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32.狙い撃て

 古本市で、前から読んでみたかった冒険小説を見つけた。四隅が潰れて背表紙は日焼けしているけれど、開いてみると中は綺麗だった。すぐ近くで同じような状態の二巻と、新品同様の三巻も見つけて、一緒に買い物カゴに入れた。


 そして先生はといえば、所狭しと並べられた古本ではなく、しゃがんだり立ったりして掘り出し物を探す私をじっと見ていた。まるでカゴの中で動く小さな生き物を観察しているような眼差しで。


「先生。何か見たいものや買いたいものはありませんか?」


「……今日は君に同行することが目的なので。君が楽しみたいように楽しんでもらえれば」


 先生はいちおうは本の山に向けた視線をすぐにこちらに戻し、平坦な声で言った。仕事の時と同じ調子である。


 ええ、わかっていますとも。きっと先生は私の保護者とか、護衛とか、そういう役目を果たすつもりでお祭りについてこられたのだと。


 でも、せっかくのお祭りだよ……? 私は買った本をカバンにしまって、空を仰いだ。


「んんー……そうですねえ……」


「どうした?」


 楽しみなことがあったとき。歌い出すことはなくても、落ち着きはなくなるかもしれない……そう言った先生が、落ち着きをなくすところをちらりとでも見てみたい。


 何ならいいかと考えて、私はポンと手を叩く。思いっきり楽しんでいる様子を見せれば、先生も釣られて楽しくなってくださるのではないかと。


「では、私はこれから遊戯の屋台の方へ行きたいと思います」


「わかった。ついて行こう」


 広場の南側に伸びる通りには、輪投げやくじ引き、釣り遊びといった屋台が多く並び、大人も子供も関係なく、人々が夢中で遊んでいる。歓喜の笑い声が弾け、または悔しそうなぼやきが聞こえてくる。けれど、みんな楽しそうだ。


 やはり先生は、このような浮かれた場所に慣れていないのだろう。私の後ろにぴたりとついたまま、臆病な猫みたいに周りの様子を窺っている。


 私は怖がっている? 先生のことはあえて気にせず、ずんずん前に進んだ。色とりどりの屋台の並びに目を走らせていると、すぐに目的の屋台が見つかった。


「ありました。ちょっと撃ってきます」


「射的か……」


 私はおじさんにお金を払ってさっそく銃に弾をこめた。レバーを引いたくらいでちょうど先生が追いついてきて、私の後ろに立ったのを気配で察した。チラリと振り返ると、どこか心配そうな視線を向けられている。


 けれど、それしきで私はぶれたりしない。筒先に弾をこめて目をすがめ、的が並ぶ階段状の棚に狙いを定める。目当てはもちろん、てっぺんの一等。けど、弾は五発あるので……。


 ……引き金を引く。私が放ったコルクの弾は狙った獲物を確実に倒していく。一、二、三、四……全ての弾を下の的に当てていき、最後の一発で最上段にある一等の的を綺麗に落としてから、私はさっと銃を下ろした。


「かっこいいなお嬢ちゃん!! 商売あがったりだよ!!」


 店主のおじいさんが、台から落ちた的を拾いながら大笑いしている。さらに見ていた人たちからの拍手喝采を浴びて、私は背筋を伸ばしてにやりと笑った。


 ええ。ミラヴォーの女狙撃手とは私のことですよ。なんちゃって。ふふふ。


「ほら! 全部もってけ!」


「ありがとう!」


 景品のお菓子や雑貨で膨らんだ紙袋を受け取って後ろを振り向くと、先生が腕組みをして私のこと……ではなく、屋台に並ぶ的をを見ていた。その顔は笑顔どころか、久しぶりに見る厳しい表情だ。


 あれ? 何か気に障ったかな、と不安になった私。しかし、先生は私の横を風のようにすり抜けると、ポケットから銅貨をじゃらじゃらと取り出した。


「一回」


「はーい」


 先生が思いもよらぬ動きをしたので、驚きで言葉を失った私。しかし先生は涼しい顔のまま代金と引き換えに銃と弾を受けとって、一歩前へ出た。町でひとりだけの魔法使いが銃を持っている姿が珍しいのか、屋台の周りに人がわらわらと集まってきた。


「先生! 魔法はダメですからね!!」


 人だかりの中の誰が言うと、先生はぎこちない手つきで銃のレバーを引いて弾をこめながら、こくりと頷いた。


「もちろん」


 魔法を使えば当てるのは簡単ですが、それだとズルになりますものね。私ももちろん魔法は使っていない。ちなみに、コルクの弾をまっすぐ飛ばすくらいなら、魔力の少ない野ねずみにでもできる。


 さて、銃を構えた先生の姿に視線を戻す。青い瞳から冷光を放ちながら筒先をまっすぐ前に向けた姿は、狙った獲物は決して外さない凄腕の殺し屋というか、とんでもなく絵になっている。


