第98話 源泉
これが魔族か。
攻め続けながら、メイランは考える。
ザフィルの支援が入るまで、攻撃がまったく届かなかった。
1対1では勝てない。
こいつを、過去のザフィルは殺したのか。
凄まじい。手を休めず、さらに考える。
避けるだけで反撃してこない。
何を見ている?
何を考えている?
魔法の矢は、間断なくアザルファに降り注いでいる。100万の矢を作るという言葉は、あながちはったりでもなさそうだ。
アザルファが静かに口を開いた。
「強いね。人間の中では最高峰だろう。ザフィルもそうだ」
穏やかで余裕のある口調だ。メイランの攻撃を避けながら話しているとは、とても思えない。
「でも君には、魔法が一切届かない。その理由を考えたことは?」
「揺さぶりだ」
ザフィルが淡々と警告を発した。メイランも理解している。
だからその言葉を無視した。アザルファが微笑みを深める。
「君もね、優秀な魔法使いになれるはずだったんだよ。剣の才はそのままに。でもそうならなかった。そうなれなかった」
「うるせぇ」
メイランは、アザルファの右腕を切り離した。腕が宙を舞い、塵のように消え失せる。次の瞬間、切断したはずの腕が元通りになっていた。
「トカゲかよ」
メイランは毒付く。この治癒再生能力は、どうやったら止まるのだろう。
わからないが、攻撃の手を休める理由もない。メイランはさらに攻め立てる。突破口は、ザフィルが考えているはずだ。
腕は再生した。では足は、首は、どうだろう。すべて試してやる。
アザルファは何もなかったかのように、平然と言葉を続ける。
「君の魔法の才能はね、ザフィルが奪ったんだよ。あのルハサーンで」
メイランの視界の端で、ザフィルがびくりと震えた。
「だから?」
関係ない。魔法に頼らない生活をしてきた。これからもそうする。
それだけだ。
アザルファが不思議そうに眉を上げた。
「魔法を羨ましく思ったことはないのかい? 君もザフィルのように、魔法を操れたかもしれないのに」
メイランは笑う。アザルファは、あるいは魔族は、ずいぶん窮屈な生き物だ。
「今で十分幸せなんでね」
ないものねだりをして、悔しがることが当然だなんて。
腹部を横薙ぎに切り払った。両断こそできないものの、過半まで斬り込めた。
それでもあっという間に傷はふさがり、繋がった。
「ザフィル!」
メイランが叫ぶ。アザルファから視線を外さないまま。攻撃の手を緩めないまま。
「俺は、お前を恨んだことなんて、一度もねぇからな! こんなのより俺を信じろ!」
ザフィルは息を呑む。
服の内側で拳をぎゅっと握ると、小さな木像が手の甲に触れた。
******
ザフィルは大きく深呼吸をした。
危なかった。アザルファの術中に堕ちるところだった。
メイランが助けてくれた。
自分も、メイランを助けたい。
アザルファが姿を現した時から、ずっと探っている。
こいつはどうやって再生しているのか。どうやって動いているのか。
「——なるほど」
理解した。こいつの「中身」を。
事前の予想は概ね当たっていた。方針を変える必要はない。
シルリネアたちには、このままザルミールを攻めてもらう。
「2段階目を終えた。3段階目だよ」
メイランに向けて、シルリネアの様子を伝えた。メイランが口の端で笑う。
シルリネアがヴェンツェルの協力を取り付けるのが、第1段階。
影嵐を引き出すのが、第2段階。
そして、ザルミールの館を探索するのが、第3段階。
この3人で、アザルファを完全に消滅させるためのものを、探す。
自分とメイランは、探索に使う時間を稼ぐ。アザルファの意識をこちらに釘付けにする。
おかしいと思っていた。
あの日、石哭谷の洞穴。アザルファの館に魔族を捨てた時。
どうして、館にアザルファの魔力が満ちていたのか。
