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月白の魔法使いを黎明で殺す  作者: 二羽鳥ごまの
第12章 幸せを抱き、嵐に向かう
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第96話 目覚め

 シルリネアたちが、外に通じる洞窟を歩きはじめた頃。

 メイランは、ザフィルが背中で身じろぎするのを感じた。

「お」

 肩越しに様子を見ると、やはり起きそうな気配がある。

「起こす?」

 シルリネアが、持っている松明でザフィルを照らしながら言うと、メイランは首を横に振った。

「いや、いいよ。起きるまで放っとこう。重くねぇし」

 ザフィルは驚くぐらい軽かった。シルリネアより背が高いのに、彼女よりずっと軽い。

 あまりに軽いので、一度はシルリネアに預けた自分の荷物を、すべて回収したぐらいだ。シルリネアも胸に浅からぬ傷を負っている。無理はさせたくない。

「何を食って生きてきたんだか」

 メイランは苦笑した。味覚がほとんどないと言っていたので、ろくなものではなさそうだ。

 自分も、他人に何かを言えるような味覚ではないが。

「メイランがそれ言うの?」

 案の定、シルリネアに呆れられた。メイランは笑う。

「だよなぁ。でも俺は、青嵐(せいらん)でまともに食わせてもらってたからさ。こいつは、それもなさそうだよな」

 落ち着いたら、もっと肉をつけさせたい。青嵐に連れて行けば、あのお節介な人たちが、なんとかしてくれるだろうか。


 結局ザフィルが目覚めたのは、洞窟を抜ける直前だった。

「……メイラン、降ろして」

 彼は状況を理解すると、やや気まずそうに訴えた。

「よく眠れた?」

 ザフィルを降ろしながら、メイランが笑顔で問いかける。

「10年ぶりぐらいかな」

 ザフィルも応える。もっと長いかもしれないが、概算ならこんなものだろう。

「あ、やっぱろくに寝てなかったのか。目を閉じるだけだったろ」

「そうなの?」

 シルリネアは目を丸くして驚いているが、メイランは納得した様子だ。

 ザフィルは観念して嘆息した。メイランの目を誤魔化そうとするのは、やるだけ無駄のようだ。

「眠り方がよくわからない。気を失うことはあるけど」

 シルリネアが顔をしかめる。

「それって睡眠が足りなさすぎて、体が限界になって気絶してるだけでしょ」

「かもね」

 ザフィルが肩をすくめた。

 メイランはふたりのやり取りを見ていたが、ふと思いついた様子で口を開く。

「じゃあお前、石哭谷(せきこくこく)から昨日まで、寝てなかったり?」

「そうだね」

 あっさりとザフィルは認めた。メイランとシルリネアは絶句する。

「マジか。10日ぐらいか? よく生きてんな……」

「だから気絶するんでしょ」

「そんなに困っていない。だから問題ない」

 ザフィルはまるで他人事のように話す。眠れないことに危機感を持っていない。

 だがメイランとシルリネアには、異常事態だと思えた。味覚と痛覚の薄さ以上の問題かもしれない。

 眠るための方法を、メイランとシルリネアはそれぞれ頭に思い描いた。

 おまじない、温かくすること、火を見つめること、眠りを誘う香りや薬草……。

 ふたりは顔を見合わせ、視線で頷き合う。

 折を見て、すべて試そう。


 ******


 洞窟を出たところで、短い休憩を取る。

「シルリネア」

 ザフィルが寄ってきた。

「昨晩メイランと話して、作った。持っていて」

 シルリネアは紙の束を渡された。手渡しで。

「なに、これ」

 シルリネアはザフィルに問い、続いてメイランを見た。メイランが笑う。

「切り札」

 ザフィルも頷いた。

「そう。使い方はこれ」

「いつ使うかは、シルリネアに任せるよ」

 使い方が書いてあると言われた紙を広げ、読む。

 途端にシルリネアの表情が固くなった。

「これ……」

 ふたりに問いかけると、メイランが優しく微笑んだ。

