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月白の魔法使いを黎明で殺す  作者: 二羽鳥ごまの
第11章 破壊の救済
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第89話 破壊が繋ぐ

「はじめよう」

 ザフィルが宣言した。

 シルリネアは座っている。傍らには、メイランがいる。

「メイラン」

 ザフィルが声をかけた。

「終わるまで、シルリネアと僕には触らないで。魔法を使うから」

「わかった」

 メイランは緊張しながら、頷いた。

 彼が触れることにより魔力が途切れると、危険な状態になりかねない。だから、メイランの了承を受けるのは必要不可欠だった。


 まずシルリネアにかかっている、止血不能の呪いを解除する。

 彼女が負傷することを、ある程度は許容できる状態まで持っていく。

 だがザフィルは、呪いを解かない。

 破壊する。

「解く」という概念に囚われすぎていたせいで、難しいと判断していた。

 破壊ならば容易い。

「すぐに終わる」

 シルリネアの身体に、ザフィルは探査の糸を滑り込ませた。

 呪いの状態を確認する。

 血管全体に、呪いが張り付いていた。

 試しに、ごく一部だけ呪いを壊してみる。構造を少し崩しただけで、バラバラに砕けた。

「少し壊した。痛い?」

 シルリネアに問う。彼女は首を横に振った。

「何も感じない」

「そう。痛かったら教えて」

 シルリネアの頷きを確認したら、メイランの瞳が目に飛び込んできた。温かくて、優しい色だ。信頼と不安が半分ずつ宿っている。

 瞳の中の不安の配分を、これ以上増やしてはいけない。


 探査の糸を、シルリネアの血管に張り付く呪いに沿わせた。そこに、呪いを崩すための魔法構造を流す。

 途端に、呪いが全身のあちこちで崩壊しはじめた。生命に影響しない末端の血管からはじめて、少しずつ中心部に、太い血管に進めていく。

 シルリネアが苦笑して、軽く身をよじった。

「痛くないけど……ちょっとくすぐったいかも」

 太い血管の呪いを崩すと、痒みが出るようだ。ということは、大血管や心臓に張り付いた呪いは……。

「次は、身体の中心に少し衝撃があるかもね。いくよ」

 大血管と心臓に張り付いた呪いを、一度に破壊した。

 シルリネアが、びくりと数度痙攣した。両手を地面につき、体を支えている。少し呼吸が乱れているようだ。

「おい」

 メイランが声を出した。シルリネアへの呼びかけなのか、ザフィルへの呼びかけなのか、判断がつかない。きっとメイラン自身も、わかっていない。

 メイランは、シルリネアに触れないことがもどかしいようだ。それでも彼は、ザフィルとの約束を守り、シルリネアに触れないようにしている。

 ザフィルはシルリネアの体内に巡らせた探査の糸の密度を上げ、全身をくまなく確認した。

 呪いはもう残っていない。手の血流と神経を妨げていた魔法的な障害も、ついでに壊した。きっとこれが、癒しの反動だろう。手が痺れていたに違いない。

 この程度の反動なら壊せることを、ザフィルは理解した。だが、もっと大規模な反動だと……苦痛を和らげることしか、できそうにない。

「終わった。呪いはすべて壊した」

 シルリネアは目を丸くした。

「もう終わったの?」

「手の痺れも取れたでしょ」

 ザフィルの言葉に、シルリネアはまた驚く。

「……本当だ……」

 シルリネアは目を丸くしたまま、手を動かした。

「破壊は得意だからね」

 わずかに肩をすくめて、ザフィルは言った。

「メイラン、シルリネアに触ってもいいよ。落ち着いたら、次に進もう」

 シルリネアの呪いを壊し、ザフィルはだいぶ気が楽になった。

 次は自分の心臓だが、壊れたところで結局のところ——どうということもないのだから。


 ******


 メイランはザフィルの許可と同時に、シルリネアを抱きしめた。シルリネアも嬉しそうに抱き返してくれる。幸せだ。それ以外の気持ちはない。

 しかし。

 彼女が呪いに侵されたのは、自分の我儘の、弱さのせいだ。

 ザフィルの——殺しても飽き足らなかったはずの命を、救ったから。

 自分のせいで、愛しい人をこれ以上苦しめるのは……耐え難い。


 少しだけ身を離し、シルリネアの瞳を見た。いつも通りの、綺麗な薄荷色。宝石なんかよりも、ずっと美しくて魅力的だ。

 愛おしさがあふれて、メイランはシルリネアの頬に口づけをした。シルリネアがクスクスと笑う。メイランはもう一度抱きすくめた。

「ザフィル、ありがとう」

 顔をあげ、弟に礼を言う。ザフィルはわずかな間をあけた後、口を開く。

「僕が作った呪いだから」

 礼には及ばないということだろうか。謙遜とも傲慢とも取れる様子に、メイランは苦笑する。

