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月白の魔法使いを黎明で殺す  作者: 二羽鳥ごまの
第11章 破壊の救済
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第88話 極限

 ザフィルの言葉に、メイランはぶるりと震えた。

 せっかく取り戻したのに。またこぼれ落ちてしまう。

 怖い。

 首を切ったばかりなのに。次は心臓を壊すのか。


 ******


 メイランの腕に抱かれているシルリネアは、彼の震えに気付き、ため息をついた。

「ねえ、ザフィル」

 声をかけると、ザフィルはシルリネアに視線を向けた。

「なに」

「あなた、お兄ちゃん大好きよね」

 ザフィルは少し考えてから、頷く。

「……そうだね」

 否定する要素が見当たらない。

「じゃあ、お兄ちゃんを悲しませないで」

 ザフィルは怪訝そうに眉をひそめた。

「メイランが、悲しい? なぜ?」

 うつむいているメイランの顔を覗き込もうと、近寄ってきた。

 メイランはシルリネアを片腕で抱き寄せる。

 そして。

 空いた手で、ザフィルの頭をはたいた。

「当然だ! 頭いいくせにバカだろお前」

 ザフィルは驚いて目を丸くしている。シルリネアは思わず吹き出してしまった。

「お前は自分の死を前提にしねぇと動けねぇのか!」

「前提にしていない」

「してるだろうが!」

 メイランの剣幕に圧されて、ザフィルはもう一度考える。

 死ぬ可能性はある。だが、死なねばならない構造ではないはずだ。

 それなのにどうして、メイランはこんなに怒っているのだろう。


 ******


 シルリネアが、メイランを抱きしめた。

 頬をこすり合わせ、愛しげに微笑む。

「メイラン。私の大好きな、優しい人。大丈夫、怖がらないで。あなたはもう、なにも奪われない。ね、私に任せて」

 彼の腕からするりと抜け出して、シルリネアはゆっくり起き上がった。

 メイランの前に立ち、ザフィルと向き合う。

「メイランは、ずっとあなたを探していた。やっと見つけて、一緒にいられるようになった大切な弟。そうよね」

 シルリネアはザフィルを見据えた。彼は、不思議そうにシルリネアを見ている。

 言葉を続ける。

「それなのにザフィル、あなたは自分をメイランに殺させようとするし、自分で首を切るし、次は心臓を壊すと言う。どれだけメイランを悲しませれば、気が済むの? こんなに傷つけないといけないぐらい、メイランはあなたに酷いことをしたの?」

 ザフィルは困惑して、首を横に振った。

「ちがう……メイランは、なにも……」

 兄はいつも優しい。温かくて、大きい——どんな時だって。

 シルリネアは、大きなため息をついた。

「あなたの提案、確かに私は損しない。きっとあなたも損をしないんでしょう。でも、メイランは損してる。大切な弟の心臓が、一度は絶対に壊れる。私が癒せなければ、メイランの大切な弟(ザフィル)は死ぬ。癒せたとしても、私にどれぐらい反動がくるかわからないって、きっと思ってる。その恐怖を、あなたの兄(メイラン)だけが味わっている。その不公平さと酷さが、わからない?」

 ザフィルは、言葉を失った。


 ******


「シルリネア、ありがとう。もう落ち着いたから」

 メイランは微笑み、シルリネアの後ろから腕を回した。

 シルリネアをぎゅっと抱きしめて、すぐに解放する。

 彼女の微笑みが、目の端に見えた。それだけで心が軽くなり、勇気づけられる。

 ザフィルと目を合わせた。

「ザフィル、まずはごめん。お前の頭を叩いたのは、よくなかった」

 頭を下げた。

 ザフィルは呆然としている。

 メイランは顔をあげ、言葉を続けた。

「心臓と触媒の話、正直、俺にはよくわからねぇし、役に立たねぇのもわかってる。でも俺が意見を言えるなら、お前の案には反対する。俺はお前もシルリネアも失いたくないし、傷つくのだってつらい」

