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月白の魔法使いを黎明で殺す  作者: 二羽鳥ごまの
第11章 破壊の救済
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第91話 そこにある

 バチンと頭の中で強い破裂音がした。

 シドゥは、思わず頭を押さえてうずくまる。

 繋がりが途絶えた。ザフィルとの、いや、神の触媒との繋がりが。

 ザフィルが心臓に蒔かれた種に気付き、自身で除去したのだろうか。

 間もなく花を咲かせ、その芳しき虚無の香りで、神を寄せるはずだったのに。


 あのカルブとかいう魔法生物に騙されたのだろうか。

 いや、それはない。シドゥはすぐに否定した。

 あの魔法生物は、ザフィルが死ぬと確信を持っていた。


 では何が起きたのだろう。心当たりがあるのは——。

「ルザ……」

 ザフィルの兄。弟と対を成し、完璧な円環を描くはずだった。壊れ、奪われた(ルザ)

 彼らはルハサーンでその円環を開かれ、崩れ去った。

 それなのに。

 奪い、壊された(ナザ)と、未だに対を成している。

 まるで、そうあらねばならないと言わんばかりに。


 神の触媒との繋がりは、遥か北で断たれた。

「北大陸か……」

 遠い地だ。だが、アザルファ様の転移門がある。

 北大陸にもひとつあったはずだ。

 それを使えば、何が起きているのかわかるかもしれない。


 ******


 シルリネアは服を脱ぎ、胸の傷の状態を確かめた。

 皮膚を剥がされたような傷が、胸に何本も走っている。ザフィルの心臓を癒した反動だ。

 傷は浅く、血も止まっている。よく見れば、半透明の膜のようなものが、傷口を覆って出血を食い止めていた。

 魔法で作るかさぶたみたい。

 膜に触れてみると、皮膚のような弾力があった。

 これだけ大きな傷だと、体を動かすたびに痛みが走るはずなのに、まったく痛みを感じない。きっと、ザフィルが何かをしたのだろう。

 体についた血を拭い、服を着替えた。砂漠地帯で着ていた服だ。薄手でやや肌寒いが、これしかないので仕方がない。

「お待たせ」

 シルリネアが声をかけると、メイランとザフィルが振り返った。

「体は平気?」

 メイランが不安げに声をかけてくる。シルリネアは微笑んだ。

「傷はザフィルが塞いでくれてるから、大丈夫そう。痛みも全然ないんだけど……ザフィルあなた、何かした?」

「胸のあたりの痛覚を止めているだけ。10日ぐらいかけて、徐々に戻るようにしてある。その頃には、傷も癒えているだろうから」

 ザフィルはシルリネアと視線を合わせ、ゆるく首を傾げた。

「不都合があるなら、直すけど」

 シルリネアは苦笑した。彼なりの配慮や優しさのようなものを感じる。

「最善のことをしてくれてると思う。ありがとう」

 ふたりのやり取りを見て、メイランが笑う。

「すっかりお前ら戦友なんだな」

 心外すぎる評価に、シルリネアは嘆息した。メイランに文句を言おうとした時、ザフィルと目が合う。

 メイランの視界には入らない角度で、ザフィルはメイランを示しながら口を開いた。

「口は災いの元」

 シルリネアは思わず笑ってしまった。

「どうした?」

 メイランが驚いてシルリネアを見る。シルリネアは大きく首を横に振った。ザフィルは視線を外し、素知らぬ顔をしている。

「なんでもない。そろそろ聖域を閉じるけど、いい? 長居しすぎるのもあまり良くないから」

 神の領域に近い場所に、人が長く居るものではない。

 人は人のあるべきところに、戻るべきだ。


 ******


 シルリネアが聖域を閉じた。

 景色が元に戻った。滝が消え失せ、薄荷色の湖が姿を現す。

 ふわりと土と草の香りがした。聖域にはなかったものだ。

 慣れ親しんだ懐かしい香りを、シルリネアは胸いっぱいに吸い込んだ。

 私の家は、残っているのだろうか。ふとそんなことを考える。

