第8話 破壊の後に残るのは
「……ない」
月白色の髪の少年は、村の外れで呟いた。
人の気配は既にない。ひとりを除き、全員消去した。
ここで間違いないはずだ。北の果て、万象の背骨の内側、緑と水にあふれる聖域。
生命の源
すべて破壊した。
魔法的な反応も破壊した。
魔力で作った探査の糸を網のように広げて全体を覆い、ネズミの巣穴に至るまで探し尽くした。
それでも、生命の源は見当たらない。
であるなら、答えはひとつしかない。
元々、存在しなかった。
「まあいい」
感情のない、乾いた平板な声。
生命の源というものに、興味があった。だが存在しないのであれば、もはや留まる理由はない。
あの娘の瞳が、脳裏をよぎった。
凄まじい執念を宿して伸ばされた手。
あの目、あの手——。
ほとんど霞んでしまった、あの日——。
何の予兆もなく、少年の姿がかき消えた。
まるで、元から誰もいなかったかのように。
木々の間を渡る風と、どこからか聞こえてくるせせらぎの音だけが、後に残った。
******
十王国に向けて、シルリネアとメイランは街道を南下する。
旅の中、シルリネアは思い知った。メイランは強い。様々な意味で。
彼はとにかく、生きる力が強かった。生命力の塊と言っていい。
彼はいつでもどこでもすぐに眠れるし、すぐに起きられる。
とても眠れそうにない岩場や泥濘の中でも、メイランはすぐに眠ってしまう。多少揺すっても起きないぐらい、熟睡できる。
それでいて、野営の時に狼や野盗などが接近すると、どれだけ眠っていてもすぐに目覚める。起きているシルリネアよりも、眠っていたメイランの方が、気付くのが早いぐらいだ。
とある日、シルリネアが寝起きについて尋ねると。
「慣れかなぁ。昔からそうだったんだよ」
と、何とも参考にならない答えが返ってきた。
食べるものも、まったく選り好みをしなかった。
多少の砂や泥が混じったものでも、一切気にしない。たとえ、シルリネアが閉口するようなものであっても。
泥のような色と見た目と臭いのスープさえ、メイランは気にせず飲んだ。
「それ、本当に美味しいの……?」
シルリネアがおそるおそる聞く。
「うーん、美味くはないけど。食えるし」
平然としているメイランを見て、シルリネアは、彼には味覚がないのではないかと疑いはじめていた。
しかし別の日。道端で実っていた果実を、メイランは無造作にむしって口に運んだ。その直後。
「苦っ。食わない方がいい」
と言って即座に吐き出し、口の中を水ですすいでいた。
それを見てシルリネアは、メイランにもどうやら味覚はあるらしいと理解する。
ただし、だいぶおおらかな味覚だと言わざるを得なかったが。
さらにメイランは、路銀を稼ぐのも上手かった。街でも村でも、彼はあっという間に即金、または一宿一飯との引き換えに、何らかの仕事を見つけてくる。
「ちょっと行ってくる」
メイランは宿を確保するなり軽い足取りで仕事に赴き、同じような軽さで戻ってきた。
力仕事でも護衛でも、魔物や野盗退治でも、その様子に変化はない。危ない仕事をしても、怪我をして帰ってくることはなかった。せいぜい、小さなかすり傷を作るぐらいだ。
メイランが稼いでいる間、シルリネアも何とか自力で路銀を稼ごうと、あれこれ試行錯誤した。
皿洗いや洗濯、掃除、繕いものなどの下働きからはじめ、薬草の採集と販売、子守、代筆、代読など、できることを増やしていく。
メイランほど高効率では稼げない。それでも、自分の力で何とか生きていけそうだと思えたことは、シルリネアにとって大きな自信になった。
いずれ、メイランに肩代わりしてもらった様々な費用を返したい。そう思いながら、シルリネアは貯蓄にも勤しんだ。
******
旅の間、メイランはシルリネアに剣術の稽古をつけた。
シルリネアは意外にも筋が良く、体の使い方も上手かった。そのことを褒めると、彼女は嬉しそうに笑った。
「ありがとう。村で習ったの、護身術だっていって」
護身術という言葉の通り、シルリネアの動き方は、身を守ることに特化していた。あらゆる体勢から身を守る、あるいは逃げる姿勢に切り替える方法を、彼女はよく知っていた。
攻撃の方法を何通りか覚えることができれば、まずは合格と言って良さそうだ。
「十王国っていうのはさ」
とある野宿の日、稽古と食事を終えてから、メイランは、シルリネアに行き先について話した。
「小さな10の王国が、固まっているところなんだ。王国同士は緩く連合していて、血縁関係もあるんだと」
メイランは、日暮れまでに集めてきた小枝を、火の中に投じながら話す。
「で、その十王国より少し南東に、アステリア王国、別名魔法王国っていうのが『あった』んだけど……何年か前に滅びてるんだよな」
滅びた。その言葉に、シルリネアはびくりと身を硬くする。
「で、アステリア王国の生き残りが、十王国にいるらしい。前にショウランから聞いた話だから、いるのは間違いないと思う。そんで、その生き残りから話を聞くに『一瞬で滅びた』と」
「一瞬……!」
シルリネアが息を呑む。
「似てるよな」
メイランの確認に、シルリネアは確信をもって頷いた。
「だから、ひとまず十王国で、その生き残りとやらを探してみよう。そこに手がかりがなければ、アステリアにも行ってみよう。どうだ?」
「私もそうしたい。……ありがとう、メイラン。そこまで考えてくれて」
強張っていたシルリネアの表情が和らぎ、徐々に笑顔が浮かんできた。
メイランは、ほっと息を吐き出した。彼女のつらそうな表情は、あまり見ていたくない。見たくなさすぎて、アステリア王国滅亡の話を、ここまで言えずに来てしまった程度には。
「じゃあ、そういうことで。あと2、3日で十王国に入れるはずだから、もうちょっと頑張ろうな」
メイランは、意識的に軽い雰囲気を作る。
いい加減な歌を口ずさみながら小枝を一本折り曲げ、焚き火の中に放り込んだ。
火はあっという間に小枝を飲み込み、その勢いを増して踊った。




