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月白の魔法使いを黎明で殺す  作者: 二羽鳥ごまの
第12章 幸せを抱き、嵐に向かう
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第94話 愛するあなたへ

 食後。片付けと眠るための準備をしながら、メイランはシルリネアに、ザフィルと話し合ったことを伝えた。

「こっちに連れて来るのも何だし、明日にでもそいつを迎えに行こうと思ってさ。シルリネアはどうする?」

「どうするって……」

 戸惑うシルリネアを見て、ザフィルが口を開いた。

「胸の傷があるし、血も失っている。休んでいてもいいと思うけど」

 シルリネアは、首を大きく横に振った。

「行きたい。私の力が役に立つかもしれないし、それに……」

 言い淀む。だが、意を決した。

「虚無の信奉者なんでしょ。最後は、私が引き受ける」

「……どうやって」

 ザフィルが問う。褪紅色の瞳が、薄荷色をじっと見据える。

「私は、ナスラルの娘だから」

 シルリネアが微笑んだ。ザフィルの瞳に、明確な怒りが灯る。

「あなたがそれを言うのか……!」

 低い声で唸った。

「僕にメイランを悲しませるなと言った人が、メイランを悲しませるのか。僕に自分を大事にしろと言った人が、自分を蔑ろにするのか」

 シルリネアは何も言わない。ただ、ザフィルの怒りを受け止めている。

 ザフィルの怒りと呼応するように、炉の炎が舞い上がった。水は波打ち、あらゆるものがカタカタと音を立てて震える。

「待て待て待て」

 メイランがザフィルを包むように抱きしめた。メイランによってザフィルの魔力が遮断され、家中の騒ぎが収まる。

 メイランはほっとため息をついてから、苦笑した。

「お前らだけで話を進めねぇで、俺にもわかるように説明してくんない?」


 ******


 ヴェンツェルの強く輝く瞳と、大司祭の疲れ切った瞳が交錯した。

 大司祭が、重々しく頷く。

「魔法王国の同朋の言葉は道理である。神託を頂戴することにしよう」

 大聖堂全体が、震えるようにざわめいた。

 すぐに儀式の準備が始まった。待つ間、ロランド高司祭と目礼を交わし合う。急進派に属する人物だが、今はザフィルの傀儡だ。

 ヴェンツェルが不利にならないよう、立ち働いてくれるだろう。

「ゲルハルト卿」

 傍らにいるゲルハルトに、ヴェンツェルは声をかけた。ゲルハルトの目が、こちらを向く。

「あなたは大司祭を、どうご覧になりますか」

 彼は少し考えていたが、やがて口を開いた。

「組織の維持に疲れ切った老人だ。引退すべきだが……大司祭自身が、それを望まないのだろう」

「なるほど。参考になります」

 ヴェンツェルは微笑み、礼を言った。概ね自分の意見と一致する。

 大司祭は、組織の維持を最優先にしているように見える。神意を歪めて伝える理由も、きっとそこにあるのだろう。

 ——ザフィル打倒のお題目を下げるなら、私が口実を差し上げますよ。親愛なる大司祭猊下。

 ヴェンツェルは、心の中でそう呼びかけた。


 ******


「でさ、まずシルリネアに聞きたいんだけど」

 メイランはザフィルを抱え込んだまま、シルリネアに笑いかける。

 ザフィルはしばらくの間、抑え込んでおこうと思っている。彼の感情に引っ張られた魔力が、破壊を呼ばないように。

 ここをルハサーンにはできない。

「さっき、ナスラルの娘って言ったけど。それってどういう意味? 創生神(ナスラル)と血縁関係があるってことじゃないだろ?」

 おそらく血筋ではなく、契約としての娘だろう。そもそも神が子を成せるものなのか、メイランは知らない。

 シルリネアが穏やかに微笑んだ。

「実の娘じゃない。私は神の娘として捧げられている。それだけ」

 やはりそうだ。神との契約関係を、シルリネアは「娘」と表現している。

「じゃあさ、シルリネアがナスラルの娘だと、どうして虚無の信徒を引き受けられるんだ?」

「ナスラルは、ムズナと対を成すから」

「ムズナ?」

「ザフィルの触媒で呼ばれようとしていた神。ナスラルが創生、ムズナは終端」

 メイランに抱え込まれているザフィルが、不快そうに顔を歪めた。

「メイランにわかりやすいように、教えてあげるよ」

 低く沈んだ声だ。メイランが、腕の中の弟を覗き込む。

 シルリネアが何も言わないので、ザフィルは話していいのだと解釈して、口を開いた。

「アザルファの転移門を知っているのだから、そいつはアザルファと強い繋がりがある。そしてアザルファはムズナを信仰していたのだから、同じように信仰している可能性が高い」

