↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月白の魔法使いを黎明で殺す  作者: 二羽鳥ごまの
第11章 破壊の救済
86/123

第86話 古き神の聖域

 森の奥にある湖で、シルリネアは立ち止まった。

「ここが聖域?」

 シルリネアのやや後方を追っていたメイランが、尋ねる。ザフィルの小鳥は、程よい梢に止まった。

 薄荷色の湖だ。メイランは真っ先にそう思った。シルリネアの瞳の色と同じだ。木漏れ日は黄金色、シルリネアの髪の色。

「そう。ここが、聖域」

 シルリネアが穏やかに微笑んだ。

「ここで私が同調すれば、聖域が開く。だから、他の人には見つけられない」

「シルリネアだけが開けんの?」

 メイランの問いかけに、シルリネアは寂しく笑った。

「他にもいたけど……もういないから」

 あの日、村と一緒にいなくなってしまった。

「本当はね、何人かで一緒に開くものなの。でも私ひとりしかいないから……ちょっと大変だと思うけど」

 嫌な予感がする。メイランは不安になって尋ねた。

「それ、怪我とかは……」

 血が出たら死ぬ。ザフィルに言われたことが頭をかすめる。

「大丈夫、疲れるだけ。休めば戻る」

 シルリネアが微笑んだ。

「ザフィルが来たら、始めるから」


 ******


 ザフィルは歩きながら、考えていた。

 シルリネアの呪いのこと、そして、自身の胸の内にある触媒のこと。

 触媒に餌を与えない方法は、ないだろうか。

 触媒の周辺、探査できなくなるあたりに、魔力を阻む壁を立ててみると、魔力の流れが変わった。ほんのわずかだが、触媒に流れ込む魔力が減った気がする。

 壁を広げると、その分だけ魔力の流量が減った。さらに壁を広げる。このまますべて遮断できれば——。

「……っ!」

 強烈な痛みを感じ、ザフィルは胸を押さえてしゃがみこんだ。痛覚を遮断する暇さえない。

 油断していた。備えておくべきだったのに。

「そういう、こと……!」

 魔力を阻む壁を少し減らした。減らした分だけ、傷みがひいていく。

 心臓だ。

 触媒は心臓に取り付いている。あるいは絡まっている。

 触媒に十分な魔力が流れなくなると、心臓に傷みを与える。それでも魔力を遮断し続ければ、ザフィルの体が彼自身の意思を離れて、勝手に魔力を流すようになるだろう。生命維持が優先される。


