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主人公はいつになっても冒険者ランクを上げない  作者: Patriot
戦後:二十歳〜二十七歳

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怒り

医務室。


扉を開けた瞬間。


ヒロの足が止まった。


部屋の中央。


ベッドの上には、白い布をかけられた一つの塊。


胸の奥がざわつく。


嫌な予感だけが膨らんでいく。


壁際では、ギルドマスターが腕を組み、天井を見上げたまま立っていた。


何も言わない。


リリアは肩を震わせながら俯いている。


ヒロに気づくと、ゆっくりと近づいてきた。


震える手を差し出す。


「……これ。」


渡されたのは、一冊のノート。


何度も握り締められたのか、表紙はくしゃくしゃになっていた。


ヒロは黙って受け取る。


その瞬間。


後ろから、ガレスの手が肩に置かれた。


いつもよりずっと重い手だった。


リリアは顔を上げる。


ヒロの顔を見た、その瞬間。


さっと血の気が引いた。


ヒロは何も言わない。


ノートを強く握り締めたまま、ベッドへ向かって歩き出す。


ガレスの手に力が入る。


「……お前は、見んな。」


低い声だった。


ヒロは答えない。


肩に置かれた手を、静かに振り払う。


一歩。


また一歩。


ベッドの前に立つ。


白い布へ手を伸ばす。


ゆっくりと持ち上げる。


塊だと思っていたそれを、静かに見下ろした。


部屋の空気が凍りつく。


長い沈黙の後。


ギルドマスターが苦しそうに口を開いた。


「……他の、その……部分は。」


言葉を詰まらせる。


「今、探してる。」


ヒロは何も言わなかった。


ただ、そっと手を伸ばす。


見開かれたままだった瞳へ、優しく指先を添えた。


ゆっくりと。


本当にゆっくりと。


その目を閉じてあげる。


しばらくそのまま動かない。


やがて、静かに白い布を持ち上げる。


乱さないように。


眠っている人へ布団を掛けるように。


そっと被せ直した。


手を離す。


誰も、何も言えなかった。


部屋には、重苦しい沈黙だけが流れていた。


数日後。


エリックの葬儀は、静かに執り行われた。


誰も騒がない。


誰も泣き叫ばない。


祈りだけが淡々と響き、式は粛々と進んでいく。


やがて棺は炉へと送られた。


重い扉が閉まる。


それだけだった。


あまりにも簡単に。


あまりにも呆気なく。


火葬は終わった。


王都の空へ、白い煙が静かに昇っていく。


ヒロはその煙を見つめながら、一冊のノートを開いた。


くしゃくしゃになった新人研修ノート。


エリックがメモを取る時間すら惜しい。


そう思ったヒロが、新人研修の一週間前から少しずつ書き込んでいたものだった。


最初のページ。


『まずは受付から。』


『リリアさんの列に並ぶこと。』


その横には、後から書き足された幼い字。


『リリアさんは王都一の美人。』


一枚。


また一枚。


ページをめくる。


文字は日を追うごとに増えていた。


ヒロの字。


その横へ書き足されるエリックの小さなメモ。


何度も読み返した跡。


擦り切れた角。


その一冊だけが、エリックがそこにいた時間を静かに語っていた。


少し離れた場所では。


ガレス。


セレナ。


リリア。


三人が何も言わず、その背中を見守っていた。

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