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14.夜のひととき

 部屋に戻ると上着を羽織ってから、机の上のランプにマッチで火を入れた。魔法使いは魔力で光らせる魔石ランプを使うのが普通だけど、先生はわざわざオイルランプを用意してくださっていた。燃料代も負担してくれると。


 魔力が少ない私が暮らしに困らないようにと、気遣ってくださってのことだ。


 ゴワゴワの髪にブラシを通してまっすぐに整えてから、今日の仕事についての日誌を書きはじめる。先生に見せたあと、魔法師協会に提出するものだから、できるだけ丁寧な文字で綴っていく。ちなみに前のページの内容を毎日書き写しているみたいで、内容はあまり変わり映えしない。


 日誌を書き終えてから取り出したのは、魔法学校の制服だった服。


 名門校の制服は生地も仕立てもしっかりしていて、五年着たくらいでは全然すり切れなかったし、くたびれてもいない。卒業したからって捨てるには惜しい。


 ……となると、貧乏性の私の選択は……お直しをして今後も着続けるの一択である。お仕事用の外出着にしようと考えて、空き時間にコツコツ手を動かしていたのだ。


 外の仕事に連れて行ってもらえない私には、必要ないかもしれないけど……暗い思いがよぎり、裁縫箱を開ける前から胸が針で刺されたみたいに痛む。だめだ、後ろ向きになっては。私は首を激しく振った。


 ジャケットを広げる。これまで半月ほどかけて、襟や袖、裾に走っていた青のラインを取り去って、大きな襟をひと回り小さく仕立て直した。あとはボタンを替えたら完成である。


 魔法使いが手縫いをするなんて意外に思われそうだけど、魔法で縫うときも結局は魔力で針と糸を動かさないといけないので、手でやるのと大差なかったりする。


 さて、糸切りハサミで校章入りのボタンを注意深く外し、小箱にしまう。紙袋から買ったばかりのボタンを取り出して、ひとつ縫い付けてみる。


 これはおととい、初めていただいたお給金で買ったものだ。店頭でいろいろと悩んだ末に結局安いものにしたけれど、落ち着いた艶消しの銀色は濃紺の服によく合っていた。


「いいねえ、かっこいいねえ」


 独り言が夜の静けさに溶ける。


 二つ目のボタンを縫い終わったところで、窓の止まり木に小鳥が飛んできて止まった。闇の中でもよく目立つ色の小さな子。


「あ、いらっしゃい」


 私は糸を切ってから立ち上がり、窓を開けて小鳥を部屋に招き入れる。首にリボンを巻いたピンクの小鳥は、生きている鳥ではない。『手紙鳥』といって、紙を折って作った鳥に、魔法を掛けて飛ばしたものだ。


 小鳥は私の頭の上をくるりと飛んでから、机の上にピヨッと降りたった。


「エルシェ、上手くやってる?」


 小鳥のくちばしはノエミの声を奏で、羽ばたくたびにローズの香りがふんわりと漂う。ノエミが好んで使っていたコロンの香りに、嬉しくなって顔が緩んでしまう。


「なんとかやってるよ! ノエミは元気?」


「めっちゃ元気。エルシェも元気そうで何より」


 手紙鳥は、野ねずみの私にも使える魔法である。しかし、紙にしたためた文章を、ごく近所に住んでいる顔見知りに送るのがやっと。


 だけどノエミは列車で二時間の距離にも飛ばせるし、声まで送ることができる。しかも、それだけではなくて、私がこの子に話しかければ、こっちの声もノエミに届く。複雑な術式を難なく動かせるほどの魔力を持っているからだ。


 つまり、ノエミが鳥に込めた魔力が尽きるまでの五分間だけ、寮で一緒に暮らしていた時みたいにおしゃべりができる。ちなみに時間の制限がない通信の魔道具はあるけど、見習いにはとても手が届かない金額だ。


