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月白の魔法使いを黎明で殺す  作者: 二羽鳥ごまの
第10章 帰郷は恋人と仇を誘って
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第85話 聖域の宝物

「中までこんなに広いなら、荷馬車が通せそうだな」

 洞窟内を歩きながら、メイランが言った。

「冬の食料が足りない時は、荷車を引いて外に買いに行ってたから」

 シルリネアも微笑む。

「食料を何と引き換えてたの」

 メイランがさらに問い、シルリネアも穏やかに答える。

「毛皮と……あと、色のついた石? みたいなの。あんなのを欲しがるなんて、外には変な人がいるって思ってたんだけど」

「色のついた石?」

 メイランが首を傾げた。シルリネアがクスリと笑う。

「宝石の欠片。村にはよく落ちていて、子供たちが拾って遊ぶの。メイランも拾う?」

 メイランが目を見開いた。

「マジで?」

「もちろん」

 シルリネアも、ただ色のついた石だと思っていた。だがメイランに連れられて諸国を歩くうちに、あの石が宝石と呼ばれ、磨かれ珍重されていることを知った。

 子供たちが投げて遊んだり、宝物としてどこかに隠すような、ありふれたものなのに。

「あそこは宝物庫みたいな場所だ」

 ザフィルがぽつりと呟いた。

「宝石だけじゃない。金の鉱脈もあるし、魔力銀も豊富だ。そのせいか、木々でさえ魔力を帯びている。誰もが欲しがるよ——あまり教えないようにね」

「わかってる」

 シルリネアは頷いた。村のことを誰にも言ってはいけない。それは、村の常識だった。外に漏れたら村がなくなる。そう言われて育った。

 だからシルリネアは、今まで何も言わなかった。村がなくなった後も、ずっと。

 村人たちのことは話したが、メイランにさえ、村の詳細な話をしたことはなかった。

 ここまで来たから、話しただけだ。彼らには、もう秘密にする意味がない。

 メイランは微笑み、シルリネアに言った。

「宝石も金も魅力的だけど……持って帰るのはやめとく」

「どうして?」

 シルリネアの肩を、メイランが軽く抱き寄せる。

「俺の宝物の宝物だから。ひとつも欠けない方がいいに決まってる」

 彼女の頬に素早く接吻して、メイランは笑った。

 シルリネアの頬が赤く染まる。熱を持った頬をメイランの胸に寄せて、こっそり隠した。


 ******


 洞窟を抜けた。

 冷たい風が吹き抜ける。シルリネアのよく知っている風だ。

 眼下には——。

「……帰ってきた」

 ポロポロと涙がこぼれた。あらゆる感情が、薄荷色の瞳からあふれていく。

 震える吐息を吐き切って、拳を握る。手の甲で荒っぽく涙を拭ってから、シルリネアは決然と前を向いた。

「案内する。まずは聖域へ」

 シルリネアは歩きはじめた。慣れた道、慣れた風景。

 足元には、轍の跡が残っていた。


 シルリネアは、舞い踊るような軽い足取りで山をくだる。

 彼女の癖だ。慣れた場所では、いつもそうなる。シルリネアの背を見ながら、メイランは微笑んだ。

 ——本当によく知っている道なんだな。

 微笑ましくもあり、哀しくもある。

 横を歩くザフィルを見た。彼は相変わらず、つらそうに歩く。表情に乏しいが、眉が寄っているのでそれとわかる。

 メイランの視線に気付き、ザフィルが顔を上げた。

「なに」

「お前さ、良心の呵責とかねぇの?」

 シルリネアを視線で示して問いかけると、ザフィルは少し考えた。

「今のところは、ないかな。理屈では理解できるけど」

「そっかぁ」

 メイランが苦く笑う。良心が咎めないのであれば、何を言っても響かない。ザフィルの罪について語るのは、少なくとも今ではないようだ。

 ザフィルは小さく嘆息した。

「魔族の世界は、すごく単純なんだ。強い奴は弱い奴に何をしてもいい。それだけ。僕はその環境で育ったから、まだあいつらの規範がこびりついてる。あの頃は、もっと強く染み付いてた」

