27.夏迎えのしたく
「坊ちゃん。リースを作って飾っておきますからね」
「……ああ、もうそんな時期ですか」
先生とマルタさんが、そんな会話をしているのを耳にした日。
今は六月半ば。さらりと爽やかな晴れの日が続いて、雨があまり降らない。学術都市も似たような気候だったけどここはさらに爽やかで、服だってまだ長袖で平気。今は作業のために袖をまくっているけれど。
「へえ、夏迎えにお祭りをするんですか?」
「そうですよ……あら、エルシェさんの故郷では夏迎えを祝わないのかしら?」
先生から今日はマルタさんの手伝いをするように言われたので、井戸端で作業をしていた。庭で摘んだハーブをせっせとリースに編み込みながら、マルタさんが言う。私はちらかった葉っぱをホウキで掃きながら、故郷の様子を思い出す。
きっと今頃は母もせっせとリースを編んでいるはず。夏迎え、つまり夏至を祝う風習は故郷にもあるからだ。
「同じようにリースを作って飾りますけれど……夏迎えの時期は雨期の真っ最中なので、お祭りはできないんです。家でハーブ入りのごちそうを食べて、静かに過ごします」
「あら。そうなのね……どんなものを食べるのかしら? 南部の料理はよく知らないの」
「そうですね……」
夏迎えのご馳走はいろいろあるけれど、私は湖魚のお腹にハーブを詰め、オーブンで焼く料理が大好きだった。
あとは、魚を塩の効いた豆のペーストと一緒に長く時間をかけて煮込んだスープ。食べる時に爽やかな香りの生のハーブを乗せる。煮込んだ魚は身だけではなく、骨までほろほろになってとても美味しい。
代表的なもの以外にも他にもいくつかの料理を紹介し、うっかり腹の虫が鳴かないようにお腹を押さえた私。マルタさんはリースを編む手を止めて少し寂しげな顔をした。
「噂には聞いていたけれど、魚料理が多いんですねえ……ここではあまり馴染みがないから、ほとんど食べたことがないのよ。作ってあげたいけれど……」
「いえいえ、気にしないでください! マルタさんのご飯、私すごく大好きです!」
「まあ、嬉しいわ! 今日も腕によりをかけますからね」
「やった! 楽しみにしてます!!」
とにかく。長雨の音を聞きながら、家族みんなで料理を仕込んで食卓を笑顔で囲む。外でどんちゃん騒ぎはできないけど、心をこめた美味しい料理を食べれば、連日の曇り空で憂鬱になりがちな気分が明るくなる。ついでに家族の絆も深まる。それが故郷、ミラヴォーでの夏迎えだ。
「もしかして、シュネハイムでは外でお祭りをするのですか?」
「ええ、前夜祭から始まって、当日も朝から夜までねえ……」
マルタさんが待ってましたとばかりに語ってくれた。
当日は飲めや歌えやの大騒ぎで、駅前の広場や通りにいろんな露店がずらりと並ぶのだそう。蚤の市や古本市も開かれ、お菓子や遊戯の屋台、さらには普段はなかなか手に入らない異国の品を扱う商人も来るんだそうだ!
