20.捜索
私は集落南側の各戸の調べを終えて、最初の地点……共同の井戸の前に戻った。彼女が先に待っているものだとばかり思っていたが、姿はない。
手紙鳥が迷ってはいないかと辺りを確かめながら、水筒に口をつける。
彼女が戻ってきたら、どうしようか……次の手を考えていると、地面がわずかに揺れたような気がした。
気のせいかと思ったが、目の前の井戸にぶら下げられた釣瓶が確かに揺れている。
「地震?」
「あ、やっぱ揺れましたよね? 珍しいなあ……」
ベッカー氏も揺れに気付いたようだったが、あくまで平静な様子だった。しかし、私は妙な違和感で胸がさざめいていた。地面に触れて目を閉じ、魔力の流れに集中した。
ただ流れを読むだけなら、魔法の誤作動を引き起こす心配はいらない。ちなみに、ここに来た時に同じことをしても何も感じなかった。だからわざわざ足で捜索するという手段を取らざるを得なかったのだが……。
目を開く。
「なんだ、これは」
先ほどはなかった、明らかな魔力の動きを感じる。しかも、緩やかに強さを増していく……力の流れは地脈に沿ってではなく、もっと浅いところにあった。
「水か……?」
私の呟きを、井戸を覗いていたベッカー氏の叫びがかき消した。
「せ、先生!! 見てください!! 水が!!」
慌ててベッカー氏の隣に立ち、井戸の中へと身を乗り出した。底からしみ出すように水が湧き出している。止まっていたはずの魔法が、なんのきっかけもなしに突然動き出した、ということを意味している。
目の前の家に駆け込み、井戸を覗き込む。ここにも水が湧いている。
「いったい何があった?」
頭の中に可能性を並べようとしたその時、北の方から高い声が聞こえた。鳥の鳴き声……いや、違う。
……人の悲鳴だ。指先が痺れるように冷たくなる。
「君……か?」
一瞬だけだが、森の方で巨大な水柱が上がるのが見えた。何らかの異変が起こっているのは明らかだった。
「そ、そうだ……今の今まですっかり忘れてたんですけど」
そう言って、改めて地図を広げたベッカー氏。その声は、まるで恐怖に震えているようだった。
「……何ですか?」
私の声もまた、自分でも驚くほどに震えていた。ベッカー氏は、地図の一点を指差す。集落の北側へと続く道を外れて、さらに奥。森の中だろう。
「だいたいこの辺りに、お化け屋敷みたいな廃屋があるんですが……そこが例の魔法使いの家だったって死んだひいばあちゃんが言ってたような……たしか、家の裏に古くてでかい井戸もあったと思います」
その言葉に、喉の奥が一瞬凍りついた。
「それを先に教えて欲しかった!」
私はベッカー氏の先導で、急ぎ集落の北側に向かう。森に入り、奥へと進むと、行く手を阻むように巨大な水たまりが現れた。
「先生! あそこです!!」
例の廃屋は、ベッカー氏が指差した先……水たまりの向こうにあった。傷みが激しく、絡みついた蔦にかろうじて支えられているように建っている。
目の前の水たまりは容赦なく育ち続けており、靴の中にじわじわと水が浸みてくる。ベッカー氏を少し下がったところで待機させて、私ひとりで先に進んだ。もはや池になりかけていた水たまりを浮遊魔法で渡って、家の敷地に入る。
朽ち果てかけた家屋の裏手から小川のように水が流れてきている。
「エルシェ……」
居場所を探るため、おそるおそる彼女の名を呼ぶ。しかし返事はなく反応も全く返ってこない。目を閉じてみても、濃い魔力に邪魔をされて彼女の存在をうまく探れない。
耳鳴りがひどくなってきたので感覚で探るのは諦め、さらに奥へと進んでいく。水脈由来と思われる魔力がさらに濃くなっていき、息が詰まりそうになる。
草むらをかき分けていくと、ベッカー氏の証言通り大きな古井戸が姿を現した。苔むした石組みの中から、ぼこぼこと大量の水があふれている。
井戸を囲むように敷かれた石には、古式魔法の印がはっきりと刻まれていた。やはり、魔法の大元はここだ。
事態は飲み込めたが、彼女はいったいどこに消えたのだろう。
さらに一歩踏み出した時、つま先に何かが当たった。どうせ石ころだと思った私は、その正体に息を呑んだ。
「これは……!」
私は石畳の溝に引っかかっていたそれを、震える指で拾い上げる。まだそこまで使い込まれていない、魔石ペンライト。軸には彼女の名前が確かに刻まれている。
彼女は確かにここに来た。それなのに、なぜ姿がどこにもないのか。廃屋の中も目視で確かめたが、いない。となると、残る可能性はひとつ。
私は後ろを振り返り、依然として水を吐き出し続ける古井戸を睨みつけた。頭にあったのは、あらゆる可能性の中で最も悪い可能性だった。
――まさか、この中に?
いや、そんな。と私は首を横に振って否定する。突然の事態に悲鳴をあげて、どこかに逃げたという方が、よっぽど現実的だ。
まずは目の前の魔法の暴走を鎮め、仮の封印をし、それから改めて彼女の探索を……冷静に段取りをとった次の瞬間、井戸は咳のような音の後にあるものを吐き出す。そしてそれは、流れに乗って私の足元に差し出された。
水草のように優雅になびく若草色のリボン。それは間違いなく彼女がいつも髪をまとめるのに使っているものだった。
呼吸が止まり、血の気が引く。理性がバラバラになる。
「エルシェっ!!」
後先など何も考えられなかった。




