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月白の魔法使いを黎明で殺す  作者: 二羽鳥ごまの
第12章 幸せを抱き、嵐に向かう
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第95話 夜明け

 夜半、リュミエール神聖王国。

 大聖堂で神託の儀が執り行われた。

 厳かな雰囲気の中、大司祭が光の神の神託を受け取った。

 光の神の信徒は虚偽を述べない。

 その大前提があるからこそ、大司祭の神託は強い意味を持つ。

 だが実際は、どうだろう——。

 ヴェンツェルは、儀式の結果を見守った。

 今後のことを考えると、儀式がどう行われ、大司祭が何を伝えるかを確認したい。

 結果が重要なのは当然だが、それ以上に、大神殿の最高意思決定の過程を把握したかった。

 神意を得る様子を見る限り、魔法的な手順を踏んでいる。それなのに、魔力以上に体力を消耗しているように見える。

 ヴェンツェルの学んできた魔法理論では、あり得ないことが起きている。

 だが——。

 シルリネアの癒しの魔法も、魔法理論では説明しきれない。

 彼女の魔法は、この神託と似通った手法なのかもしれない。


「神託は、得られた……」

 老いた大司祭が、助け起こされながら言う。息も絶え絶えに。

 話には聞いていたが、神の意思を問うことは、かなりの体力を消耗するらしい。

 ならば、余計に引退すべきではないのだろうか。年齢的にも体力的にも限界だ。


 大聖堂にいる全員が見守る中、大司祭が重々しく口を開いた。

「虚無は絶えた。魔法王国の同朋の言ったことは、真実である」

 大聖堂がわきあがった。

 ザフィルが死んだ。この場にいる人々は、そう解釈しただろう。

 現実は異なっていたとしても。

 大司祭は、意図的に神託の解釈を変えている。虚偽とは言えないまでも、全体意志の誘導をしていることは、明白だと思える。

 興奮に包まれた大聖堂の中にあって、ヴェンツェルとゲルハルトは冷静だった。

 やっと前提条件が整った。

 シルリネアの名誉回復が、ようやく始められる。


 ******


 シルリネアは夢を見た。

 創生神(ナスラル)に捧げられた時の。


 10歳ぐらいの頃、薬草師のバーバ・ロゥに連れられて、森の湖に来た。

 お前は神様の娘になって、この村と森を守るんだ。

 そう言われた。

 名誉なことだと思った。

 だって、大好きな人たちを守ることができるのだから。

 育ててくれた人たちに、恩返しができるのだから。


 湖には、光り輝く人がいた。

 ああ、この人が神様なんだと思った。

 まぶしすぎて、姿も性別もよくわからなかった。でも、神様だとわかった。

 神様の手が、シルリネアに触れた。

 力が流れ込んでくるのを感じた。

 そうして彼女は、神の子に——神の娘になった。


 神の娘にできることは、神に与えられた力を使うこと。

 求められた時に聖域を開くことも、役割のひとつだった。

 力を使うのは、ひどく疲れることだった。

 だからシルリネアは、儀式で必要になる時以外に、神の力を使うことはなかった。

 最初は、他の神の子たちと聖域を開くだけで、数日寝込んだ。それ以上の力を使った時は、もっと。

 先に神の子になっていた人たちに、疲労を軽くする方法を教えてもらった。そのおかげで、少しずつ楽になっていったが、それでも疲れることに変わりはなかった。


 神の力を使ううちに、癒しの魔法を使えるようになった。

 それは神の力ではなく、神の力に影響されて、自分の中から生まれた力だった。

 神の子たちには驚かれた。バーバ・ロゥには、酷く怒られた。

 お前は神の子であって、神ではない。癒しの魔法など、使う必要はない。

 自分を傷つけてまで、誰かを癒す必要はない。

 そう言われた。

 優しさと心配からくる言葉なのはわかったが、それでも、癒しの魔法を捨てることはできなかった。

 自分ができることは、何でもやりたかった。

 それが、シルリネアの恩返しの形だった。

 決して豊かではない村で、捨てられていた彼女を育ててくれた人々への——。

 たとえ神の子にするために、育てられたのだとしても。


 その優しい人たちは、恩返しをしたかった人たちは、もう誰もいない。

 涙がひとしずく、シルリネアの頬を伝った。


 夢の中で、村の出来事の断片が流れていく。

 湖からそそがれるせせらぎのように。


 ******


 ザフィルはメイランから渡された毛布に包まって、夜空を眺めている。

 月と星を見ながら、ヴェンツェルたちの様子を見ている。

 子犬が懐に押し込まれていて音しか聞こえない。それでも、起きていることはだいたいわかる。

 探査の糸をリュミエールまで伸ばすこともできるが、そこまでする必要はないだろう。

 どうせ眠れないのだから、急ぐ必要はない。

 眠る方法は、忘れて久しい。意識を失うことはあっても、自分で眠ることができない。

 メイランたちの前では、眠ったふりをしていた。


 そういえば。

 ザフィルが首を傾げた。

魔素(マナ)が歪まない……」

 普段ならそろそろ歪むはずなのに、その気配さえない。

 触媒が魔素を歪ませていたのだろうか。

 それともここが、創生神の聖地だからだろうか。

 わからない。確定するための材料が少なすぎる。

 だが、ここならもしかしたら……。

「定住できる?」

 ひとつのところで暮らすということが、できるのかもしれない。

 いやだめだ。

 期待してはいけない。

 触媒は消え、メイランが受け入れてくれた。これ以上、何を望むというのだろうか。

 ザフィルは自分を戒めたが、それでも期待が頭をもたげてくる。

 こんなことは、今までになかった。諦めるのは得意だったはずなのに。

 戸惑いながらも、彼はいつの間にか眠りに落ちていた。


 ******


「起きねぇな」

 メイランが、ザフィルを覗き込んで呆れ顔で言った。

「どうするの、これ」

 シルリネアも困惑顔だ。

 ザフィルは眠っていた。

 声をかけても起きないし、体を揺すっても起きない。

 魔法による睡眠なら、メイランが触れれば消えるはずだが、それでも起きない。

 シルリネアの見立てだと、体調を崩している様子はないという。

 つまり、ただ眠っているだけということになる。

 夜はすっかり明けている。朝食も食べた。保存食も、シルリネアの家にあったものをいくつか持ち出した。

 出かける準備はすっかり整っている。

 ただ、ザフィルが目覚めないだけで。

「とりあえず、背負って連れてくか。シルリネア、俺の荷物半分ぐらい頼んでもいい?」

「いいけど……」

 眠り続けるザフィルを背負うメイランを見ながら、シルリネアは嘆息した。

 どこに行けばいいのか知っているのは、ザフィルだけだ。

「山脈の外に出るまでは確定だからな。それまでに起きなかったら、また考えよう」

 メイランは気楽そうに笑いながら、歩きはじめた。

 シルリネアはメイランの背を追いながら、そっと振り返る。

 見慣れた家が、何事もなかったかのように佇んでいる。

 ここにもう一度、帰ってくるんだ。そうして、メイランに我儘をたくさん叶えてもらおう。

 シルリネアは、密かにそう誓った。

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