは別物なんだな。」
「はい。」
セシリアは頷く。
「ですが、邪神を信仰する者たちが使う奇跡は、その逆です。」
「治すためではなく、壊すため。」
「守るためではなく、奪うため。」
部屋の空気が静かに張り詰める。
「その中でも、特に注意していただきたい奇跡が三つあります。」
セシリアは静かに頷く。
「まず一つ目は――破壊の奇跡です。」
その視線が、エレナの手にある聖剣へ向く。
エレナは無言のまま、柄をぎゅっと握り締めた。
「邪神教徒の幹部クラスになると……」
一拍置く。
「聖剣でさえ、破壊できます。」
部屋が静まり返る。
ガレスが思わず口を開いた。
「……やべえな、それ。」
セシリアは静かに頷く。
「二つ目は――感覚遮断の奇跡です。」
「痛みや恐怖といった感覚を、一時的に失わせます。」
「主に下位構成員へ施し、命を顧みない特攻をさせるために使われます。」
グラムが低い声で口を開いた。
「痛みは、体が発する危険信号だ。」
「そして恐怖は、捨てるものじゃない。」
拳を静かに握る。
「戦士は、恐怖を消すんじゃない。」
「恐怖と共に戦うものだ。」
その言葉に、ガレスは何も言わず、静かに頷いた。
セシリアは表情を曇らせ、小さく息をついた。
「そして最後が――不治の奇跡です。」
その一言だけで、場の空気がさらに重くなる。
「治癒の奇跡の逆。」
「この奇跡によって負った傷は、治癒の奇跡では癒せません。」
「傷口は塞がらず、出血も止まりません。」
「戦闘中はもちろん、戦闘後も命を落とす危険があります。」
沈黙。
その沈黙を破ったのはエレナだった。
「これが一番厄介よ。」
エレナは静かに聖剣へ視線を落とす。
「敵は感覚遮断の奇跡で命を顧みず、斬っても斬っても向かってくる。」
「でも、こっちは違う。」
ゆっくりと顔を上げる。
「かすり傷一つでも負ったら、それが致命傷になる。」
「だから、本当の意味で一撃も受けられない戦いになるの。」
部屋は静まり返る。
ガレスは腕を組み、しばらく考え込んだあと、小さく笑う。
「なるほど。」
「要するに――」
「当たらなきゃいいんだな。」
エレナは思わず苦笑した。
「……そういうことになるわね。」
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