 ——あなただけで何かしようとすると、失敗する。

 シルリネアがあの洞穴で言った言葉が、脳裏に響いた。

 ザフィルは呼吸を整えながら、傷みを感じない程度に調整した。

 魔力の流量は、半分も減らせなかった。

「アザルファ……! お前の、望みなど、叶えて、やるものか……!」

 ザフィルは怨嗟の限りをこめて呟き、傲然と立ち上がった。


 ******


 シルリネアとメイランがしばらく休んでいると、ザフィルがやってきた。

「ずいぶん遅かったのね」

 シルリネアが呆れ声で言った。

「考え事を少しね」

 ザフィルが淡々と答える。その口調は普段と変わらないが……。

「お前、顔色悪くねぇか」

 メイランが心配そうな様子で、ザフィルに寄ってきた。

 察しがいい。ザフィルは嘆息する。

 この鋭さは兄の素晴らしい長所だが、今はあまり発揮してほしくない。

「光の加減でしょ」

 ザフィルはそう言って、顔に触れようとしてくるメイランをあしらった。メイランだけに見えるよう、小さく首を横に振ると、メイランもこっそり頷いた。

「そうかなぁ」

 メイランはそう言って、ザフィルの頭をぐしゃっとかき回してから、彼の前に立つ。シルリネアに、ザフィルの顔色を察せられないように。

 シルリネアは、ふたりのじゃれ合いを呆然と見守っていたが、徐々に優しい微笑みに変わる。

「もう少し湖の近くに寄って。聖域を開くから」

 メイランとザフィルは、素直に湖のごく近くまで足を進めた。

「ナスラル……」

 ザフィルが呟くと、シルリネアは苦笑した。

「やっぱりわかるのね。そう、ここはナスラルの聖域」

「ナスラルって?」

 メイランの問いかけに、ザフィルが答えた。

「古い神。光の神なんかよりも、ずっとね。創生の神だけど、古すぎて、もう信者も神殿もないとされてきた」

 ザフィルがシルリネアを見る。

「君は、ナスラルに捧げられた娘だ。生命の源(ヴェルス・ゲル)とあわせて、聖域を構成する存在。……違う?」

 シルリネアが微笑んだ。

「あたり。この湖を、私がヴェルス・ゲルにする。それで、聖域が開く……」

 シルリネアは意識を集中して、湖に足を踏み入れた。

 湖面が淡く発光した。湖に虹がかかる。何かが始まるときの期待感が自然と湧いてきて、胸が踊る。

 メイランは、シルリネアを取り巻くあらゆるものの美しさに、息を呑んだ。


 ******


 ザフィルは勝手に湧き上がってくる高揚感を、唾棄する思いで脇に押しやった。神はいつでも、何かを強制してくる。

 シルリネアもそうだろう。彼女は受け入れているが、自ら望んで神に捧げられたのではあるまい。

 いつの間にか、あるいは仕方なく、そうなったのだろう。

 ——ああ、本当に腹が立つ。

 どいつもこいつも、僕たちに押し付けてくる。

 もう、いい加減にしてほしい。


 ******


 シルリネアは、湖の中央まで進んだ。

 足首のあたりまで水に浸かっているが、それ以上の深さには落ち込まない。このあたりの水深は、ずっと深いはずなのに。

 湖に支えられている。受け入れてもらえている。

 これなら、聖域を開ける。

「ナスラル……あなたの娘が参りました。どうか聖域を開けてください。私には、あなたの力が必要です……」

 天に向かって(こいねが)うと、湖が変容した。

 湖面がすべて地面になった。湖だった大地の奥には崖が立ち現れ、細い瀑布が幾条も流れている。

 風は静まり返り、滝の音ばかりが耳を打つ。

 穏やかに振り返った。

「これが……この森全体が、聖域。あの滝がヴェルス・ゲル。生命の源」

 微笑む。

「ここなら安全だから。ザフィル、あなたの体を『視せて』」


 ザフィルはかすかな嫌悪感で硬直したが、すぐに諦めた。

 確かに安全だ。ここなら魔族さえ、気付くことはない。神の力を借りるのは業腹だが……仕方がない。

 シルリネアの近くに行き、ザフィルは地面を示す。

「横になればいい?」

 シルリネアは微笑んだ。

「横じゃなくてもいいけど……あまり動かないようにしてくれれば」

「わかった」

 ザフィルは地面に座ることにした。

「メイラン」

 メイランを呼ぶ。

「僕が痛そうだったり苦しそうだったりしたら……僕に触って。そうすれば、魔法が途切れて戻ってこられるから」

 アザルファの冷たい手を、振り払ってくれた時のように。

 ザフィルはシルリネアの魔法の動きを、自分の魔力で追うつもりだった。痛覚は事前に遮断する。

 万一の時は、メイランに守ってもらおう。痛覚の遮断を解除すれば、表情に出るはずだ。先刻のように。

「わかった」

 メイランが頷く。ザフィルはメイランを手で引き寄せ、さらに耳打ちした。

「シルリネアが出血したら、その時も止めて。対処する」

 おそらくシルリネアは、自覚できないだろう。だから、こちらで何とかする。

 何ができるかは、蓋が開かないとわからない。

 メイランがかすかに震えた。だがすぐに、視線で了承の意を示す。

 彼はザフィルの肩を軽く叩き、シルリネアの近くに寄った。

「シルリネア。俺は、お前にも無理してほしくないから……程々に……って言うのも、おかしな話だけど」

 言葉にならない。その代わりにメイランは、シルリネアを抱きしめた。

 シルリネアも嬉しそうに、メイランの背に手を回す。

 名残惜しげにシルリネアを手放して、メイランは笑った。

「弟を、よろしく」

「任せて」

 シルリネアが微笑んだ。薄荷色の瞳が輝き、黄金色の髪が揺れる。

「じゃあ、始めるわね」

 シルリネアの手が、ザフィルの体に触れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。