17.森の集落
「あの、お荷物は私がお持ちします!」
「いや……」
「大丈夫です! 私こう見えて、けっこう力持ちなんです」
「そうかもしれないが……」
私は山盛りの頂き物を担いでいく気満々でいたのだけど、先生が押し問答の末に引きつった顔をして、転送魔法で家に飛ばすと言った。野ねずみには思いつきもしないことだった。
先生が拾った棒で地面に魔法陣を描いて魔法をかけると、ふた抱えほどある大きな荷物が一瞬で姿を消した。その様子を見守っていた皆さんの歓声に、先生は恭しく一礼して応えた。
その鮮やかな手際にぼうっと見惚れていただけの私に、先生が何か閃いたような顔を向ける。
「ああ、そうだ。君。マルタに手紙鳥を飛ばしておいてくれ。驚いているかもしれないので」
先生の家の庭には転送魔法の基点となる魔法陣が置いてあって、さっき魔法で飛ばされたものはその上に届くようになっており……つまり、今ごろ庭には謎の荷物が出現しているというわけだ。
「は、はい。わかりました」
背筋を伸ばし、つとめて軽く答えたものの、心臓は緊張に震えていた。思えば、魔法を使うのは一ヶ月以上ぶりだ。
私はカバンから専用の正方形の便箋を出し、庭の魔法陣の上に頂き物を送ったことを書き、鳥の形に折った。
手紙鳥の便利なところは、顔見知りの相手のところになら居場所がわからなくても送れることだ。
目を閉じて、先生の家の方角に鳥を乗せた手を伸ばす。最後にマルタさんの顔をしっかりと思い浮かべながら身体中に散らばった魔力をかき集め、呪文と共に解き放った。
『便りを届けて』
私の声に応えて白い紙の小鳥がピヨッと声を上げて起き上がる。そして先生の家の方へとまっすぐ羽ばたいていった。
心配なのは込めた魔力が足りるかどうかだけど、このくらいの距離なら、ギリギリ辿り着けるはず。大丈夫……深く息を吸う。
「すごい、折り紙が飛んでいったわ」
「手紙が送れるの!?」
「本当に魔法使いさんなのねえ……」
先生が見せた魔法に比べればずっと地味なのに、ご婦人方は同じように目を輝かせてくれた。嬉しさと気恥ずかしさでこそばゆくなっていると、先生に肩を叩かれた。
「そろそろ行こう」
びっくりして飛び上がりそうになる。叱られるかと思いきや、いつもは石のように硬く揺るがない表情が、今は心なしか柔らかく見える。
先ほど肩に触れた手の感触を思い出すと、なぜか胸が高鳴った。
ん、なんで?
◆
目的の集落は、少し歩いた先にあった。懐中時計を取り出して見ると、家を出てから一時間と少しが経っていた。
木々の間に、このあたりでよく見る赤い屋根の家が立ち並んでいた。軒先にはいろんな種類の鳥が並び、賑やかに歌声を競い合わせていた。森の方から吹く風の匂いが、故郷によく似ている。
気候も何も違うのに、なんとも不思議なことだ。
見上げた空を故郷では見かけない黒い鳥が、尾羽を揺らしながらすっと横切っていった。
ノクストの森に抱かれるように存在するこの集落は、シュネハイムという町が開かれる前からあるのだそうだ。しかし、列車が通ってからは、中心地からは遠くて不便だという理由でちょっと過疎気味なんだとか。言われてみれば、見える範囲にも空き家と思しき家が一軒。
「ああ先生、お待ちしておりました!! ていうか、歩いて来られるなら迎えに行ったのに!!」
「いいや、お気遣いなく……」
依頼主……この集落のまとめ役だという青年が、先生に頭を下げた。名前はライナス・ベッカーさん。本職は石工さんだという。肌は麦色に焼けて背が高く、体型もがっしりしていて、白くて線が細い先生とは対照的だ。
「で、君は先生の助手さんかな? かわいいね」
「え、えっと……よろしくお願いします」
屈託のない微笑みを向けられて、体が熱くなった。
先生が『集落の長』なんて言うから、気難しくて迫力あるお爺さんが出てくるとばかり思っていたからちょっとびっくりした。ベッカーさんは私の想像とは真逆の、気さくなお兄さんといった雰囲気の人だった。
先生が目を細めると、ベッカーさんは栗色の頭をかきながら申し訳なさそうに身を縮めた。
「ほんと、こんなことでお呼び立てしてすみません」
「いえ、気になさらず……で、お困りなのはこれですか」
「ええ」
先生が覗き込んでいるのは、立派な井戸だ。これは住民が洗濯や野菜を洗ったりするのに共同で使っているものだそうだ。その他にも、各戸に飲み水用の小型の井戸を掘ってあるらしいんだけど、それが全てほぼ同時に枯れてしまったという。
「井戸枯れ……ですか」
私も先生の横に立って共同井戸を覗き込んでみる。それは水の気配なんてほんの少しも感じない、ただの深い穴だった。
「少し前に水道が引かれたんですが、井戸もまだまだ現役ですね。水道はたまに止まることがありますが、井戸は安定して使えますから……って、それがダメになったからお呼びしたんですが」
「なるほど……」
しゃがんで地面に触れ、土の感触を確かめるような様子を見せる先生。ベッカーさんも膝を折って先生と目線の高さを合わせる。
「もちろん鑿井技師を呼ぼうとしたんですよ。けど、昔は井戸が枯れたときは魔法使いになんとかしてもらったもんだ……って年寄り衆にやいのやいのと言われたものですから。ほんと、声がでっかくて」
元気なことはいいことなんですけどね、とベッカーさんは苦笑いで付け加える。若いまとめ役には苦労も多いのだろう。先生は上着のポケットから手帳を取り出し、何かを……おそらくベッカーさんが話したことを書き付けながら淡々と答える。
「稀なことですが、こちらの領分である場合もあります。たとえば、井戸を縄張りにしている精霊がへそを曲げてしまっているとか、ね。そうすると井戸を修理しても意味がないので」
ベッカーさんは目を丸くした。
「へえ。それじゃ、先に魔法使いに見てもらえってのは正しいのか。では、よろしくお願いします」
「わかりました……では君。代わりに説明してくれるか」
先生はカバンから何かを取り出して私に託す。それはなんと、前に私が作った料金表だった。最初にお見せした時は、なんともない顔をしていたのに、ちゃんと使ってくださっていたの!?
嬉しさで息が弾む。だけど、今は仕事だから落ち着いて。
「は、はいっ!!」
ベッカーさんに料金表を提示し、内容と料金についての説明をする。先生は私の背後に立って、黙って様子を見ていた。密かに練習はしていたものの、初めて依頼者の前……いや、先生の前で読み上げるのはちょっと緊張した。
最後に契約書に承諾のサインと手付金をいただいて、仕事がスタートした。