「すごい!! 楽しそう!!」
「ええ、ここの夏迎えはとっても賑やかなんです。一年で一番盛り上がるんですよ……さて、できました」
マルタさんが編み上がったリースを持って立ち上がったので、私もいったんホウキを置いてから後ろを付いていく。
存在感たっぷりの大きなリースには緑の葉をメインに、白や紫の花がバランス良くあしらわれていて、すごくおしゃれ。私が作ったら、こう上手くはいかない。
リースを玄関ドアに引っかけるのは身長が高い私の役目だ。重く暗い木目のドアが一気に華やかになった。なんだか嬉しくなって、マルタさんと二人で微笑み合った。
「マルタさんは、お祭りの日どうされるんですか?」
「お休みをいただいていますので、夫と一緒に行きますよ。ふたりでお祭りを回るのが毎年の楽しみなんです。もうおじいちゃんとおばあちゃんですけどね、今でもリースを編む時期になると、もうすぐお祭りだわとウキウキしますね」
「いいなあ、素敵……」
マルタさんはまるで少女のように顔をほころばせている。いいなあ、と思う。長年連れ添ったパートナーとお祭りに出かけることを、こんなに素敵な笑顔で語れるのが本当にうらやましい。
私も、私もいつかは? 誰かと? なんだか心がふわふわしてきたけれど、自分の隣に誰がいるかなんて、やっぱり想像ができない。
◆
「よーし! 私もお祭り行こーっと!」
昼食後、お昼休憩にいったん自室に下がった私は、姿見を前にしてひとり宣言した。
三月の半ばにシュネハイムに来て、もうすぐ三ヶ月。
けれど私は家で仕事と勉強ばかりで、たまに商店街にお買い物に行く以外ではろくに外に出なかった。お家の中は先生のおかげでとっても快適だし、マルタさんと毎日お話しするのは楽しいし、手紙鳥が届けばノエミともおしゃべりできるし、ティナとの手紙のやりとりも楽しい。元々趣味だった読書も、縫い物も、最近覚えた編み物も捗るばかりで。
家に篭ることに対して寂しいとか、退屈とか、全く思わなかった。つまり、私はこの街に友達を作ろうという発想に到らなかったというわけだ。
「別に、ひとりでお祭りに行っちゃいけないって決まりはないだろうけどさあ……」
腕を組んでつぶやきながら、意味もなく部屋をぐるぐると歩く。ぼっちでお祭りって、さすがに寂しいよねえ。
でも、まさか先生を誘うわけにはいかないしなあ。
◆
しかし、お風呂上がりに事件は起こる。
リビングで過ごされている先生の背中に、寝る前の挨拶をした時だった。
「そういえば君、夏迎えの祭りには行くのか?」
先生は振り返りもせずに私の髪を魔法で乾かしてから尋ねた。仕事で質問をしてくるときと全く同じトーンなので、ちょっと緊張しながら頷いた。
「ええ。そのつもりでいます」
「……誰と?」
先生はやっぱり振り返りはしなかったものの、声が少し鋭くなる。誘える人は誰もいないと白状するのは気が引けたけれど、私は正直に答えた。
「えと、ひとりですね……友達、いないんで……あはは」
しばしの気まずい沈黙の後、先生はちらっとだけこちらを見て言った。
「それなら、私が同行しても?」
「へっ!?」
……まさか、先生の方からそうくるとは。こればっかりはまったくの想定外で、私はうまく言葉が紡げない。酸欠の魚のように口をパクパクさせていると先生がつぶやいた。
「いや、もちろん無理にとは言わないが。ただ」
「ただ?」
「賑やかな場所に、ひとりで行かせるのは心配なので」
先生は何事もなかったかのように、また読書の世界に戻っていった。
私はできるだけ足音を立てないように階段を駆け上がり、自室に飛び込んだ。ドアを少し乱暴に閉めてしまった。ごめんなさい! と反射的に謝ってから、羽織っていたものをソファに放り投げて私は部屋の中をぐるぐる歩いた。
先生に誘われた! 誘われた? とにかくどうしよう。心臓の音が自分でも驚くほどにうるさいのにびっくりした。
たとえ相手が年上のお師匠さんでも、男の人とふたりで遊びに行くなら、で、デートってことになってしまうのかな。
「デートぉ……?」
口に出してみると、なんだかお腹の辺りがぞっとする。先生とお祭りに行く想像をしてみようとしたけれど、うまく像を結ばない。そんなに数は多くはないといえ、仕事や買い物のためにふたりで出かけたことはあるというのに。
それとなーんにも変わらないのに、私はなんでこんなに動揺しているんだろう!!
「エールシェ!!」
「ぎゃああああっ!!」
ピンクの小鳥が机の上で裏返しになってぴくぴくと羽を痙攣させている。ノエミが送ってきた手紙鳥が、少し開けた窓から家の中まで入り込んできていた。
「みっ、耳が……」
「ごめんごめん、神がかったタイミングだったから……ああっ、ノエミしっかりして!!」
「なにぃ? なんかあったの……?」
ええ、何かどころか、大事件が起こりましたとも。
「じ、実は……先生がね……」
ふらふらと起き上がった手紙鳥を手に乗せた瞬間、さっきしっかり閉めたはずのドアが大きな音を立てて開いた。




