18.森の集落〈2〉
共同の井戸と、その近隣のお宅の井戸を見て回った先生が腕を組んで考え込んでいた。私も先生の後ろをちょこちょこついて回ったけれど、確かにどこの井戸もすっかり枯れてしまっていた。
井戸枯れは不吉なこと、災害の前触れだったりするとも言われるので、つい胸を押さえた私。しかし、先生は違うことを思っていたようだった。
「どこの井戸も浅すぎる。水が出る深さまで掘られてない。これではただの竪穴だ」
「ええ? でも、今まではちゃんと水が出ていたんですよね?」
「それは……君、これが何かわかるか?」
先生が指さしたのは、古びた石組みに小さく彫られた刻印だった。私はしゃがみ込んで観察した。
様々な曲線と円で構成された図形で、装飾と言うには地味で、かつ奇妙な意匠だ。独特な形にわずかな既視感をおぼえ、その正体を探る。学生の時に教科書のどこかで似たようなものを見たことを思い出して、だんだん記憶がはっきりとしてきた。
「古い儀式魔法の起動印……おそらく、水に関わるもの……ですかね?」
「正解。この印が全ての穴に掘られている……つまり、ただの竪穴に魔法で水を呼んでいたんだ」
「えっ、魔法!?」
「そう。まさに『こちらの領分』だったわけだ」
まさかの事実に息を呑む。先生はさらに続けた。
「この辺りは地盤が硬いから、井戸を掘るのには手間も時間もかかる。そのために取られた策なのではないかと」
先生の言葉に、ベッカーさんがびっくりしたのか目をまん丸に開いた。
「ええ!? そんな、魔法って!? いや、確かに昔は魔法使いが住んでたって話ですけど、僕が生まれる前……もう何十年も前ですよ?」
現在、シュネハイムに住む魔法使いは先生ひとり、いや、私を合わせてふたり。マルタさん曰く、魔法使いがこの街に定住するのは何十年ぶりかのことだったらしい。
先生は古ぼけた起動印に触れながら続けた。
「これを仕掛けたのがその人物かどうかはまでは不明だが……とにかく、例えば地脈か水脈から魔力を汲んで動く魔法を置けば、仮に仕掛けた術者がいなくなってもそのまま動き続ける。最近では設置に国か領主の許可が必要になったが、昔はそこまで厳しくなかった」
先生は落ちていた石ころを拾うと、地面にいくつか丸を書いた。その丸それぞれから線を延ばして収束させ、その地点に三角を書いた。
「丸が各戸、もしくはこの共同の井戸とする。少なくとも今見てきたところ……つまりおそらくすべてに同じ魔法が仕掛けられているが、これはそれぞれが独立して動いているわけではない」
私が頷くと、ベッカーさんも少し遅れて頷く。
「どこかに、この図の三角で示した……つまり穴に水を振り分けるために仕掛けられた儀式魔法の大元がある。おそらく問題はそこで発生しているのだと推測するが……その様子だと、どこにあるのかはわからなさそうだな」
ベッカーさんは首を縦に振った。ただの井戸だと信じていたのだから当然か。
「なのでこれから、その大元となる魔法を探す。水脈の真上か、もしくは本物の井戸という言い方はおかしいが、そういうところに設置されているものと思われる」
「探索魔法で探りますか?」
私が尋ねると、先生は首を横に振った。
「いや。集落まるまる網羅する規模だ……下手に魔力を流して、おかしな反応が返ってきた時が厄介だ。古い魔法ならなおのこと、どういう結果が出るのか予想ができない」
「ということは……魔法の痕跡を歩き回って探すということですね?」
「ああ。我々は魔法の刻印がされた石板などがないか、目視で探そう。なにせ手がかりがないので途方もないが、魔法に頼らない方が良いこともある」
「わかりました」
「ライナスさん、この集落の地図などがあれば見せていただきたい」
「わかりました! ちょっと待っててくださいよ!!」
ベッカーさんが家から持ってきてくれた地図を広げ、私と先生に説明してくれる。私はそれを聞きつつ、手帳を開いて地図を大まかに写す。先生も同じようにすると私の方を見た。
「よし君、南北で二手に分かれよう。北の方が範囲が狭いようだから、そちらを君に任せよう」
私が頷くと、ベッカーさんが続けた。
「えっと、井戸の点検に魔法使いを呼んでることは周知してるから、勝手に庭に入って見て回ってもらって大丈夫だよ」
「わかりました」
先生はベッカーさんに「年長者に聞き込みをしてきてください」と頼んでから、私の方を向いた。
「何かを見つけたら手紙鳥で連絡。疑わしいものには決して触らないこと。君がもつ魔力程度で何かが起こるとは思わないが、念のために」
「わかりました」
私は先生と別れ、集落の北を目指した。
◆
「どうも、お邪魔しました」
「ご苦労さまです」
私は最後のお宅の井戸を調べ終わると、住民のおばあさんに頭を下げて家を出た。八軒しかなかったので、調査はあっという間に終わってしまった。
井戸の全てがいわゆる起動印つきの『ただの竪穴』で、水の気配はどこにもなかった。と言うことは、その他の場所を捜索する必要が出てきた。
「んんんー。どうしようかなあ」
どこから手をつけようか考えながら水筒のお茶を一口飲んで、私は天を仰いだ。青々しい木々の緑が、陽の光にきらきらと輝いている。私は眩しさに目を細めた。
「気持ちいいなあ」
大きく息を吸った私の耳を優しく撫でるのは、風のささやき、鳥の歌。黒い鳥がひらりと降りてきて、目の前をちょこちょこ跳ねている。さっきも見かけたけど、何ていう鳥なのだろう。
シュネハイムはどこにいても心地が良いと感じるけれど、ここは特に落ち着く。仕事で来たというのをつい忘れそうになってしまう。
「とりあえず、探すか」
あてもないけど歩き始めたところで、ふと、風の気配が変わったような気がした。足を止め、風上……北の方角を見たけれど、その先に特に変わったところがあるわけでもない。
視線の先は深い森で、道らしい道もなく、木々がざわめいているだけだ。もちろん、先ほどの地図にはこの先のことは何も書かれていない。
しかし風はなおも私を手招きするように、北から絶えず吹いてくる。まるで呼ばれているような、不思議な感じがする。
なんだか気になって、居ても立っても居られなくなった。南側には家が多いから、先生はまだ調査に時間がかかるはずだ。
試しに見に行ってみようかな……私は目印にするための小石をいくつか拾い、森の方へ足を踏み入れた。




