表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月白の魔法使いを黎明で殺す  作者: 二羽鳥ごまの
第2章 邂逅が導く
9/18

第9話 魔法王国の遺臣

 ふたりは、十王国を構成するクレイヴェル王国にたどり着いた。

 ヴァルグリムをたってから、既に2か月近くが経過している。

 予想以上に時間を使ってしまったと、メイランは漠然と考えた。とはいえ、時間の制約のある旅ではないし、シルリネアがこの生活に慣れるために、必要な時間だったとも思う。

 関所を通過し、北の街道から領内に入る。

「まずは、王都に行くのが手堅そうだな」

 メイランはそう言って、王都へ向かう街道に足を向けた。

 彼は関所で人探しをしている話をし、どこならその情報が手に入りそうかを聞いていた。役人たちによると、王都がもっとも人と情報が集まる場所とのことだった。

「空振りしたら、中央のアルブレヒト王国にも行ってみよう」

 メイランの言葉に、シルリネアは頷いた。

「うん。ありがとう、色々とやってくれて」

「気にすんな。少しずつ覚えればいい」

 相手の機を読んで懐に入り込むことに、メイランは長けていた。その才能で、彼はあっという間に情報をかき集めてくる。

 シルリネアも人付き合いはできる方だと自負するが、彼ほど上手くは立ち回れない。共感が強すぎると、メイランに指摘されたことがある。

「でも、それがシルリネアのいいところでもあるからなぁ」

 あの時のメイランは、指摘しつつ苦笑していた。

 シルリネアは、半歩前を歩くメイランを見た。時折こちらを振り返り、歩調を揃えながら楽しげに歩いている。

 彼は、生きることが本当に得意そうだ。幸せそうな姿がいっそ、感動的でさえあった。

 いつか、彼に追いつけるだろうか。


 ******


 日が暮れる頃、王都にたどり着いた。

 関所から王都までの距離が近い。メイランの話通り、小さな国なのだろうと思えた。


 宿を確保して旅の汚れを落としたら、体だけでなく、心までサッパリした気分になった。湯を簡単に使えるありがたさが身に染みる。

 土埃がこびりつき、くすんで灰がかっていたシルリネアの髪も、鮮やかな黄金色を取り戻した。

「久しぶりに見たなぁ。俺、その髪好きだな、まさにシルリネアって感じで」

 シルリネアと同じように体の汚れを落とし、部屋に戻ってきたメイランが、開口一番そう言って笑った。

 シルリネアもつられて微笑む。彼があまりにも嬉しそうなので、少し意地悪をしてみたくなった。

「それ、どういう意味? 量が多くてしつこいってこと?」

 シルリネアの悪戯っぽい口調に、メイランが笑う。

「違う違う。金色が鮮やかで明るくて、眩しくて気持ちいいってこと」

 あまりの褒めように、シルリネアは苦笑してしまった。

「ありがとう。そこまで気に入ってくれてるなんて、思ってなかった」

 明日、櫛でも買ってみようか。シルリネアは浮き立つ心のまま、そんなことを考えていた。

 櫛があれば、旅の中でも多少は髪の状態を維持できそうだ。少なくとも、今までのような手櫛よりは、ずっといい。

 頭の中で作っていた買い物リストに、櫛をこっそり追加した。


 ******


 日がすっかり暮れた後、メイランはシルリネアを伴って、酒場にやってきた。

 外にいてなお、喧騒が響いてくる。宿の主に聞いてきた通り、繁盛している店らしい。

 今までこの手の店にシルリネアを連れてきたことはなかったが、そろそろ挑戦してもいい頃合いだ。

 彼女の世間知らずは、だいぶ消えてきた。ヴァルグリムの時のように、メイランの予想から完全に外れるような行動も減っている。何かあったとしても、対応できる範囲に収まるはずだ。

 ——ずっと、安全なところに閉じ込めておくのも良くないよな。

 メイランはそう小さく呟き、自分を納得させてから、酒場の扉を開いた。


 扉を開けると、酒と料理の匂いとともに、人の熱気があふれてきた。

 メイランは面食らっているシルリネアを引っ張って空きテーブルを確保し、店員にいくつか適当なものを注文した。

 淀みなく行われるやり取りに、シルリネアは目を白黒させている。

「この手合いの店は、だいたい手順が決まってる」

 注文を終えたメイランが、シルリネアに説明した。

 あまり深刻になりすぎないよう、つとめて明るく振る舞う。

「いいか、シルリネア。こういう店にゃ、素行の悪い奴らもいっぱいいる。困ったり嫌なことがあったら、俺のところに逃げてこいよ。逃げられそうになかったら、声を出せ。声も出せなけりゃ、何でもいいから音を出せ。俺が気付けるような騒ぎにしろ」

