07.卒業、旅立ち
ラインハルト先生からの返事は翌々日……二月二十五日の昼過ぎに、学校経由で届いた。
「はい、おめでとう」
呼び出しを受けて面接室に行くと、エッジワース先生から封蝋の付いた立派な封筒を渡された。
中には師弟契約書と、先生の家の住所が書かれた便箋。それとシュネハイム行きの汽車の切符が入っていた。
「わあ……二等車って初めて……」
ていうか、座席指定付きだ!! すごい!!
汽車といえばもちろん三等車な私は、姫にでもなったような気分で切符を見ていた。エッジワース先生が咳払いをする。
「まあ。そういうわけなので、魔法省からの通知書は破棄してもらっていいから」
「わかりました!!」
あの封筒には念の為に机の引き出しの奥で眠ってもらっていたけれど、部屋に帰ったら速攻で捨てようと思う。
エッジワース先生が座る椅子がわずかに軋む。なんだか不穏なな気持ちになる。
「しかし……あのラインハルト先生が弟子を取ろうなんて、どういう風の吹き回しなんだろうね」
「は、はあ」
先生は白ひげを引っ張るようにいじりながら、視線を窓の外に向けた。
「だって。今までは何度打診されても断固拒否してたんだよ。それをひっくり返して、ましてや君なんかをねえ。本当にあの人はよくわからないね」
「そうなんですか……」
「……まあ頑張ってよ。難しい人だから、ご機嫌取るの大変だろうけど」
エッジワース先生のあまりにも苦すぎる苦笑いに、私はまた背筋をちょっと硬くした。
◆
そこからは今年度の授業を終えてしまったらしいラインハルト先生とは会うことはなかった。それどころか手紙すらないまま二週間ほどが経ち、卒業式の日を迎えた。
私たちは卒業式を終えたあと、感動に浸る間もなく動き回っていた。寮の部屋を明日の朝には空けないといけないからだ。式典用のガウンを脱いでたたみ、慌ただしく荷物をまとめ、持って行けないモノは後輩に譲っていく。
寮の廊下には好きな先輩の持ち物目当ての下級生がうろうろしていて、まるで王都の目抜き通りみたいに賑やかだった。
私の部屋にも、楽しそうな笑い声が溢れていた。ノエミが占いクラブの後輩に囲まれて、次々に持ち物をねだられていたからだ。私はお邪魔にならないように気配を消して、黙々と荷造りを続ける。
私はクラブに入ってなかったので、親しい後輩は誰もいない。今更ながら寂しさを覚えながらトランクを閉めるのと同時に、私の名前を呼ぶ女の子が現れた。
彼女は三年生で、名前はティナ・ハーネスというそうだ。後ろできっちりとまとめた髪が、礼儀正しい性格なのをを感じさせる。ティナは私と目が合ったとたん、真っ赤な顔で頭を下げた。
「初めまして。その、私、エルシェ先輩にずっと憧れてて……ご挨拶だけでもと」
「わあああ……」
私は声をかけられて嬉しい反面、想定外の事態に焦っていた。わざわざ来てくれた彼女に何かを渡すべきだとわかっていても、貧乏学生と言っても差し支えない私の持ち物は多くない。
ティナは遠慮したけれど、私は一度閉めたトランクを開けた。お古だらけの持ち物の中、在学中に買った小説の本を探し出した。何回か読み返したけれどまだ綺麗だから、あげるとしたらこれしかない。
「ごめんね、受け取ってくれると嬉しいな」
申し訳なさに肩をすくめると、ティナは本を胸に抱いて目を輝かせた。
「ありがとうございます! 私も先輩みたいに勉強で一番をとれるようにがんばります……あの、ご迷惑でなければコウモリで手紙を送ってもいいですか!?」
「そんな。こっちがありがとうだよ。私も送るね」
連絡先を交換して、お別れをする。馬鹿にされてばかりだと思っていたのに、見ていてくれる人もいた。
もし魔法を取られてひっそりと学校を去ることになっていたら、きっと知ることもなかっただろう。
すっかり片付いた部屋で最後の夜を過ごし、朝を迎えた。
学校の制服を着てメダルを首にかける。青のリボンの先で銀色が誇らしげに輝いている。
食堂で朝食を食べておばちゃんたちにお別れを言うと、いよいよ寮の部屋を引き払った。鍵を管理室に返却すると、玄関を目指す。大荷物を抱えた卒業生はみんな、大荷物のせいか、名残惜しさからか、カタツムリみたいにゆっくり歩いている。
後ろを歩くノエミは後輩に持ち物を配りまくってなお、特大のトランクをふたつも提げている。私の前の子も……というよりみんな同じくらいの荷物を持っている。
一方で、私の荷物は貴重品を入れた肩掛けカバンと、中くらいのトランクがひとつ。あとは首から下げた魔法師の証たる銀のメダル。それだけ。トランクは今にもはち切れそうだけど、それでも他の子よりはるかに身軽だった。
外に出ると、正装をした先生たちが見送りに立ってくれていた。卒業式の時ほどではないとはいえ、魔法で呼んだ花びらが青空に舞い、あちこちから拍手も聞こえる。
前庭には、弟子を待つ魔法師がずらりと立っているけど、ラインハルト先生の姿はどこにもない。
切符を事前に送ってきたということは、ひとりで来いってことだよね……だって魔法使いなら、普通はホウキか、荷物が多ければ転移魔法で移動する。
野ねずみからは逃れられないことに凹みそうになった気持ちは、不意に手を握られたことで引っ込んだ。すっかりお馴染みの、ふかふかと柔らかい手。振り返ると、目を真っ赤にしたノエミ。
「エルシェ、手紙送るからねえ。これからもいっぱい話し相手してね」
「なによ、卒業式でも泣いてなかったやつが」
「だって、エルシェがいないの寂しいんだもん……」
そう、五年のあいだ同じ部屋で苦楽を共にしたノエミとも、とうとうお別れだ。私もつられて泣きながら、ノエミをギュッと抱きしめた。
「いつでも待ってる。私も送るよ。お互い頑張ろう」
「うんー」
春の始まりを告げる晴れ空のもと、私たちは別々の道へと進む。
私の場合はまるで暗闇に踏み込んでいくようなものだけど、それでも不安よりも、楽しみの方が大きかった。
ひとり門を出た私は振り返り、時計塔の先端に輝く青い星に一礼すると、駅を目指して歩き出した。
◆
「うひゃー……すごい人」
学術都市ベルカンティア駅は、人、人、人。人だらけだった。慣れているとはいえ、この人の多さには毎回圧倒される。
私は縦横無尽に歩く人たちを避けながらコンコースの隅にたどり着いた。壁に並んだ無数の看板の中から、北行きの列車が出るホームがどこかを調べる。
……四番ホームか。続けて、ラインハルト先生から渡された切符の券面を確認する。午前十時発、『北の果て』ノールヴェイル行きの列車に乗り、途中駅のシュネハイムで下車する。所要時間は三時間弱。
「……じゃあ、次はご飯だなあ」
二等車の切符を持っていれば食堂車も使えるかもしれないけど、値段がよくわからないので突撃する勇気はない。
私は切符をバッグにしまってトランクを持ち、また人を避けながら売店へと向かった。まだ午前なこともあり、棚にはパンやお菓子がこぼれ落ちそうなくらいに並んでいる。
「いらっしゃいませ、なんにしましょ」
店員さんに言われて私は考える。
いつも通りに安くてお腹にたまるハムサンドか、ちょっぴり贅沢にエビサンドにするかで悩んで……思い切ってエビサンドに決めた私の肩を誰かが叩いた。




