新たな出会い
ヒロは王都の街を当てもなく歩いていた。
「退屈……。」
ぽつりと漏らす。
そんな自分に苦笑する。
少し前まで、時間が足りないと思っていたのに。
ふと、一人の女性の姿が頭に浮かぶ。
魔力炉の中で眠る、戦姫アンネローゼ。
分身の姿で街に飛び出し、
両手を大きく広げ、頬を膨らませながら叫んでいた。
『退屈なの!』
「……ふふっ。」
思わず笑みがこぼれる。
懐かしい。
魔力炉を改修し、魔力の変換効率を高めたことで、アンネローゼの意識は以前より長く保てるようになった。
その結果、彼女は時間を持て余すようになった。
当時のヒロには、その気持ちがよく分からなかった。
毎日やることが山ほどあったからだ。
今なら分かる。
「退屈なんだ。」
ヒロにできることは、インフラ整備。
街を歩いて点検することもできる。
気になる場所を見つければ、すぐに直せる自信もある。
けれど、それはもう違う。
今、その仕事は他の職人たちが担っている。
元スラムの人々。
自分が教え、育ててきた職人たち。
彼らに任せるべき仕事だ。
人手が足りないなら、自分がやる。
でも、足りているなら。
余計なことはしない。
それは彼らの仕事を奪うことになるから。
ヒロは立ち止まり、行き交う人々を眺めた。
少しだけ、胸が寂しくなる。
「楽しかったんだな……。」
十五年間。
狂ったように。
毎日、毎日。
地下へ潜り。
魔力導管を繋ぎ。
壊れた設備を直し。
街を支え続けた。
人々の生活を守る。
その使命感を胸に働いてきた。
ずっと、そう思っていた。
でも違った。
ヒロはゆっくりと首を振る。
「ただ……。」
空を見上げ、小さく笑う。
「楽しかったんだ。」
誰かに命じられたからではない。
褒められたかったからでもない。
工具を握り。
頭を悩ませ。
昨日まで動かなかったものが、自分の手で再び動き出す。
その瞬間が、たまらなく好きだった。
だから十五年間、一日も飽きることなく続けられた。
王都の喧騒の中で、ヒロは少しだけ昔を懐かしむように目を細めていた。
気づけば、ヒロは王都の外周まで歩いていた。
高くそびえる石造りの城壁。
見上げるほど巨大な門。
「……懐かしい。」
自然と足が止まる。
南門。
ヒロは城門を見上げる。
戦争中、この門は最後まで傷一つ付かなかった。
あの日、この門の前に立っていたのは自分と、駆けつけてきた魔族たちだった。
「俺たちはヒロ様の元で戦う!」
そう叫びながら、魔王の命に背いて集まってきた者たち。
本来なら、それぞれの持ち場を守るはずだった魔族たちだった。
それでも彼らは、自らの意思で南門へ駆けつけた。
あの時、門へ敵を近づけることすら許さなかった。
だから戦争が終わっても、この南門に修繕する場所はほとんどなかった。
ヒロは城壁へそっと手を触れる。
「みんな、元気にしてるかな……。」
魔王。
ゼルハルト。
そして、あの日共に笑い、共に戦った魔族たち。
懐かしい顔が次々と浮かんでは消えていく。
その時だった。
「そこの若いの。」
不意に後ろから声を掛けられる。
ヒロは振り返った。
そこには四人組の旅人が立っていた。
先頭には、長い黒髪をなびかせ、大きな槍を背負った女性。
隣には、僧侶の装束を纏った女性。
さらに、大剣を肩に担ぐ熊のような体格の豪胆な男。
そして最後尾には、白髪に長い髭を蓄えた、いかにも大魔術師といった老人。
老人は杖でヒロを指した。
「そうじゃ、お前じゃ、若いの。」
ヒロは自分を指差す。
「僕ですか?」
「うむ。」
老人はにやりと笑った。
「ちと、案内せぇ。」
ヒロは四人を先導しながら、王都の街を歩いていた。
本来なら紙に地図を書いて渡せば済む話だった。
あるいは道順を口頭で説明するだけでもいい。
だが今日は違う。
暇だった。
「案内しますよ。」
そう言って歩き始めたのは、ただそれだけの理由だった。
道中、ヒロは何気なく尋ねる。
「それにしても。」
四人を振り返る。
「王宮に用事があるのに、なんで南門から入ったんですか?」
「正門から来たら一本道だったのに……。」
最後尾を歩く老魔術師が、ふぉっふぉっと笑う。
「帝国で面白い話を聞いての。」
「戦争の時、南門に職人の格好をした化け物がおったとな。」
他の三人も頷く。
特に槍を背負った黒髪の女性は、勢いよく何度も頷いていた。
老魔術師は続ける。
「聞くところによると、その男は南門から極大魔法を放ち、帝国の魔術師団を壊滅させ――。」
「その後は少数の魔族を率いて、帝国軍へ切り込んだそうじゃ。」
ヒロは苦笑した。
「へぇ。」
「そんなこともありましたね。」
大剣を担いだ大男が目を丸くする。
「知ってんのか?」
「ええ、」
「――それ」
そう続けようと口を開きかけた、その瞬間。
「ヒロさん! お疲れ様です!」
王宮前の門兵が大きな声で敬礼した。
ヒロは反射的にそちらへ向き直る。
「ああ、ご苦労様です。」
そのまま四人を振り返る。
「この方たちが国王陛下に謁見したいと……。」
そこまで言って、ヒロは首を傾げた。
「……あれ?」
四人を見回す。
「あなたたち、陛下に謁見って……。」
「何者なんですか?」
四人は一瞬きょとんとした表情でヒロを見つめる。
そして。
「あっはっはっは!」
「ふふっ!」
「がははは!」
「ふぉっふぉっふぉ!」
四人は一斉に笑い出した。
ヒロだけが、何がそんなに可笑しいのか分からず、首を傾げたまま立ち尽くす。
門兵が慌てて口を挟んだ。
「ヒロさん!」
「知らないんですか!?」
ヒロは門兵を見る。
「え?」
門兵は驚いたように四人を指差した。
「この方々は――」
「勇者様御一行ですよ!」
ヒロは思わず四人を見回す。
「えっ。」
長い黒髪に巨大な槍を背負った女性が、一歩前へ出る。
凛とした笑みを浮かべ、右手を差し出した。
「勇者、エレナよ。」
「道案内、ありがと。」
ヒロは目を丸くしたまま、その手を見つめる。
「……あ。」
数秒遅れてようやく状況を理解した。
「あっ、本当に勇者様だったんですね。」
エレナは吹き出す。
「そこ疑ってたの?」
「いえ、というか……。」
ヒロは照れくさそうに頭を掻く。
「皆さん普通に話しかけてくるので、旅人の方かと。」
その言葉に、勇者一行は再び笑い声を上げた。
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