10年近く廃墟のはずなのに。
少し考えれば簡単なことだった。
アザルファは、まだそこに「在った」。魂を、肉体ではないものに封じて。
ゆえに、ここにいるアザルファは複製だ。館に「在る」魂を封じた核のようなものが、作り出している。
信者の男を土台として。
アザルファの核が、どのような形をしているのか、まだ判然としない。隠蔽魔法で巧妙に隠されていて、魔力の源が曖昧にぼやけている。
しかしあいつの隠蔽魔法のやり口は、触媒の時に学んだ。さほど時間を置かずに、解き明かせるだろう。
「メイラン」
ザフィルが兄を呼ぶ。
メイランはアザルファを攻め立てながら、ザフィルの言葉を聞く。
「とりあえず、100回ぐらい殺してみよう」
再生能力の行使は、消耗を強いているようだ。つまり、力には上限がある。たとえ膨大だったとしても、いずれ枯渇する。
メイランが笑った。
「100人斬りか。景気がいい」
言いながら、心臓に剣を突き立てた。即座に引き抜くと、抜いた端から再生していく。
「まずは1回、かな」
「そうだね」
ザフィルも攻撃に転じることにした。
魔力で槍を作り出し、アザルファの頭部を貫く。砕かれた頭部はまたたく間に再生した。
「2回目」
ザフィルが呟き、メイランが笑う。
アザルファは、魔法に対する防御をほぼしなかった。再生能力に頼った方が、力を温存できるのだろうか。
反撃がないのも奇妙だ。
きっと、何かを準備している。
******
シルリネアたちの目の前に、広大な屋敷がある。
周辺は赤土と砂礫の交じる荒野だ。集落は見当たらない。それなのに、屋敷だけが建っている。
「大きい」
シルリネアが呟く。王宮にも匹敵する規模だ。
白い石を基調とし、淡い青と鮮やかな金の装飾が、随所を引き締めている。
格調高い正門をくぐると、美しく手入れされた中庭があった。
「誰が手入れしてんだこれ」
影嵐が周囲を見渡しながら言う。外は水の気配がなかったのに、中庭には手入れの行き届いた木々が生い茂り、水路が配されている。
水路は地下水かもしれないが、木々や石畳の手入れは必要不可欠だ。
「魔法でしょうね。なるほど、10年ほど廃墟であり続けているとは思えない」
ヴェンツェルが言う。彼は既に、強大な魔力が周囲に満ちていることを感じていた。
「シルリネアも感じませんか?」
穏やかさを意識して、ヴェンツェルは話しかけた。無理にでも平静を装わないと、体が震えそうだ。
「感じます。気持ち悪い……」
シルリネアは、形の良い眉をひそめた。最初の印象は、穏やかに包み込む魔力だった。それなのに、奥底から得体のしれない恐怖が首をもたげてくる。
ザフィルの中で「視た」ものが思い起こされる。美しく優雅な所作の下の、酷薄さ。
シルリネアは、ザフィルから預かった紙を1枚出した。この屋敷の見取り図だ。
ザフィルが真っ先に調べるべきだと伝えたのは——。
「衣装回廊、アザルファの私室、鏡の間、ザフィルの部屋……」
見取り図の4箇所に、ぐしゃぐしゃと歪んだ丸印が、何度も何度も描かれている。
衣装回廊とザフィルの部屋が1階、アザルファの私室が2階、鏡の間は地下。
「近いところから行きましょうか」
ヴェンツェルはそう言いながら、ザフィルの部屋を示した。
「異論はねぇな」
影嵐が同意する。シルリネアも頷いた。
ヴェンツェルが魔力を詳細に探知するための魔法を唱え、影嵐が先導する。
シルリネアは、癒しの魔法をいつでも使えるよう、影嵐とヴェンツェルの間に立った。
ザフィルの部屋は、すぐに見つかった。
南東の端、白亜の美しい扉のついた部屋だ。
「開けるぞ」
影嵐が優美な弧を描いた取っ手に手をかける。
シルリネアは、息を呑んで見守った。
この中で、あの地獄が繰り広げられたんだ。




