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主人公はいつになっても冒険者ランクを上げない  作者: Patriot
戦後:二十歳〜二十七歳

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大賢者と女将とギルドマスター

女将はオズワルドを一瞥すると、鼻で笑った。


「爺さん。」


「まだ死んでなかったのかい?」


腕を組み、口元を歪める。


「相変わらず、しぶといねぇ。」


オズワルドは肩を揺らして笑う。


「ふぉっふぉっふぉ。」


「まだまだ現役じゃわい。」


そして懐かしそうに女将を眺めた。


「それに引き換え――」


「あの”アマゾネス”とまで呼ばれたお主が、酒場の女将とはの。」


女将はふんと鼻を鳴らす。


「昔話は酒がまずくなる。」


そう言い残し、何事もなかったようにカウンターへ戻っていった。


オズワルドは苦笑すると、今度は店内をゆっくり見回す。


そして視線が、カウンターの端で酒を飲んでいた一人の男で止まる。


「……ほう。」


口元がわずかに緩む。


「相方もおるようじゃの。」


静かな声が酒場に響く。


「挨拶ぐらいせんか。」


一拍置いて。


「クソガキ。」


その一言で。


カウンターに座っていたギルドマスターの肩がびくりと震えた。


店内の誰もが目を丸くする。


あのギルドマスターが。


ゆっくりと立ち上がる。


その顔からは、いつもの不敵な笑みは消えていた。


背筋を伸ばし。


緊張で身体を強張らせながら、一歩前へ出る。


「お……。」


喉が震える。


「お、お久しぶりです!」


声が裏返る。


「大賢者様!」


さらに深く頭を下げた。


「ご、ご挨拶が遅れまして……。」


「申し訳ございません!」


腰を九十度に折り、深々と頭を下げる。


普段の粗暴で豪快なギルドマスターとは、まるで別人だった。


酒場中が静まり返る。


「……。」


「……え?」


「ギルドマスターが……頭を下げた?」


冒険者たちは言葉を失う。


誰も見たことがなかった。


王族相手ですら横柄な態度を崩さない男が。


一人の老人に、これほどまで畏まる姿を。


静まり返る酒場。


誰も口を開けない。


そんな空気など気にする様子もなく、ヒロは首を傾げた。


「知り合いなんですか?」


その一言で、何人もの冒険者が青ざめる。


「お、おい……。」


「ヒロ……。」


誰もが息を呑んだ、その時。


カウンターの向こうから女将の声が飛んできた。


「腐れ縁だよ!」


女将はグラスを拭きながら鼻で笑う。


「若い頃からのね。」


「腐っても切れない、面倒な縁さ。」


オズワルドは楽しそうに笑う。


「ふぉっふぉっふぉ。」


「相変わらず口の悪い娘じゃ。」


「誰が娘だい。」


二人のやり取りに、少しだけ酒場の空気が和らぐ。


その時だった。


ギルドマスターが、ヒロへ顔を向ける。


真剣な表情だった。


「おい、小僧。」


「はい?」


「決して失礼なことをするなよ。」


ヒロは首を傾げる。


「え?」


ギルドマスターはごくりと唾を飲み込んだ。


「殺されるぞ。」


店内が再び静まり返る。


ヒロは困ったようにオズワルドを見る。


オズワルドは穏やかに笑っている。


「そんな物騒な人には見えませんけど。」


その一言に。


オズワルドは声を上げて笑った。


「ふぉっふぉっふぉっ!」


「面白い小僧じゃのう!」


ギルドマスターは頭を抱えた。


「だからそういうところだ……。」


オズワルドはひとしきり笑い終えると、ゆっくりとジョッキを置いた。


「さて。」


咳払いを一つする。


「この二人は、わしの弟子じゃ。」


その一言だった。


「「「えぇぇぇぇぇっ!?」」」


酒場中が一斉に立ち上がる。


「弟子!?」


「ギルドマスターが!?」


「女将さんも!?」


「大賢者様の!?」


店内は騒然となった。


そんな中。


ヒロだけは首を傾げていた。


「でも。」


オズワルドを見る。


「二人とも剣士ですよね?」


「ギルドマスターは大斧だし。」


「女将さんは大剣だし。」


「魔法使ってるところ、一度も見たことないですよ。」


酒場が一瞬静まり返る。


次の瞬間。


ガタンッ!


