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月白の魔法使いを黎明で殺す  作者: 二羽鳥ごまの
第12章 幸せを抱き、嵐に向かう
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第92話 月白色が嵐を呼ぶ

 リュミエール王国、光の神の大神殿。

 その広大な敷地内において、もっとも壮麗で権威のある場所、大聖堂。

 ヴェンツェルはゲルハルトと共に、大聖堂の臨時至光会議に向かうため、大神殿の長い廊下を歩いている。

「臨時で開催されることが、そもそも稀なことなのですよ」

 聖堂騎士団の騎士団長ルイスは、ヴェンツェルたちに説明しながら歩く。彼もまた、至光会議の列席者だ。

「貴殿の言葉を、大司祭猊下が重く見られている証左です」

 ルイスの熱弁を、ヴェンツェルは微笑んで受け止める。

「大司祭猊下のご厚遇には感謝しております」

 短い言葉の中に、大いなるお世辞が多量に含まれている。だが、ルイスは気付かない。この若き騎士団長は、大司祭に向かってお世辞を言う者がいるなど、考えたことさえないのだろう。

 大司教に捧げられる感情は、心からの敬意しかないと信じている。

 ゲルハルトは、ルイスをじっくり観察する。

 純粋培養の聖堂騎士。その表現がしっくりくる人物だ。

 忠実で善良、信仰に篤く真面目。経験を積めば程よく練磨されるだろうが、今はまだ未熟と言わざるを得ない。

「ところで……」

 ルイスが困惑しながら、ヴェンツェルの足元を見る。そこには、ザフィルの作った垂れ耳で子犬型の魔法生物がいた。小さな足で、ちょこちょことヴェンツェルについて回る。

「これは昔馴染みからの預かりものでして」

 ヴェンツェルが、柔和に答えた。

「大人しいのでお邪魔にはならないと思いますが、不都合ですか?」

 穏やかだが、連れて行くと言い切るような返答に、ルイスは困惑を深める。

「前例がないので何とも……」

「懐にでも入れておくといい」

 ゲルハルトは言いながら子犬を抱え上げ、ヴェンツェルの腕に押し込んだ。

 おそらくヴェンツェルは、この魔法生物に会議の様子を見せておきたいのだろう。ゲルハルトはそう理解した。

「ご忠告いたみいります、ゲルハルト卿」

 ヴェンツェルは笑顔で一礼して、子犬をローブの内懐に入れた。


 程なく、大聖堂の荘厳な入口が見えてきた。

 いよいよだ。

 ザフィルの死を偽装し、シルリネアの異端、偽聖女認定を覆さないといけない。

 勝算はある。

 理にかなう論点も用意した。

 だが理屈だけで判断できないのが、人間だ。

 ゲルハルトはそのことを、よく知っていた。


 ******


 転移門から現れた人物に、ザフィルは見覚えがあった。

 名前は思い出せない。だが。

「アザルファの信者」

 腹立たしい。アザルファは殺したのに、どれだけつきまとえば気が済むのか。

 おそらく、触媒を破壊したことと関係があるのだろう。

 触媒と、魔法的な繋がりを結んでいたのかもしれない。石哭谷(せきこくこく)の魔族たちと、同じように。

 今すぐあの男を殺しに行きたい。殺せばどれだけ胸がすくだろう。

 だが急に姿を消したら、メイランが心配する。兄の不安そうな表情は、あまり見たいものではない。


 それに、シルリネアとささやかな幸せを分かち合っているところに「ちょっと殺してくる」と言うのも、おかしな話だろう。

 だからザフィルは、話す機会を待つ。

 監視用の小鳥にいくつかの能力を与え、より詳細な情報を集めることにした。

 少し気になる魔力の反応がある。万全を期したい。


 それに、あいつがこちらの居場所を正確に掴んでいるとしても、たどり着くまでに数日を要するはずだ。

 山登りは、さぞ大変だろう。


 ******


 シルリネアは近くの小川で水をくみ、炉に火をおこした。

 メイランは水くみだけ手伝って、後は彼女に任せている。

 手伝うつもりだったが、シルリネアがあまりにも幸せそうだったので、手伝うのをやめた。

 炉の近くに座ってシルリネアの立ち働く様子を見ていると、彼女がどれだけこの小さな生活を愛していたのかが、ありありとわかる。

 動作のひとつひとつが丁寧で、かつ手際がいい。彼女は水を入れた鍋を火にかけ、机を片付けて食器類を点検した。

 その後、微笑みながら奥の扉を示し、口を開く。

「ちょっと食料庫見てくる。燻製肉は、まだ食べられると思うんだけど……」

 どうやら夕飯を作るつもりらしい。メイランも微笑みを返した。

「わかった。暗くなってきたし、気をつけて」

 炉から火種を取り、傍らに置かれていた小さなランタンを灯して、シルリネアに渡す。

「ありがとう」

 シルリネアは笑顔を残して、食料庫に向かった。

「手持ちのやつで十分なんだけどなぁ」

 メイランが呟く。とはいえ、今の彼女にはこの「かつての幸福な生活の再現」が必要なのだろう。

 食料庫の奥から、あれこれ出し入れするような音が聞こえる。

「力仕事とか必要そうなら呼んで」

 メイランはそう声をかけ、大人しく待つことにした。

 開けっ放しの扉から吹き込む風に誘われ、ふと家の外を見る。夕闇の迫る中、ザフィルがぽつんと座っていた。

 呼ぼうかと声を出しかけて、やめる。ここはシルリネアの家で、彼女はザフィルを招いていない。

 彼女の気持ちを考えれば、当然だ。

 メイランは腰を上げ、ザフィルのもとに向かうことにした。

「なにしてんの」

 地面に座ってぼんやり遠くを見ているザフィルに、声をかける。

 ザフィルはゆっくりメイランに視線を移し、感情の乗らない声を出す。

「害虫がいるから、様子を見ていた」

「害虫?」

 怪訝そうな顔をしながら、メイランは弟の隣に腰を下ろした。

「そう。アザルファの……僕の『師匠』の信者。北大陸にいて、こっちに向かっている。僕を追っていると思う」

 メイランの表情が固く凍りつく。ややあって、低く唸るように口を開いた。

「そりゃあ害虫だ。害虫は退治しねぇとな」

「……そうだね」

 ザフィルは口角をわずかに上げて、頷いた。

「何日か待つことはできるよ。まだ万象の背骨(アルダル・サトゥ)にも辿り着いていないから」

「何人いる?」

「ひとり」

 メイランが薄く笑う。

「あそこをひとりで山越えするのは、キツいだろうなぁ。かわいそうに」

 山を貫く洞窟があるなんて、知るはずもないだろう。

 北大陸の住民から、山の向こうに人が住んでいると教えてもらえたとしても、あの洞窟まで知られるとは思えない。

「明日あたりからお出迎えに行けば、間に合うかな」

「十分でしょ」

「じゃあそうするか」

 メイランは立ち上がり、去り際にザフィルの頭を軽くかき回す。

 細い月白色の髪が、何本かメイランの指に絡みついた。

 できればシルリネアを巻き込みたくないが、状況の説明をする必要はあるだろう。

 何といっても、ここは彼女の大切な場所なのだから。

 これ以上、荒らす訳にはいかない。

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