05.小さすぎる魔法
「実は、弟子に取ってくれる方が見つかったんだ」
ノエミは驚愕に目を見開き、高い声をあげて私の両肩を掴んだ。頭をガクガク揺らされてだんだん気持ち悪くなる。
「ほんとに!? おめでとう!! だ、誰!?」
揺れが止まった後も視界がぼやけている。私はノエミに離れてもらうようにお願いしてから、先ほどの出来事を一気に吐き出した。
「……ラインハルト先生が、自分のとこに来ないかって。ついでに怪我も治してくださったの。ほら」
自分の声が、自分でもびっくりするほど弾んでいた。椅子に腰掛けて綺麗になった膝を見せつつ、先生からもらったメモを取り出す。
ノエミはまた目を丸くして、メモとつるつるの膝を交互に見つめてから、渋柿を丸かじりしたみたいな顔になった。
「ええっ……? あのラインハルト先生があ?」
「う、うん」
ちょっと待って、『あの』って何? なんでそんな顔をするの? とたんに不安になる私。ノエミは私からメモを受け取ると、内容を皿のように開いた目で観察している。
「ああ、ほんとだ。確かに先生の字。けど、こんな時期に弟子なんて、やっぱり変わり者なんだなあ……」
「変わり者……」
野ねずみと名高い私をわざわざ指名するくらいだから、そんな気はしていたけれど……こうもキッパリ言われると不安になる。ノエミは口を尖らせて腕を組んだ。
「雑談には応じないタイプというか……ちょっと気難しい? 神経質? 人嫌い? そんな感じ。あと、成績悪い学生には容赦ない」
「……うっ」
先生は私に一切笑顔を見せなかったことを思い出し、背筋がびきっと硬くなる。ノエミはさらに続けた。
「ていうか、弟子は取らない主義って聞いたことあるんだけどなあ。だからここで先生してるんだって、誰かが言ってた」
「へえ。弟子取らなくても、学校の先生やるのでもいいんだ」
「たぶんね」
私には『一等魔法師は定期的に弟子を取らなくてはならない』という知識しかなかったけど、教職に就けば免除されるのかもしれない。とにかく、直接には弟子を取らない主義を貫いていたような人が、よりによって私に声をかけてくるなんて。
「授業はちゃんとしてたよ。地味な教科だけど、まあまあ面白かった」
「そうだ、何を教えている先生なの?」
「えっとね……」
ノエミはカバンから一冊の教科書を取り出し……大声を上げた。
「やだ、いつの間に!?」
『古代魔法語』と書かれたえんじ色のテキストと一緒に、何かが滑るように落ちてきた……四季の花が透かし掘りされた金属製の栞は、見事に半分に折れてしまっている。
「あ……」
「嘘。どうしよう、お気に入りだったのに!! ねえエルシェ、これ何とかなったりしない!?」
「……すっかり元通りでなくてもいいならなるよ」
「いい!! 信じてるから!!」
助けを求めるような瞳に、私は笑顔で答えた。
卒業審査でも見せた、私が唯一、得意と言っていい魔法が役に立つ。
私はノエミから栞を受け取って、机に向かった。ルーペを取り出して覗きながら、木製のトレイの上で栞の破断面を慎重に合わせる。曲がってはいないのが幸いだった。
繋ぎ目に狙いを定めて魔力を練り合わせ、呪文を呟いた。
『再び結ばれよ』
流した魔力はお水に例えるなら一滴の量、それを一瞬だけ。魔法が発動したときに発生する反応光も見えない。
一見、何も起こってないように見えるのだけど。
栞はかすかにひび割れのような跡を残しながらも、しっかりとくっついていた。
「できた。ちょっと粗が見えちゃうけど」
トレイから栞を手に取ったノエミが、うっとりとした表情で息を吐く。
「ありがとう! こんなに薄くて小さいものが綺麗にくっつくなんてすごいよ」
物を直すための魔法…つまり、修復魔法というものはあるにはある。けれど人や動物の怪我や病を治すための治癒魔法と比べると、そんなにメジャーな魔法ではない。
単に壊れた物をくっつけるだけならそんなに難しくはない。例えば壊れた屋根や馬車を、魔法で応急処置することもあるし、そのための魔法は学校でも習う。どちらかというと人力では時間のかかることを魔法が担当するという具合だ。
しかし、多くの魔法師にとって魔力を全開まで出すのは簡単なことでも、ほんのちょっとだけ流すのは至難の業。理屈は同じとはいえ、手のひらに乗るような小物の修復を試みても上手くいかないことが多い。
魔道具のように魔力に耐える加工のされていない小物に魔力を流すと、その強さに耐えられない。大きく歪んだり、溶けて形を失ってしまうこともある。
とにかく。そういう理由もあって、魔法で小物を直すことは誰もしない。壊れたら新しいものを買い直せばいい、貴重なものなら魔法使いでなく職人に任せればいいで片付けられる。
私はポケットからペンを取り出した。両親が中等学校の入学祝いに送ってくれたもので、もう七年くらいは使っている。
クリップの根元をよく見ると、魔法で接合した跡が……まさにこのペンが、卒業審査の場で審査官たちの目の前で修復してみせたものだ。
続けて、先ほどの……噴水広場での出来事を思い出す。あの時見たラインハルト先生のペンは、キャップの先端が溶けたようになっていた。あれは間違いなく魔法での修復痕。
あれがご自身の手によるものなのかはわからない。けれど、私と同じように愛用の小物を魔法で直そうとする人なのかもしれないとと、共感を覚えたのだ。
「……ねえ、先生のとこに行くの?」
「……うん」
どちらにしろ、この手を取らなければ先はない。
あの場ではっきりと返事ができなかったことを後悔した私は、引き出しの奥からコウモリ用の便箋と封筒を取り出す。入学の時に支給されたものがまだ残っていた。空いたところに魔法省からの通知書を入れ引き出しを閉める。
便箋はめったに使わないから端が少し黄ばんでいる。買い直すべきかもしれないけど、あいにく購買はもう閉まっている。心の中で先生への無礼を謝りながら、ペンのキャップを取った。
便箋は手のひらと同じくらいの大きさしかないので、用件をできるだけ丁寧な文字で、簡潔にまとめていく。
『先ほどは声をかけてくださってありがとうございました。お話をありがたく受けさせていただきます。よろしくお願いします』
よし。笛を吹いてしばらくすると窓辺の止まり木に集荷係のコウモリが現れたので、書き上がった手紙を託した。
コウモリはピンと伸びをすると、すっかり藍色に染まった空へと飛び立っていった。
窓辺で大きく息をつくと、ノエミが肩を抱いてきた。
「……よかったね、エルシェ」
「うん」
知らない人に身を委ね、知らない街に行くにしては、不思議と不安はなかった。ただ、魔法使いになるという夢が繋がったという喜びが、あたたかく胸に灯っていた。