 それと同時に、あの頃の弟がどれだけ死を望んでいたのかも、思い知らされた。出血が止まらない呪いを、自分に与えようとしていただなんて。

 シルリネアは「死にたがりの病」と言っていた。

 メイランはあの頃のザフィルを、死にたがりの目をしていると思った。

「ザフィル」

 シルリネアを腕の中に抱えたまま弟の名前を呼び、手招きする。ザフィルは兄の意図を読みきれず、首を傾げてから寄ってきた。

「なに」

「顔見せて」

 ザフィルの眉がかすかに寄せられた。メイランは微笑み、弟の顔を、目を、じっと見つめた。

 整った顔をしているが、美男子と言うには陰鬱さが強すぎる。儚げな美少年と言うには、知性が勝ちすぎる。さらに痩せすぎて、血色に乏しい。

 特徴的な褪紅色の瞳は、生気に欠けている。多くの人は、瞳の色の珍しさや全体の美しさに気付く前に、不吉さや不気味さを強く感じるだろう。

 それでも、かなりマシになった。

 生気はなくとも、死にたがってはいない。

「シルリネア」

 腕の中の愛しい人の名を呼ぶ。愛しい人が微笑む。

「ザフィルを助けてくれて、ありがとう。さっき言ってた話、わかった気がする」

 あまりにも言葉足らずだった。それでもシルリネアは、メイランがザフィルの何を見ていたのか、理解したらしい。誇らしげに笑う。

「でしょ。あと少しだから。そうしたらきっと、あなたの弟を返してあげられる。待っててね、メイラン」


 ******


 弟を返してあげられる。

 シルリネアはそう言った。返ってなかったのだろうか、自分は。よくわからない。

 だが、少なくとも彼女が「メイランの弟はまだここにはいない」と思っていることは、理解した。触媒が帰還を阻んでいると考えていることも。

 小さなため息をつく。

「そろそろいい?」

 楽しそうにくっついているふたりを妨げるのは気が引ける……はずだ。

 だが、実感はない。

 やはり欠けているのだろう。欠けているという実感さえなかったが。


「最後の確認」

 ザフィルは淡々と言葉を紡ぐ。

「要領はさっきと同じ。触媒は僕が壊す。シルリネアには、僕が壊れたら癒してほしいけど、嫌なら放っておいて。僕の記憶は好きなだけ『視て』いい」

「癒さないはずないでしょ。今になって何言ってるの」

 シルリネアが少し憤慨しつつ言った。ザフィルはあえて彼女の憤慨を無視する。ここで言葉の応酬をする気はない。

「メイランに頼みたいこともさっきと同じ。シルリネアと僕に触らないこと。たとえ倒れたとしても。ただし……」

 一呼吸。

「シルリネアが危険だと思ったら、すぐ僕に触れて。それでシルリネアが戻れるようにする」

 ザフィルはそう言って、シルリネアにいくつかの魔法を施した。

「なに、これ?」

 シルリネアは、ザフィルから魔法的な何かを渡されたことを理解したが、それ以上のことはわからないようだった。ザフィルがふたたび口を開く。

「あなたの魔法の反動は、外見に出ないことがあるみたいだから。メイランがわかりやすいように、全部の反動が外に見えるようにした。出血として現れるはずだ」

 シルリネアが目を丸くする。

「なにそれ、どうやってそんなこと……」

「魔力の流れ方を変えただけ。たいしたことじゃない」

 シルリネアの驚きを受け流し、ザフィルはメイランと視線を合わせた。

「メイラン、これで彼女の反動は見えやすくなったと思う。もう一度言うけど、シルリネアが『危険』だと思ったら僕に触れて。それで彼女は僕から切り離される」

「わかった。でもお前は……?」

 メイランの瞳に不安がよぎった。ザフィルは、やはり淡々と答える。

「わからない。ただひとつ言えるのは。シルリネアの『危険』さを無視すると……彼女が死ぬということ」

 シルリネアが危険な状態に陥るのは、ザフィルを癒している時だろう。

 だからシルリネアの癒しを強制的に中断すれば、ザフィル自身が死ぬかもしれない。しかしそのことを、メイランに言うつもりはなかった。

 これ以上怖がらせる気はない。

「シルリネア」

 ザフィルが声をかける。

「好きな時にはじめて。合わせる」

「わかった」

 シルリネアはザフィルに頷いた後、メイランを見て微笑んだ。

「大丈夫。私もザフィルも、帰ってくるから。約束する」

 メイランをぎゅっと抱きしめてから、シルリネアはそっと離れた。メイランも微笑む。つらそうではあったけれど。


 シルリネアは何度か深呼吸をして、自分を落ち着かせる。

 精神を集中させてから、ザフィルを「視る」ために癒しの魔法を解き放つ。

 ザフィルはシルリネアの魔法を追って、自身の中に潜り込んでいった。

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