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主人公はいつになっても冒険者ランクを上げない  作者: Patriot
戦後:二十歳〜二十七歳

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聖剣

翌朝。


まだ日も昇りきらない早朝。


勇者一行は冒険者ギルドの扉を開いた。


ギィ、と静かな音が響く。


昨日とは違い、ギルドの中にはまだ人影がほとんどない。


静まり返った空間。


四人は店内を見渡す。


そして、すぐに目当ての人物を見つけた。


受付の横。


待合用の長椅子。


ヒロが腰掛け、頭を後ろへ預けて目を閉じている。


その後ろには、一人の美しい受付嬢。


黒曜石のように長く艶やかな黒髪。


ラピスラズリのような青い瞳。


透き通るような白い肌。


彼女は慣れた手つきで、ヒロの腰まで届く長い髪を丁寧に梳かしていた。


四人は思わず足を止める。


そのまま静かに歩み寄る。


ヒロは気配に気付き、少し照れくさそうに片手を挙げた。


「すいません。」


「日課なもんで。」


四人は顔を見合わせる。


そして誰からともなく、にやにやと笑い始めた。


エレナは口元を押さえる。


「ふふっ。」


セシリアも微笑む。


「素敵な日課ですね。」


その時だった。


「ヒロ!」


どこからともなく、一人のエルフが現れた。


銀色の長い髪。


長い耳。


頬をぷくっと膨らませながら、ヒロを指差す。


「その髪、切りなさい!」


「……あいつに似ててムカつく!」


ヒロは苦笑する。


「あはは……。」


すると髪を梳かしていた受付嬢が、少し寂しそうに微笑んだ。


「それは……。」


「少し寂しいです。」


ヒロの髪へそっと櫛を通す。


「ヒロくんの髪を梳かすの。」


「なくなっちゃうと思うと。」


エルフは一瞬固まる。


「……。」


そして、ため息をついた。


「リリアちゃんがそう言うなら……。」


肩をすくめる。


「仕方ないか。」


ヒロはそのやり取りを見て、呆れたように笑った。


エレナは、そのエルフの姿を見つめたまま動きを止めた。


次第に目が大きく見開かれていく。


「……まさか。」


信じられないものを見るように呟く。


「そんな……。」


震える声で、その名を口にした。


「……戦姫アンネローゼ様?」


エルフはくすりと笑った。


「あら。」


「この時代の勇者は、可愛らしいのね。」


口元へ手を添え、上品に微笑む。


「ふふっ。」


その瞬間。


エレナ。


セシリア。


グラム。


オズワルド。


四人は一斉に膝をついた。


「失礼いたしました!!」


深々と頭を下げる。


アンネローゼは困ったように笑う。


「いいのよ。」


「そんなことしなくて。」


そう言いながら、ヒロの髪を梳かし終えたリリアの後ろへ回る。


「今度はリリアちゃん。」


櫛を取り、優しく黒髪へ通した。


さらり、と美しい音が響く。


アンネローゼは嬉しそうに目を細める。


「リリアちゃんは、本当に綺麗な髪!」


「艶もあるし、手入れも行き届いてる。」


満足そうに何度も頷く。


そして、ちらりとヒロを見る。


「誰かさんとは、大違いね。」


ヒロは頬を掻きながら苦笑した。


「すいません……。」


リリアは思わず吹き出す。


「ふふっ。」


アンネローゼはさらに櫛を動かしながら満足そうに笑った。


「女の子の髪は、こうじゃないとね。」


リリアは慌てて立ち上がろうとする。


「ゆ、勇者様が……!」


「勇者様とお話を……!」


アンネローゼは気にする様子もなく、櫛を動かし続けた。


「髪は女の子の命よ。」


「もうちょっと待って。」


そう言って丁寧に髪をまとめる。


最後に、小さな髪飾りをそっと留めた。


歯車とネジで作られた、不格好な髪飾り。


