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19.森の廃屋

 目印の石を落としながら、森の中を進んでいく。怪しいくらいに辺りを見回しながらなのは、特徴的な木や植物、岩を記憶しているから。小さい頃もよくこうやって森の中を探検したものだ。仕事だというのに、鼻歌まで出てくる。


 ふと、白い花が固まって咲いているのが目に止まった。故郷で慣れ親しんだ植物によく似ている。懐かしさに思わず飛びついたけれど、花の香りが全く違った。さらに観察すると、葉の形やつき方も違う。


「そっくりさんかあ……」


 ここと故郷は気候が全く違うから、同じ植物でないのは当然のこと……期待が遠のいたとはいえ、小さい頃に帰ったような気持ちで白い花の群生を眺めながら歩みを進めていると、目の前に意外なものが現れた。


「わっ、家がある!!」


 ここまで道らしい道もなかったのに、蒼々と茂る木々の中に溶け込むように、小さな家が建っていた。この辺りではほとんど見かけない木造の家だ。しかし、壁に這った蔦に正気を吸われたように、今にも朽ち果ててしまいそうだった。もちろん、人の気配などあるわけがない。


 なんというか。お化けが隠れ家にしていそうな、なんとも不気味な佇まい。だけど、それしきで逃げ帰ってしまうような私ではない。


 それに、先ほどから感じていた不思議な気配が強くなっていることも、私の背中を押した。


「おじゃましまーす」


 強い風でも吹けば飛んでしまいそうな門を、壊さないように注意深く開けて中に入った。家の破れた壁の向こうにわずかながら家財は見えるが、それのどれも蔦や草に覆われている。時の流れから見放されたような様子に悲しみを覚えながら、私は家の裏手に回った。


 湿った風が吹き、木々がざわめいた。背中にかすかに嫌な寒気を覚え、私ははためくスカートを押さえながら口の中のものを飲む。


 かつて庭だったと思われる場所は、今は鬱蒼と雑草に覆われていた。それでも私は何かに惹かれるように足を進めた。一歩ごとに確信めいた胸のざわめきが強くなってくる。


 腰ほどの高さにまで伸びた草をかき分けていくと、なんと、立派な古井戸が姿を現した。周りを石畳に囲われているために草に埋もれてはいなかったけれど、苔むしているせいで辺りの緑に完全に溶け込んでしまっていた。


 一応蓋はされているけど、それも朽ちかけている。当然、使われている様子なんてあるわけない。


「あぶないなあ」


 私は廃屋のほうを振り返る。なんというか、勇気のある子供が遊んじゃったりしないのだろうか。子供の頃の私なら間違いなく遊び場にしているよ。


 そう思いながら井戸の蓋を開けて、身を乗り出すように中を覗く。


「うそお、埋められてないじゃん……」


 つぶやきが暗闇へと落ちていく。今までに見た井戸? のどれよりも深いのは明らかだった。でも、これもやはりただの竪穴なのだろうか?


 穴の中はどうしようもなく真っ暗だ。どうやって底の様子を確かめるか考えて、私は胸のポケットから魔石ペンライトを取り出した。ペンと同じくらいの長さと太さの棒の先端に、小指の爪ほどの大きさの魔石が取り付けられている。ほんの少しの魔力でも明かりを得られる魔道具だ。


『起きて』


 私は魔石ペンライトを起動させる呪文を唱えて魔石を点灯させ、光量を調整すると井戸の底に向けた。


 穴の底でペンの明かりが反射して、星明かりのように小さく揺れている。


「つまり、この穴の底には水がある」


 明らかに、今まで見た竪穴とは様子が違う。


 もしかすると、魔法の大元はここなのかもしれない……鼓動が一気に速くなる。私はライトを消し、魔法陣か印を探しに足元を見回した。周辺の石畳は苔に、もしくは土に覆われている。


――何かを見つけたら手紙鳥で報告。


 先生の静かな言葉が、突っ走りそうになった私を止める。万が一何かあったら、私ひとりでは対処できない。


「先生ー……」


 便箋とペンを取るためにカバンの金具に手をかけたとき、ぶくぶくと水が泡立つ音がすることに気づいた。私はそのままの格好で辺りを見回す。最初は微かだった音は、なぜかどんどん大きくなっている。


 音の質が次第に変わる。湖面に押し寄せる波の、違うな。蛇口を捻った時の音のような。いやいや、どういうこと? 振り返って井戸を覗くと、水面がなぜかわかるほどに近くにあった。


 待って待って、井戸の底から水がせり上がってきてるってこと!?


「えっ!? えええっ!?」


 突然の出来事にパニックになっているうちに、あっという間に井戸から水があふれた。私は流れに足を取られ、滑って転んで………ない、私は噴き上がった水に吊し上げられるような格好で、廃屋の屋根の高さで宙に縫い止められてしまった。


「いやああああ!! 降ろして!!」


 叫んでみても、不気味なほどに澄んだ水は蔦のように足に絡みつき、断固として私を離してくれない。


 しかも水は勢いを増し、石畳に積もった土をじゃぶじゃぶ洗い流していく。やがて井戸の周りの敷石に、各戸にあった刻印と似た……けれどもう少し複雑な模様がおぼろげに姿を現した。


 やっぱり、ここが魔法の大元だったんだ……!!


 全てに気がついた瞬間、水が大きく噴き上がった。さらに高く打ち上がった私は頭まですっぽりと水に捕まって、体を紙屑みたいに丸められてしまう。


――っっっ!!!


 身の危険を感じてひたすらにもがいたけれど、私の体は水球に包まれ、井戸に吸い込まれた。強い水の魔力に抵抗することも叶わず、底に向かって落ちていく。


 泳ぎには自信がある方だけど、覚悟を決めて潜ったわけでもないので、当然息は続かない。


 もうダメ……!!


 肺の中に水が流れ込んだような感覚の後、私の世界から、あっという間にすべての音と光が消えてしまった。

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