 一度言葉を切り、メイランの様子を見た。

 理解していそうなので、次に進む。

「普通の神官ならどうでもいいけど、ここまで来る奴が普通だとは思えない。だから、普通以上——シルリネアみたいに『神の子』のような存在かもしれない」

 シルリネアの名前が出た時、メイランは少し動揺したようだった。

 ザフィルは小さく嘆息する。

「もしそいつがムズナの力を使えるとしても、彼女はナスラルの娘として、同等以上に渡り合える。神の力は、普通の神官たちが使うような、ちっぽけな魔法とは比べ物にならない。ただしそうなった時——」

 感情の温度を乗せない褪紅色の瞳が、シルリネアを見る。彼女の表情は変わらない。

 シルリネアが何もかも知っていることを、ザフィルは理解した。

「——彼女は死ぬか、運が良くても瀕死になるよ。生き残っても、元通りに回復できる保証はない」

 ザフィルを抱き込んでいるメイランの力が、強まった。かすかに震えている。ザフィルは兄の表情を確認したくて見上げたが、この角度では判然としない。

 だから、結論を言う。

「僕は、彼女を連れて行くべきじゃないと思う。神の力は、人の体には負担が強すぎるから」

 シルリネアが、わずかに表情を曇らせた。どういう感情でその表情になるのか、ザフィルには理解できない。だからメイランに尋ねる。

「これで全部。メイランは、どう思う——?」


 ******


 シルリネアもザフィルも、どうしてこんなに簡単に、死に向かおうとするのだろう。

 メイランにはわからない。

 怖い。

「シルリネアはさ」

 声が震えた。シルリネアは穏やかな表情でメイランを見ている。

「どうしたいんだ……?」

 恐怖を飲み下しながら、どうにか声を絞り出す。

「行かなくちゃとか、やらなくちゃとかじゃなくて、シルリネアがどうしたいのか、教えてほしい」

 シルリネアが愛おしそうに、メイランを見つめる。

「そうね……ごめんなさい、神の話は卑怯だった。ザフィル、あなたも不安にさせてしまった。ごめんなさい」

 彼女はふたりに謝罪した。ややあって、口を開く。

「メイラン、私、一緒に行きたい。神なんて関係なくて、私は、あなたと離れたくない」

 シルリネアは微笑んだ。メイランもその笑顔に引き込まれるように微笑む。

「じゃあ、一緒に行こう」

「うん」

 メイランの腕の力が緩んだことを感じたザフィルは、兄の腕の中から抜け出した。

 ひとつ嘆息し、立ち上がってシルリネアを見る。

「あなたは僕に、メイランに酷いことをするなと言ったね。あなたがメイランからシルリネアを奪うなら、あなたも僕と同じぐらい、メイランに酷いことをすることになるよ」

 感情の薄い平板な表情だ。しかし、うっすらと口角が上がっている——皮肉げに。

「僕と同程度になるのは、嫌でしょう?」

 シルリネアも苦笑した。

「そうね。絶対嫌」

「じゃああなたも、メイランからシルリネアを奪わない方法を考えて」

 そう言って、ザフィルは家の外に出て行った。丁寧に扉を閉めて。

 残されたふたりは、顔を見合わせて笑う。

「あいつ、外で寝る気かな」

「かもね」

 メイランは声をあげて笑い、毛布を取って立ち上がる。

「これ渡してくる」

 シルリネアの頬に接吻をして、メイランは家の外に出た。


 幸せな気持ちでメイランを見送ってから、シルリネアはため息をついた。

 メイランと離れたくない。その気持ちに偽りはない。神など何の関係もない。

 だがムズナに対抗しうるのが、ナスラルの力だということも、同じぐらい偽りのない事実だ。ザフィルさえ、その点については否定しなかった。

 だから必要になったら、シルリネアはナスラルの力を使うだろう。

 たとえ、メイランを悲しませるとしても。

「やだなぁ……」

 シルリネアは小さく呟いた。胸が締め付けられるように苦しい。

 本当は、メイランを悲しませたくない。ほんの一欠片の悲しみも、与えたくなかった。


 程なくして、メイランが戻ってきた。

「おかえりなさい」

 シルリネアは微笑み、抱きついた。メイランも優しく抱き返してくれる。

「ずっと、こうしていたい」

 そうできたら、どんなに幸せだろう。シルリネアの言葉に、メイランが笑う。

「そうしてやりたいけど……俺が手放せなくなりそう」

 彼は優しく、それでいて決然と、シルリネアを離した。

「もう寝よう。これが終わったら……シルリネアの思い通りにしてやるからさ」

 シルリネアは微笑む。

「本当に?」

「本当に」

「どんなことでも?」

「できることなら、何でも」

 あまりの即答に、シルリネアは苦笑した。

「そんなに安請け合いしていいの?」

「いいんだよ、シルリネアだから」

 メイランはそう言って笑い、床に寝転んで毛布をかぶった。

「おやすみ。また明日」

 それきり、彼は眠ってしまった。シルリネアも仕方なく、寝台で横になる。

 慣れ親しんだ懐かしい寝台は、すぐに眠気を運んでくれた。メイランにしてほしいことを考えながら、夢の中へ。

 村でしばらく暮らして、安洛城にもう一度行って、それから——。

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