けれど、その一つ一つは息を呑むほど精巧に作られていた。


セシリアは思わず息を漏らす。


「……綺麗。」


オズワルドも目を細める。


「なんと精巧な。」


髪飾りをじっと見つめる。


「そして……なんと美しい魔力が流れておる。」


「まるで髪飾りそのものが生きておるようじゃ。」


リリアは嬉しそうに髪飾りへ触れた。


「ありがとうございます。」


優しく撫でる。


まるで宝物を扱うように。


アンネローゼは満足そうに微笑む。


そしてヒロを振り返った。


「だってさ。」


ヒロは照れくさそうに頬を掻く。


「からかわないでくださいよ。」


アンネローゼはくすりと笑った。


「褒められてるんだから、もう少し素直になりなさい。」


リリアは名残惜しそうに席を立った。


「私は受付業務の準備がありますので……。」


「ごゆっくり。」


軽く頭を下げると、受付へ戻っていく。


ヒロたちは食堂のテーブルへ。


全員が席に着く。


アンネローゼは頬杖をつきながら、四人を見回した。


「それで?」


にやりと笑う。


「何の用なの?」


少し首を傾げる。


「聖剣、無くしちゃった?」


「ふふっ。」


悪戯っぽく笑う。


しかし。


四人は誰一人笑わなかった。


俯いたまま、言葉も出ない。


アンネローゼの笑みがゆっくりと消えていく。


空気だけで察した。


ヒロはその様子を静かに見守っている。


エレナは震える手で懐へ手を入れた。


大切そうに抱えていた包みをテーブルへ置く。


ゆっくりと布を開いた。


中から現れたのは――


粉々に砕けた一本の剣。


柄。


鍔。


そして無数の刀身の欠片。


アンネローゼは何も言わず、それを見つめた。


そっと一つの欠片へ触れる。


指先が微かに震える。


寂しそうに。


悲しそうに。


部屋には誰一人として声を発しない。


長い沈黙が流れる。


やがてアンネローゼは静かに口を開いた。


「……これは。」


欠片から手を離す。


「治せないわ。」


静まり返る食堂。


誰も言葉を発せない。


その中で、ヒロだけが静かに口を開いた。


「これを元に、打ち直すことはできますよね?」


アンネローゼを見る。


「アンネローゼさん?」


アンネローゼは目を閉じ、深く息を吐いた。


「……そうね。」


しばらく砕けた聖剣を見つめる。


そして静かに頷いた。


「できるわ。」


ヒロは確認するように続ける。


「これを溶かしてもいいですか?」


その問いに、エレナたちは息を呑む。


聖剣を溶かす。


普通なら考えもしない選択だった。


アンネローゼは欠片へ優しく触れる。


「……。」


しばらく黙っていた。


やがて小さく笑う。


「好きにしなさい。」


その声には、迷いはなかった。


そしてヒロを見て、柔らかく微笑む。


「手伝ってあげるから。」


一同は工房の前に立っていた。


ヒロが扉を開ける。


カラン、と鈴が鳴る。


工房の中では、親方が図面へ目を落としていた。


気配に気づくと、ゆっくり顔を上げる。


言葉はない。


目だけでヒロへ挨拶を送る。


ヒロも小さく頷き返した。


一方、作業中だった職人たちはすぐに手を止める。


「おう、ヒロ!」


「どうした?」


「おっ、アンネローゼ様も一緒か!」


「椅子用意しないとな。」


「おい、お前、茶だせ茶!」


工房の中が一気に慌ただしくなる。


「待ってください。」


ヒロの一言で、全員の動きが止まった。


工具箱から一つの包みを取り出し、作業台の上へ置く。


布を静かに開いた。


砕け散った剣。


大小様々な刀身の欠片。


柄。


鍔。


作業台の上へ並べられる。


「これを。」


ヒロは親方を見た。


「溶かして、剣を打ち直してほしいんです。」


職人たちが自然と集まってくる。


誰も軽々しく手を出さない。