 内容は今住んでいる街のこととか、仕事の話とか、はたまた恋の話とか。ちなみにノエミは現在、同じ魔法使いに師事している兄弟子に絶賛片思い中。二歳年上のクールなイケメンらしい。うーん、顔が見てみたい。


 私は服のお直しの続きをしながら、ノエミの恋の悩みに耳を傾けていたんだけど、途中から少し流れが変わってきた。


「たまにはエルシェの話も聞きたい。ラインハルト先生とうまくやれてる?」


「ん?」


「だって先生、愛想ないしさ。なんか心配で」


 またちくっと胸が痛む。だけど、心配されるようなことは何もない。私は極めて丁重に扱われているからだ。


「ううん。先生はいい人だよ。すごく良くしてくれる。あと、目玉焼き焼くのが上手」


「目玉焼き……?」


「うん。先生、自分で料理するんだよ。朝ごはん作ってくれるの」


「先生が、エルシェに?」


「うん。あとは……お風呂? 毎日お風呂にたっぷりお湯張ってくれて。そうだ、ノエミに湯船の使い方教えてもらってなかったら、どうしたらいいのかわからなかったかも。助かったよ」


「へ、へえ……」


 ノエミの声は明らかに上ずっていたけれど、気にせず続けた。


「そうだ、今日は私がくしゃみしたら、魔法で髪を乾かしてくれた」


「いやいやいや、何それ! 思ってたのと違う。えっ、何? そういうこと?」


 机の上の手紙鳥が、まるで羽で口を覆うような仕草を見せている。芸が細かいなあと感心……いや、何が『そういうこと』なのでしょう?


「はい? どういうこと?」


 私が尋ねると、鳥はしばらく黙り込んで……。


「ねえエルシェ、師匠と結婚って、たまにあるらしいよ」


「え、けっこんって、あの結婚?」


「そう、男女が結ばれるあの結婚」


 話が予想もしない方に転がり、もとい吹っ飛び、こっちもひっくり返りそうになる。


「はあっ!? なんで!? どうしてそうなるの?」


「だって、毎晩髪に触られてるんでしょ? 愛されてるってことじゃない? ていうか先生、そんな情熱的なキャラだったんだ。意外すぎるんだけどお」


 まぶたの裏に、ノエミが小躍りしている姿が浮かんだ。私はぶんぶんと首を横に振る。小指の先ほどの話が、ノエミの妄想で膨らんで、とてつもなく大きくなっている。


「いや、別に指一本触れられてないって。ていうか、今日は寒くてね? 風邪引いたら面倒だって、そういう理由……」


「だって、あんまりにも嬉しそうに話すからさ……」


「ええ……? 私嬉しそうだった?」


 淡々と話したつもりだったのに。ノエミは軽やかに笑う。


「うん。新婚夫婦のおのろけを聞かされてる気分だわ」


「ひえっ」


 背中がスーッと冷えて、またくしゃみが出そうになった。


「……ちょっとノエミ大丈夫? お医者様に診てもらったほうがいいかも」


「ううん。おかげさまですごく健康になった」


「なんだそれ……」


「はあ、北国にもとうとう春が来たってことね。そっか、お幸せにね」


「だーかーらー!!」


 残念ながら、手紙鳥は魔力切れでただの折り紙の鳥に戻ってしまった。なんでこのタイミングで。言い逃げじゃん。


「うーん、そんなに浮かれてたかな、私」


 手紙鳥を箱にしまい、頭を抱える。だって、浮かれるどころか、なんともいえない寂しさで心がひりついているのに。


 大きく息をしてからランプを消し、窓辺に立った。窓を大きく開いて、冷たい風を胸いっぱい吸い込む。ほてった頭が冷えてちょうどいい。


 満開を過ぎたサクラの花びらが、風に散らされて雪のように舞っている。綺麗だけど、ちょっと寂しい光景だ。


「あっ」


 その時、庭の片隅に人影……先生が立っているのが見えた。こんな夜中に、何をしているのだろうか。

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