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主人公はいつになっても冒険者ランクを上げない  作者: Patriot
戦後:二十歳〜二十七歳

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ガレスとエリック

その日から、二人の日常は少しだけ変わった。


いつものように朝一番でギルドへ向かう。


ヒロは掲示板の前で足を止め、何枚もの依頼書へ目を通す。


討伐対象。


移動距離。


地形。


報酬。


危険度。


一枚ずつ吟味した末に、ガレスへ依頼書を差し出した。


本来なら、そのまま受付へ向かう。


しかし二人は、その前に必ず食堂の隅のテーブルへ腰を下ろすようになった。


ヒロは依頼書を広げる。


「今回の相手は――」


静かな声で、依頼内容を一つずつ説明していく。


討伐対象の生態。


縄張り。


攻撃の癖。


怒り狂った時の行動。


弱点。


そして最後に。


「ガレスなら、正面から押し切るより、一度ここへ誘導した方がいい。狭い地形だから、大剣を振り抜いたあとに隙ができにくい。」


「もし突進してきたら、受け止めない。半歩ずらして首筋を狙えば終わる。」


ガレスは一言も挟まない。


ただ黙って頷き、頭の中で戦いを組み立てていく。


説明が終わると、今度は装備の点検だった。


剣の刃こぼれ。


柄の緩み。


鎧の留め具。


革紐。


荷物。


最後に工具箱から砥石を取り出し、刃を軽く整える。


「うん、問題なし。」


その一言で、ようやく二人は受付へ向かった。


そんな光景を、ギルド中の冒険者たちが不思議そうに眺めていた。


「……なんだ、あれ。」


「ガレスだよな?」


「Aランクのガレスが……。」


「Fランク冒険者から作戦を教わってる……?」


誰も理解できなかった。


普通なら逆だ。


高ランク冒険者が新人へ助言する。


それがギルドの常識だった。


だが目の前では、その常識が当たり前のように覆されている。


それでもガレスの表情に迷いはない。


ヒロの言葉を一つも疑わず、すべてを受け入れている。


ヒロは最後にガレスの肩当てへ軽く触れ、緩みがないことを確かめる。


そして、背中を思い切り叩いた。


バシッ。


「行ってらっしゃい!」


ガレスは振り返り、大きく笑う。


「おう!」


そのまま依頼書を片手に受付へ駆け出していく。


ヒロは少し離れた場所で、その背中を静かに見送る。


無事に帰ってこい。


口には出さず、心の中だけで呟いた。


その時だった。


「先生!」


聞き慣れた声に、ヒロは振り返る。


そこにはエリックが立っていた。


「やあ、エリック。どうしたの?」


エリックは少し照れくさそうに頭をかきながら、それでも真っ直ぐヒロを見る。


「先生。」


「僕も、ガレスさんみたいに……。」


「アドバイスや、装備の確認をしてほしいです。」


ヒロは思わず苦笑した。


「参ったな……。」


頭を掻きながら食堂を見渡す。


「一旦、座ろうか。」


「はい!」


二人は先ほどまでヒロとガレスが使っていたテーブルへ向かう。


その様子を見ていた冒険者たちは、再びざわつき始めた。


エリックが席へ腰を下ろく。


その胸元で、冒険者プレートが陽の光を受けて輝いた。


Cランク。


ヒロは思わず目を細める。


「もうCランクか。」


小さく笑みを浮かべる。


「新世代のガレス、なんて呼ばれるだけはあるね。」


戦争で一度は降格処分を受けた。


それでも腐ることなく依頼を積み重ね、瞬く間に元のランクまで駆け上がった。


そして今では、さらにその上――Cランクにまで昇格している。


その成長速度は、かつてのガレスを思わせるものだった。


ヒロは苦笑しながら依頼書を見つめる。


「君にはもう、アドバイスなんて必要ないと思うんだけど……。」


するとエリックは勢いよく首を振った。


「そんなことありません!」


ギルド中に響くほどの大きな声だった。


「だって先生、ガレスさんのことは全部見てるじゃないですか!」


エリックは真っ直ぐヒロを見つめる。


「ガレスさんはAランクですよ!」


「そのガレスさんが毎回先生の話を聞いて、それで迷いなくクエストへ向かってる。」


「だったら僕だって、教えてもらいたいです!」


食堂が静まり返る。


周囲の冒険者たちは息を呑んで二人を見つめていた。


ガレス本人は決して口にしない。


だが、毎朝その様子を見続けていた者は、少しずつ気付き始めていた。


Aランク冒険者ガレスは、出発前に必ずヒロの助言を受けている。


その事実を、エリックは誰よりも真っ直ぐ口にしたのだった。


ヒロは頭を掻きながら、少し照れくさそうに笑った。


「ガレスのことは、昔から見てるからね。」


穏やかな口調で続ける。


「剣も、癖も、考え方も……全部分かってる。」


だからこそ、何を言えばガレスが一番戦いやすいのか分かる。


それだけの話だった。


ヒロはエリックへ向き直る。


「でも、エリックのことは違う。」


少し申し訳なさそうに笑う。


「君を見てたのは、新人教育の一週間だけ。」


「それも、もう五年も前の話だし。」


依頼書を指で軽く叩く。


「今の君がどんな剣を振るうのか。」


「どんな癖があって、どんな場面で迷うのか。」


「僕は知らない。」


ヒロは肩をすくめた。


「だから助言をしても、見当はずれなことを言う可能性が高いよ。」


「それじゃ、かえって君の邪魔になっちゃうからね。」


その言葉に、エリックは少しだけ俯いた。


「分かりました。」


エリックは素直に頷いた。


一度視線を落とし――


再び顔を上げる。


「でも!」


その目は諦めていなかった。


「質問とか、悩み相談はしてもいいですか?」


ヒロは一瞬考え込む。


「うーん……。」


腕を組み、小さく唸る。


やがて苦笑して頷いた。


「それぐらいなら、いいかな。」


「ありがとうございます!」


エリックは満面の笑みを浮かべた。



その日から。


ガレスを送り出した後の時間は、エリックとの時間になった。


エリックは毎朝、大切そうに一冊のノートを抱えてやって来る。


新人教育の最後の日。


ヒロから手渡された、あのノートだった。


何度も読み返したのだろう。


角は丸くなり、紙には何度も書き込みが重ねられている。


エリックはノートを開き、真剣な表情で問いかける。


「先生、この戦術なんですけど……。」


自分で考えた作戦。


その問題点。


「今の僕の戦闘スタイルだと、どこを伸ばした方がいいですか?」


現在の戦い方への相談。


「この戦術なら、どんな装備が合いますか?」


戦術に合わせた装備選び。


「この剣、重心を少し変えたいんですけど……。」


装備の調整方法。


ヒロは答えを押し付けることはしなかった。


「どうしてそう考えたの?」


「他に方法はあると思う?」


「相手がこう動いたら?」


問いを返し、考えさせる。


エリックは悩み、考え、答えを出す。


ヒロはその答えを少しだけ磨く。


その積み重ねが、毎日のように続いていた。


ギルドの冒険者たちは、その光景を遠巻きに眺めながら、少しずつ理解し始める。


ガレスが強い理由。


そして、新世代と呼ばれるエリックが、なおもヒロのもとへ通い続ける理由を。

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