 やや緊張した顔で、シルリネアは頷いた。メイランも頷き返して、ニッコリ笑う。

「よし、そしたら楽しもう。実は、それが一番大事なんだ」

 ちょうどその時、注文していたものが届いた。

 エールのジョッキがメイランの前に置かれ、シルリネアの前にはりんご酒が置かれる。

 続いて、酒のつまみになりそうな、チーズや塩漬け肉の薄切りなどが、いくつか出された。

 メイランは銅貨で代金を支払った後、銀貨を数枚取り出す。まずは1枚、運んできた娘に渡した。

「ありがとう、お姉さん。俺ら人探ししてるんだけど、アステリア王国の生き残りって人、知らない?」

 銀貨を見た娘は、思わず笑顔になっていた。銀貨1枚は、宿の大部屋1泊分。シルリネアは、そう理解している。

 娘は銀貨を受け取りながら、嬉しそうに語った。

「知ってるよ、魔法王国の宮廷魔術師のお兄さんのことでしょ? あの人と知り合いなの?」

「いや、知り合いの知り合いぐらいじゃないかと思ってさ。会ってみたいんだけど、どこに行けばいいかな?」

 メイランは銀貨をさらに1枚、娘の手の内に滑り込ませた。

 これで大部屋2泊分。シルリネアは心の中で数える。

 決して安くない金額だ。おそらくメイランは、この情報が重要なものだと思っているのだろう。

 メイランに散財の習慣はない。だが、大事だと思ったことであれば、彼はかなりの金銭を注ぎ込んでも気にしない性質だった。

 あっという間に銀貨2枚を手に入れた幸運な娘は、少し考えている様子だ。

「うーん、私も店で一回見ただけだから。店に知ってる人いるかもしれないし、探してみるね」

「頼むわ。紹介してくれたら、またお礼するから」

 弾むような足取りで去っていく娘を見送ってから、メイランはシルリネアの方を振り返って笑った。

「しばらく待ってみよう。これで当たりを引けたら最高だなぁ」


 ******


 メイランの言う通りしばらく待っていると、先程の娘が戻ってきた。

「あそこの人が、宮廷魔術師のお兄さんの知り合いなんだって」

 示された先を見ると、老境の男性がいた。

 威厳ある眼光の鋭さが印象的だが、その奥に痛苦の色が見える。

 さらに全体をよく見れば、右腕の肘から先がない。戦で腕を失って引退した元騎士かな。メイランはそう予測した。

「ありがとう、話してみるよ」

 メイランは娘に笑いかけ、銀貨を1枚渡した。

「さ、行くか」

 メイランが席を立ち、シルリネアもそれに従った。


「こんばんは」

 メイランが笑顔で話しかけると、隻腕の老人が顔をあげた。

「俺、メイランっていいます。こっちはシルリネア。この店の()から紹介いただきまして、ご一緒してもいいですか?」

 老人の鋭い目が、メイランとシルリネアを射る。値踏みというには殺気が強い。メイランはそう感じて、警戒を1段階引き上げた。しかし、表情と態度には出さない。

「……好きにしたまえ」

 しゃがれてくぐもった声だ。この老人の歩んできた厳しい過去が、見えるような。

「どうも。じゃあお言葉に甘えて」

 メイランは笑顔のまま、椅子に座った。シルリネアも促して座らせた。


 ******


 椅子に座ったシルリネアは、老人の失われた右腕を見ていた。私はあれを癒せるだろうか。そう自問する。

 できる気がする。反動はどれぐらいだろう。

 通常であれば、反動は癒した量の1割程度——指一本ぐらいだろうか。

 手札として数えておこう。

 シルリネアは癒しの魔法を、そっと心の中から呼び起こした。


 ******


「アステリア王国の元魔導騎士団長閣下……ぐらいですかね?」

 メイランがさらりと言った言葉に、老人は目を見開いた。メイランが笑う。

「当たらずとも……ってところでしょう? 俺、こういうの得意なんです」

 メイランの後ろで、シルリネアも驚いていた。どうやって当てるのだろう、まるで魔法だ。メイランは、魔法が使えないのに。

 老人は重々しく息を吐いた。

「……近衛騎士団の副団長だ。元、な」

 老人の言葉を聞いたメイランは、表情を引き締めた。口角の端に、笑顔の残り香が漂う。

「腕を負傷されて引退し、気候の良い十王国で静養していたら……王国がなくなりましたか」

「……いかにも」

 苦渋を煮詰めて吐き出したような、どろりとした呻き声だった。

 メイランは老人の様子に、少し心が傷んだ。この人は、祖国滅亡の報を聞いてから、ずっと後悔し続けているのだろう。その時から、自分の時間を動かしていないように見える。

「俺たちは、とある魔法使いを探しています。彼女……シルリネアの故郷を『一瞬で』滅ぼした魔法使いです」

 メイランの言葉に、シルリネアの顔が強張った。それと同時に、老人も驚愕の表情を浮かべる。

「村でも国でも、そんなに広い場所を『一瞬で』滅ぼせる魔法使いなんて、そういないと思います。だから、同一人物だと思うのですが」

 老人は、メイランとシルリネアの顔を交互に見つめた。その後、大きく何度か深呼吸をする。固まって動かない歯車を、揺さぶってみるような呼吸だった。


「……わかった。案内しよう、その話のできる者のところへ。私などよりも、ずっと詳しい者がいる」

 まだ若い魔法使いの姿を、老人は脳裏に描いた。

 穏やかだが才気煥発、怜悧なのに人情味のある、強い意志を持った青年の姿を。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