 いや、先生は無表情とはいえ冷血ではない。そんな物騒な例えは失礼かもしれないけど、何だろうすごくカッコいい。まるで物語から抜け出てきたような佇まいに、なぜか胸がときめいた。


 数秒後。パン、パン、と立て続けに音がした。


 歓声が上がったのも一瞬、周りはすぐに水を打ったようにしんと静まり返った。


「ああー、残念!!」


 おじいさんが破顔する。的は全て元の位置で何食わぬ顔で立ったまま。つまり、先生は一発も当てられなかったのだ。


 先生はその結果に、切り立った崖を目にしたみたいな顔になった。そのまましばし動きを止めたあと、借りた銃を返……さず、ポケットの中に手を突っ込んだ。ふたたび銅貨を取り出し、店主に押し付けるように渡した。


「もう一度」


「どうぞ」おじいさんからまた五発の弾が渡される。先生は銃に弾をこめると、今一度狙いを定め、引き金を引いた。


 しかし先生が撃った弾は壁代わりに設置された板に当たり、テントの屋根に当たり。さらには奥にぶら下げてある看板を撃ち落としてしまった。店主のおじいさんも、観客も、私も、唖然としている。それでも先生は引き下がらず、さらに銅貨を払って……。


「いい歳をして、ムキになってしまった」


「……残念でしたね」


 数分後。先生は、射的の参加賞でもらったカエルのおもちゃを両手に二匹ずつ持って、苦々しい顔をしてぼやいた。銅貨を払ったのは計四回、合計で二十発の弾を撃ったが、先生はひとつも当てられなかった。


 カエルは、片手に二匹仲良く並べられるくらいの大きさ。鮮やかな緑や黄色をしていて、お腹を押すと元気よく鳴く。お菓子屋の片隅で売られるようなお馴染みのおもちゃで、どこの家庭にも必ず一匹は生息してるのではと思う。


 ちなみにカエルは夏迎えのシンボルで、そこかしこにカエルの絵やマスコットが飾られている。


「君がいとも簡単そうにやるものだから、自分にもできると思ったが難しいな。つい魔法に頼りそうになった」


 そう言って、両手に持ったカエル四兄弟を恨めしそうに見つめる先生。同じように射的にに失敗して、不貞腐れたときの末の弟を思い出して、つい吹き出しそうになるのを堪え。


「先生……」


「すまない。ただの愚痴だ……しかし。いくらカエルが縁起物といえ、こんなにいても仕方ないな」


 先生は私に片手のカエル二匹を差し出し、残った二匹のカエルのうち一匹をジャケットの胸ポケットにしまった。もう片方はカバンの中へ。


 えっ、初めて先生の愚痴を聞けたばかりか、プレゼントまでもらっちゃいました。


「あ、ありがとうございます」


「……どういたしまして」


 まあ、おもちゃだけど。しかもカエルだけど。それでも私は嬉しくなってカエルのお腹を押した。ゲコゲコ、と調子よく鳴いて、つぶらな瞳がこちらを見てる。


 先生のポケットからも同じ顔のカエルがこっちを見ている。先生は……少し目を丸くして、私の手のひらのカエルを見ていた。


「……これは、鳴くのか?」


「ええ、いい声ですよね」


 私がもう一度鳴かせてみせると、先生もおそるおそるといった感じでジャケットのポケットからカエルを取り出してお腹を押した。ゲッ! と勢いのいい声に、少し驚いた顔をしてから、体中をまじまじと観察している。


「知らなかった……」


 先生が小さく小さく呟いた。先生が子供の頃にはなかった? いや、私の両親も遊んだことがあると言っていたからきっと違う。なら小さい頃からお勉強ばかりで育った? うーん。まあいいか。


「じゃあ先生、私からはこちらを。この子をくださったお礼です」


 私はさっきの景品が入った紙袋からチョコレート菓子を探し出して先生に渡した。この辺りでは買えない珍しい銘柄のものだ。


「別に、催促するつもりはなかったのだが」


 先生は素直にお菓子を受け取ってくれたけれど、ちょっとバツが悪そうだった。先生の狙いがこのお菓子だったことには、なんとなく気がついていた。


「甘いもの、お好きなんですよね?」


「……全く、君には敵わないな」


 カバンにきちんとお菓子をしまいながら、僅かに、でも確かに微笑んだ先生。しかしそれは幻のように、すぐに初夏の風に流れて消える。


 私の胸の中で微かに音がした。鈴のような、水の泡が弾けるような、心地のいい音色だった。


 まるで柔らかな弾で心を狙い撃たれたみたいな揺れだった。


 ん? なんなんだろうな、これ?


「君、どうした?」


「えっと……?」


 先生は、綺麗な青い瞳で私を見つめて首を傾げていた。私も首を傾げる。体温が上がった気がするけれど、理由はわからない。

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