 村の外れ、森のほとり。ひとりで住んでいた、小さな家。

 シルリネアは無意識に、足を進めていた。自分の家のある方向へ。

 メイランとザフィルは、何も言わずシルリネアの後を追って歩く。彼女がどこに向かっているのか、ふたりともわかっていた。

「で、残ってんの?」

 シルリネアに聞こえないぐらいの声量で、メイランが隣のザフィルに問いかける。

「わからない。どこにあるのかも、知らない」

 ザフィルは小さく肩をすくめ、メイランが苦笑した。

「だろうと思った」

 あの日、ザフィルは虚無の魔法で村を消し去った。

 人はシルリネア以外すべて消したが、建物には関心を払っていない。

 だから、残っている可能性はある。


 シルリネアの足が止まった。

 目の前に、小さな家がある。

 丸太組みの壁、芝屋根と小さな煙突、小さな窓——。

 肩が小刻みに震える。大粒の涙がとめどなくあふれてくる。

 荷物を投げ捨て、家に走り寄った。

 建て付けの悪い扉を、慣れた手つきで開ける。

 陽光が、小さな家の内部を照らした。


 あの時のままだ。


 家の中央にある炉は、いつでも火をつけられるように準備されている。

 机には、加工途中の薬草が置かれていた。石臼と小刀、木鉢、蜜蝋が、いつもの場所に揃っている。端には美しい白樺材の茶箱。

 シルリネアは知っている。茶箱の中には、木彫りの茶碗が2客あり、茶壺と蜂蜜壺が入っている。お茶菓子として、木の実とコケモモのジャムも入れたはずだ。

 あの日は、バーバ・ロゥに薬草のことを聞いてから、一緒にお茶を楽しむつもりだった。


 小さな窓を開け放つ。

 木製で、ひどく重苦しい、だけど懐かしい窓。

 窓辺には裁縫道具と羊皮紙とペン。ここでよく、繕いものや書きものをしていた。

 見上げれば、梁と垂木には、ところ狭しと薬草が干されている。どこに何を干したのか、シルリネアはまだ覚えている。目を閉じていても、目的のものを掴む自信がある。

 寝台も薬草棚も、食料棚も衣類入れも、何もかも、あの日、あの時のまま——。


「これがシルリネアの家?」

 シルリネアが投げ捨てた荷物と一緒に、メイランが入口から中を覗き込んだ。

 メイランの声で、シルリネアが振り返った。涙でぐしゃぐしゃの顔が、メイランの瞳に飛び込んでくる。彼は優しく微笑んだ。

「入っていい?」

 シルリネアは、何度も何度も頷く。泣きながら、笑いながら。

「いらっしゃい。どうぞ、入って」

 メイランが敷居をまたいだ途端、シルリネアは彼に抱きついた。温かい胸の中で何度か深呼吸をして、メイランを見上げる。薄暗い家の中、光り輝くような笑顔で。

「ここが私の家。小さいけど、でも……」

「いい家だ」

 メイランが笑いかける。シルリネアも笑った。

「ありがとう。大好きな家なの、本当に、大好きで、色々なことが、あって……」

 炉に火を入れよう。

 水をくんでお湯を沸かして、お茶を入れよう。お茶菓子も出そう。

 保存食も残っていたはずだ。何か作って、食べよう。

 机の薬草を片付けて、あの日できなかったことを、しよう。


 ******


 ザフィルは外に残っていた。

 シルリネアの家に入る資格はないだろうし、そうでなくとも——。

「転移門……」

 アザルファの転移門が動いた。北大陸の転移門に、何者かがやってきた。

 あの転移門の存在を知る者が、ザフィルにとって都合の良い者であるはずがない。

 おそらくメイランとシルリネアにとっても。

 今までは、転移門にさしたる関心を払っていなかった。だが今は……。

 掌握下に置いていたアザルファの転移門を、すべて破壊した。

 誰が来たのか調べる必要がある。

 ザフィルは小鳥の魔法生物をもう1羽作り出し、北大陸の転移門付近に置いた。

 ひとりの男の姿が、そこにはあった。

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