オズワルドが勢いよく立ち上がった。


「そうなのじゃ!!」


酒場中がびくっと肩を震わせる。


オズワルドは両手を広げ、天を仰ぐ。


「この大賢者の弟子なのに!!」


「魔術師にならなんだ!!」


「どういうことじゃあああ!!」


絶叫が酒場中に響き渡る。


女将はため息をついた。


「だって魔法より剣の方が強かったんだから仕方ないだろ。」


ギルドマスターも腕を組んで頷く。


「俺も魔法より斧振ってる方が性に合ってたんだよ。」


「性に合う合わんの問題ではなぁい!!」


オズワルドは机を叩く。


「何年教えたと思っとる!」


「火球!」


「氷槍!」


「雷撃!」


「全部叩き込んだというのに!」


女将は涼しい顔で答える。


「全部剣でぶった斬れた。」


ギルドマスターも続く。


「斧で殴った方が早かった。」


オズワルドはその場で崩れ落ちた。


「わしの教育は……。」


「何だったのじゃぁ……。」


店内は一瞬静まり返り――


「あっはっはっは!」


「そりゃそうなる!」


「弟子が二人とも脳筋!」


酒場中が腹を抱えて笑い転げた。


ヒロは「ああ。」と小さく頷いた。


「それでギルドマスター、あんなことを言ったのか。」


ギルドマスターが大賢者の弟子であると言う事実が、ようやく分かった。


オズワルドが眉を上げる。


「何の話じゃ?」


ヒロは五年前の出来事を思い出しながら答えた。


「昔、僕が新人教育を担当した時の話です。」


「エリックという新人冒険者に、無詠唱魔法を教えたことがあって。」


オズワルドの目がわずかに細くなる。


「ほう。無詠唱をの。」


「はい。」


ヒロは頷く。


「新人教育の最後に、ギルドマスターと模擬戦をしたんです。」


「それで、エリックが無詠唱魔法でギルドマスターを吹き飛ばして。」


酒場のあちこちから笑いが漏れる。


当時を知る冒険者たちは、堪えきれず肩を震わせていた。


ヒロは続ける。


「その後、ギルドマスターが僕に言ったんです。」


一拍置く。


「魔法は基礎からだろ、って。」


オズワルドの笑顔が消えた。


ゆっくりと、ギルドマスターへ顔を向ける。


こめかみに一本、血管が浮かび上がる。


「……大賢者の弟子でありながら。」


ギルドマスターの肩がびくりと震えた。


「剣士の道へ進み。」


もう一本、血管が浮かぶ。


「挙げ句の果てには、新人冒険者に魔法で負けた……じゃと?」


「いや、待ってください、大賢者様。」


ギルドマスターは両手を上げる。


「あれは新人と呼んでいいような奴じゃ――」


オズワルドが勢いよく立ち上がった。


「来い、小僧!」


「話を聞いてください!」


オズワルドはギルドマスターの首根っこを掴む。


「基礎から叩き直してやる!」


「今さら!?」


そのまま酒場の出口へ向かって歩き出した。


「おい、マーサ!」


「助けろ!」


女将はグラスを拭きながら、ちらりとも見ない。


「しっかり習ってきな。」


「ヒロ!」


「話した本人が助けろ!」


ヒロは困ったように笑う。


「魔法は基礎からです。」


「てめえ覚えてろよぉぉぉ!」


ギルドマスターの叫び声が遠ざかっていく。


そのまま首根っこを掴まれ、酒場の外へ引きずり出されていった。


店内はしばらく静まり返り――


やがて、堪えきれなくなったように大笑いが巻き起こった。

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