まずは目で見る。


そして、ゆっくりと一つの欠片を持ち上げた。


「……なんだ、この地鉄。」


「見たことねぇ鍛え方だ。」


「いつの時代の剣だ?」


別の職人が刀身の断面を覗き込む。


「積層の数がおかしい。」


「とんでもねぇ腕だぞ、これを打った奴。」


さらに一人が目を細める。


「……魔力が流れてる。」


欠片になった今なお、微かな輝きが失われていなかった。


工房の空気が変わる。


全員が無言になる。


親方は一つの欠片を手に取り、ゆっくりと光へかざした。


その瞳が細くなる。


「……。」


しばらく見つめた後、小さく呟く。


「なんだ。」


欠片をそっと作業台へ戻す。


「この剣は。」


静まり返った工房。


その空気を破るように、一歩前へ出たのはエレナだった。


胸へ手を当て、深く頭を下げる。


「まずは、名乗らせてください。」


ゆっくりと顔を上げる。


「私は勇者、エレナと申します。」


工房中の職人たちが目を丸くした。


勇者。


その言葉だけで十分だった。


しかし、誰も騒がない。


全員がエレナの次の言葉を待っていた。


エレナは作業台の上へ目を向ける。


「これは、代々勇者へ受け継がれてきた聖剣です。」


静かな声だった。


「ですが……。」


一度言葉を切る。


「邪神教徒との戦いで、砕けました。」


工房の空気がさらに重くなる。


「未熟だった私の責任です。」


エレナは深く頭を下げた。


「どうか、お力を貸してください。」


「この聖剣を、もう一度甦らせたいのです。」


頭を下げたまま、動かない。


工房には、誰一人として口を開く者はいなかった。


工房には、誰一人として口を開く者はいなかった。


やがて、一人の職人が砕けた刀身を手に取る。


「こっち貸せ。」


「鍔も見せろ。」


「柄は折れてねぇな。」


次々と職人たちが集まり、本格的に聖剣の破片を調べ始める。


断面を見て。


魔力の流れを確かめ。


指で材質を確かめる。


勇者であるエレナには、誰一人として目もくれなかった。


エレナは戸惑う。


「え……。」


親方が一つの欠片を光へかざしたまま口を開く。


「悪もんじゃねぇってことが分かれば十分だ。」


ぶっきらぼうに言い放つ。


「打ち直してやる。」


その一言だけだった。


エレナが思わず顔を上げる。


「本当ですか……!」


親方は視線を欠片から外さない。


「ただな。」


ようやく顔を上げる。


「邪魔だから帰れ。」


工房中の職人たちが一斉に頷いた。


「そうそう。」


「集中できねぇ。」


「出来上がったら呼んでやる。」


「工房は見世物小屋じゃねぇ。」


再び全員の視線は、砕けた聖剣へ戻っていった。


オズワルドは長い髭を撫でながら、愉快そうに笑った。


「ふぉっふぉっふぉ。」


「いい職人たちじゃのう。」


その言葉に、グラムは肩をすくめる。


「俺たち……勇者一行だよな?」


工房を見回す。


誰一人としてこちらを見ていない。


全員が聖剣へ夢中だった。


「まるで置物みてぇな扱いだ。」


セシリアはくすりと笑う。


「さぁさぁ、行きましょう。」


「邪魔になってはいけません。」


エレナも小さく頷く。


「……そうですね。」


四人は静かに工房を後にしようとした。


その時だった。


工房の奥から、怒鳴り声が飛ぶ。


「小僧!!」


ヒロが振り返る。


「おめぇは手伝え!!」


工房中の職人たちが吹き出した。


ヒロは困ったように笑う。


「はいはい。」


勇者一行へ軽く手を振る。


「じゃあ、行ってらっしゃい。」


四人は苦笑しながら手を振り返した。


そのまま工房を後にする。


そしてヒロは振り返ることなく、職人たちの輪の中へ入っていった。

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