「使わないで済むなら、その方がいいけど。いざという時は、頼んだ」

 シルリネアは、ふたりから託されたものの重さを知った。

 まさに切り札だ。これを使うのは、相当追い詰められた時になるだろう。

 わずかな判断の遅れが、メイランとザフィルを死に追いやるような。

 それでも、託してくれた。

「わかった」

 厳粛に頷き、いつでも出せるようポケットに入れた。


 ******


 歩き続けていると、やがて開けた場所に出た。

「このあたりでいい?」

 ザフィルが問う。

 シルリネアは頷いた。この場と洞窟の関連性が疑われない程度には、距離を取っている。だから大丈夫。そう思った。

 メイランも頷く。どうせ生きて返さない。だから場所など問題にならない。ふたりの都合が良ければ、それでいい。


「あそこに呼ぶ」

 ザフィルが一点を示した。メイランは剣を抜き、進み出る。

 次の瞬間、ザフィルの示した場所にひとりの男が現れた。ザフィルが瞬間転移の魔法で、強制的に連れてきた。

 中年の、見た目に特段の印象を持たない男だ。凡庸で、覇気などどこにも見えない。

 現に男は、何が起きたのかわからない様子で呆然としている。

 光の神の司祭風の格好をしている。この姿で、各地にある神殿に出入りしていたのだろうか。

「よう」

 メイランは低く威圧的な声で、剣の切先を男の首に向けた。男はびくりと身を震わせ、メイランを見た。

「お前……!」

 男が息を呑み、声を出そうとする。

 メイランはすかさず、剣の切先を首に近付けた。

「下手なことをしたら殺す」

 男が喉をごくりと鳴らす。喉仏が上下した。

「こんにちは」

 ザフィルがゆらりと歩を進め、男の前に立った。

「ザフィル!」

 男は緊張と恐怖で枯れた声で、ザフィルの名を呼ぶ。

「お前など知らない。用件を言え」

 感情のない平板な声だ。淡々としているのに、圧倒される。逃れるように、男は口を開いた。

「どうして、お前は、触媒を……!」

 ザフィルの片眉がわずかに動く。メイランは剣を一切動かさない。

「そう」

 このつまらない男は、触媒を知っている。その目的も知っている。そして、触媒がもうないことを知っている。

 それだけわかれば十分だった。

「さようなら」

 ザフィルは怯える男を破壊しようとした。その時。

 男の口が、笑みをかたどった。

 メイランの全身に悪寒が走る。即座に男の首に剣を突き立てた。

 皮膚を裂き、血管を千切り、肉を貫く感触がある。骨に当たって止まった。

 だが。

「……かわいそうに」

 男が言葉を発した。喉を断っているのに、どうして話せる。メイランには理解できなかった。

 しかも、先程まで怯えていた男とは思えないような、落ち着いた口調だ。

 視界の片隅で、ザフィルが動揺を見せた。目を見開き、硬直している。

 メイランは素早く剣を引き抜いた。首から血が噴出する。

 返り血など意にも介さず、メイランは男の肩から袈裟懸けに斬り払った。さらに手首を返して横一線に胴を斬り、胸に剣を何度か突き込んだ。その度に、大量の血が飛び散る。

 男が倒れた。

 これだけやれば、さすがに死ぬ。少なくとも、動けないはずだ。

 そのはずなのに。

 男が起き上がった。血は止まり、半ば切断されていた体はすべて繋がっている。

 目の前の出来事は、メイランの理解の範疇を完全に超えていた。

 男は優雅にさえ見える様子で立ち上がり、悠然と笑顔を向ける。

「この哀れな男は、私を運んでくれた。色々な物事を、調べてくれさえした。献身を褒めないといけないね。それに比べて、言うことを聞かないお前は、どうするべきだろうね、ザフィル?」

「アザルファ……!」

 ザフィルが低く絞り出すような声を出した。怒りと恐怖が混ざり合っている。

「魂を分けたのか……!」

 アザルファと呼ばれた男——シドゥが穏やかに微笑んだ。

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