 片手を出して眺め、すぐに引っ込める。

「その規範に従って、僕は師匠だったアザルファを殺したし、アザルファは弱くて無知だった僕を壊した」

 メイランの体がぞくりと粟立った。ザフィルが壊される話は、何度聞いても慣れない。

「シルリネアの村も、その延長。彼らは弱かった。だから滅ぼされても仕方ない。今も、その考えは変わらない」

 無機質に言葉が並べられる。

「でも、メイランの言いたいことも理解はできる。実感はないけど」

 ザフィルの目が、シルリネアの背中を追った。黄金色の髪が、陽光を受けて眩しく輝く。

 髪の合間で、薄荷色の髪紐が揺れている。

「……いつか、実感できればいいんだけどね」

 ザフィルの口から、言葉がこぼれた。

 メイランが微笑んだその時。

「ふたりとも早く。日が暮れる前に着きたいんだけど」

 いつの間にか、だいぶ距離をあけていたシルリネアが、ふたりを呼んだ。

「今行く!」

 メイランは笑い、ザフィルの手首を掴んで引っ張った。

「メイラ……!」

 ザフィルが慌てる。メイランに触れられた途端、ずっと張り巡らせている探査の糸がすべて千切れた。これがないと、周囲の状況を確認できない。

 手を離してほしいと訴えようとして……やめた。

 ——まあいい。

 シルリネアがいる。彼女がすべて知っているだろう。

 ザフィルは探査の糸を収めた。それは探査の糸を使えるようになって以来、初めてのことだった。


 ******


 シルリネアは山を下り、森に入った。

 何もかも覚えている。目を閉じても歩ける。それぐらい慣れ親しんだ場所だった。

 木々をすり抜け、さらに奥へ。

 体が軽い。いつまででも走っていけそうだ。

 ——ああ、ここが確かに、私の在るべき場所なんだ。

 いつしかシルリネアは、笑いながら駆けていた。


「速っ」

 メイランが口走る。こんなに軽やかに駆けるシルリネアを、初めて見た。

 不安定な足元をものともしない。

 ザフィルを見やる。自分はシルリネアに追いつけるが、この弟には厳しいだろう。

「背負っていい?」

 メイランはザフィルに尋ねた。彼女に追いつくには、それしかない。

「いや、先に行って」

 落ち着いた声で、ザフィルは言った。

「小鳥で追うから大丈夫。それより、彼女が怪我しないよう見ていた方がいいよ。血が出たら死ぬ」

 メイランがビクリと震える。脳裏に浮かびかけた映像を、慌てて振り払った。

「……先行く」

 メイランはシルリネアに追いつくべく、走る速度をあげた。ザフィルも、小鳥の魔法生物をシルリネアのもとに飛ばした。


 ******


「だいぶわかってきた」

 ひとり残されたザフィルは、歩く速度を落として呟く。

 小鳥がシルリネアに追いついた。彼女の速度に合わせて頭上を飛ばす。程なくして、メイランも追いついてきた。

 シルリネアの移動が速い。まるで、何かに引っ張られているかのようだ。

 故郷に戻った喜びとも取れるが、それだけではないだろう。

生命の源(ヴェルス・ゲル)……」

 森の先に、それがあるのだとしたら。

「古き神……」

 光の神などよりも古くから在ったとされる神。

 既に信者はいないとされる。

 きっと、それだ。

 もしかしたら、シルリネアの癒しの魔法も。


 シルリネアが立ち止まった。目の前には、淡緑色——薄荷色の水をたたえた湖がある。

 彼女の瞳の色と、よく似ている。

 やはりそうだ。ザフィルは確信した。

 シルリネアは、神に捧げられた娘だ。

 彼女自身が、聖域だ。

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