 言い切ってから、苦笑する。

「でも、それしか方法がないなら……。その時は、認めるよ」

 シルリネアがメイランの横で、優しく笑った。


「だから、もうちょっと考えてみてほしい。完全に、俺の我儘だけど」


 ******


 ザフィルはひとり、考えに沈んでしまった。

 座り込んで膝を抱え、うつむいている。

 きっと、メイランに言われた通りのことをしているのだろう。

 他の方法がないのか。その検討を。


 シルリネアは、ザフィルをそのままにした。

 少し離れた場所にいたメイランに近寄る。

「メイラン」

 呼びかけると、メイランは微笑んだ。

「さっきは助かった」

 シルリネアも微笑みを返す。彼を手助けできて、本当に良かった。

「私ができることなら、いくらでも」

 メイランの手を取り、そっとさする。

 シルリネアの両手は、痺れていて動かしにくい。ザフィルを癒した反動だ。

 大したことはない。明日には元通りになるだろう。

「後で、ザフィルの手も見てね。ちゃんと全部、治したから。本来の姿に」

「そっか、ありがとう。そうする」

 メイランが薄く笑った。少しつらそうに。

「何度も壊されたって、あいつ言っててさ。自分の手を見たくなさそうで、気になってたんだ」

「……そうね」

 シルリネアは「視た」。だからわかる。あれだけ壊されたら、誰だって……。

 そういえば。

「ねえ、メイラン」

「ん?」

「ザフィルのこと、少し話してもいい?」

「そりゃあもちろん。どうした?」

 シルリネアは地面に座り込んだ。メイランも彼女に倣って座る。

「多分なんだけど。心臓にくっついてる触媒が、ザフィルの死にたがりの原因だと思う」

「え?」

 メイランは驚きの声をあげた。シルリネアが頷く。

「彼、最初よりはだいぶ、死にたがりじゃなくなったと思わない? 少なくとも、自分の首を切るような雰囲気はない。あれね、前回は触媒が心臓を越えて、根を張り出していたの。癒した時にそれを視て、全部消して……だから、ザフィルの胸に、何かあるって気付けた」

 メイランが考え込むようにうつむいた。その仕草が、ザフィルとよく似ている。

 程なく、メイランは顔をあげた。

「……その張り出した根をシルリネアが消してくれたから、死にたがりが弱くなった?」

 シルリネアは、もう一度頷く。

「多分そう。きっと触媒が育つたびに、死にたがりの病が悪化する。それに耐えられても、触媒の侵食が酷くなれば、今度は彼の身体が耐えられなくなって……死ぬと思う」

「何がどうあっても殺すつもりかよ、ふざけやがって」

 メイランが吐き捨てるように言った。シルリネアもまったく同意見だが、今は言葉を続ける。

「とにかくあの触媒は、寄生先を、つまりザフィルを、死に追いやろうとする。触媒に侵されてザフィルが死んだ時に……彼の言う神降ろしが実現するのかも」

 彼の死は鮮やかに開花し、神を呼ぶ。

 呼ばれた神は、触媒ごとザフィルを乗っ取り——アザルファの望みが成就するのだろう。

 アザルファの望みが何なのかはわからないが、良いものだとは思えない。

 シルリネアは眉をひそめ、俯く。

 メイランは苦々しく嘆息し……ひとつのことに気がついた。

「あれ、じゃあもしかして、あいつが首切ってそのまま死んでたら、やばかったって話になるのか?」

 シルリネアは目を見開いてから、ふわりと悪戯っぽく微笑んだ。

「メイラン、あなた世界救ってるのかもね。私も、世界を滅ぼす手助けをせずに済んだのかな」

「マジかぁ」

 メイランが笑うと、重苦しい空気が軽くなった。

 シルリネアも嬉しくなって、笑う。

 彼の笑顔は、世界を滅ぼしたり救ったりする話よりも、ずっと大切だ。


 ******


 メイランを悲しませず、傷つけない方法を、ザフィルはずっと考えている。

 見当たらない。

 どんな手段を使うにせよ、シルリネアの助けが必要だ。彼女の癒しの魔法が。

 そうしないと、自分は死ぬだろう。

 自分で直すのでは、間に合わない。それでは、メイランを悲しませることになる。

 シルリネアの癒しの魔法なら、確実に間に合う。

 だが彼女に反動がくる。それもメイランを悲しませる。

 八方塞がりだ。すべての要求は満たせない。

 だから、メイランの悲しみを最小化する方向で考えた。

 シルリネアに頼る部分を、最小限にする。彼女の傷は、自分が直す。

 それしか思いつかない。

 兄の姿を探す。メイランは、シルリネアと楽しそうに笑っている。機嫌が良くなったのだろうか。

 ザフィルは立ち上がり、ふたりのもとに歩を進めた。

「メイラン、シルリネア」

 ふたりの名を呼ぶと、四つの瞳が揃ってこちらを向いた。

 褐色の瞳と、薄荷色の瞳。色はまったく違うのに、よく似た温かさを感じる。

「決まった?」

 シルリネアの言葉に、ザフィルは頷いた。

 メイランが笑顔を向ける。

「じゃあ、俺はそれでいい。シルリネアがいいって言うなら、だけどな」

 ザフィルは首を傾げた。

「まだ何も言ってないけど」

 メイランが笑う。

「俺はお前に、もう一度考えてほしいって言った。お前は考えてくれた。だから、これ以上は望まねぇよ」

「そう……わかった」

 ふたりのやり取りを見ていたシルリネアが、苦笑する。

「メイランはそれでいいかもしれないけど、私には説明して。私の力、必要なんでしょ?」

「そうだね」

 ザフィルは素直に頷いた。彼女の協力は、どうしても欠かせない。

「シルリネアの負担は、できるだけ減らす。反動は僕が直す。基本的な流れは同じだけど……」

 心臓を壊しても、シルリネアがいれば治る。それでいいと思っていた。

 だが駄目だった。それなら、自分の負担を増やす。

 髪の毛よりも細い根であっても、ひとつずつ丁寧に、すべて破壊し尽くしてやる。

「精密破壊の極限を、見せてあげるよ」

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