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月白の魔法使いを黎明で殺す  作者: 二羽鳥ごまの
第10章 帰郷は恋人と仇を誘って
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第84話 ままならない

「知らない」

 眉をわずかに寄せたまま、ザフィルは答えた。

「光の神の大神殿の高司祭です。あなたの魔力を感じましたよ」

 ヴェンツェルの言葉に、もう一度記憶を辿る。

 ロランドという名は知らない。だが高司祭で、自分の魔力を残す者……。

「ああ、あれ……」

 思い出した。

 カルブが意識を潰した奴だ。

 メイランとシルリネアを軟禁し、無益な尋問をし、メイランに殴り飛ばされて気絶した愚物。

「あれがどうかしたの」

 感情の乗らない平板な声で、ザフィルがヴェンツェルに問いかけた。

「彼をどうしたのです」

「カルブが僕の魔力とあれを繋いだ。あれは僕の魔力に意識を喰い潰された。だから僕が、あれの脳から意識を作り直して動かした」

「カルブとは?」

「魔法生物。見たでしょう? メイランに消されたやつ」

「なるほど。では、なぜあなたは、ロランド高司祭をあのようにしているのですか?」

「あのように?」

 今度はザフィルが問いかけ、ヴェンツェルが答える。

「ロランド高司祭は、驚くほど『普通』です。日々の務めをこなし、人々と会話をする。私が話しても、不自然さは感じない。ただ、あなたの魔力を感じるだけで」

 ザフィルは淡々と言葉を紡いだ。

「あれが勝手に、持っている意識と記憶に従って動いているだけ。僕は何の指示もしていない。今は使い道もないから」

 ヴェンツェルの真意を測るように、首を傾げる。

「邪魔なら始末するけど」

 異常だ。シルリネアの話では、だいぶ人間的になったように思えたが。

 寒気を覚えながら、ヴェンツェルはさらに問う。

「使い道のない者に、莫大な魔力を与え続けているのはなぜです?」

「どうでもいい量だ」

 常人の魔力量であれば、1日分さえ賄えない。

 それなのに、ザフィルは数か月間、維持し続けている。

 ザフィルの魔力量が常軌を逸しているのは、わかっていたはずだ。しかしいざ眼前に出されると、畏怖する他ない。

「わかりました」

 ヴェンツェルは合理性のみで判断することにした。

「ではロランド高司祭を、私の味方にすることはできますか?」

「どういうこと」

 ザフィルが問い、ヴェンツェルは言葉を続ける。

「私たちは大聖堂で、シルリネアの異端および偽聖女認定の撤回を求めます。高司祭には列席の権利があります。ロランド高司祭にも列席していただき、我々の意見に同調してもらいたい」

「いいよ」

 ザフィルはわずかに沈黙し、口を開いた。

「命令した。あれはあなたに協力する。好きに使って」

「助かります」

 ヴェンツェルは微笑んだ。倫理的な問題は、論議する意味がない。

 少なくとも、今は。

「結局、何の話だったんだ?」

 事態を飲み込めていないメイランが、ザフィルに尋ねた。

「メイランがリュミエールで殴り倒した司祭の話」

 メイランに答えるザフィルの空気が、大きく緩んだ。声が温かみを帯びる様子に、ヴェンツェルは驚愕する。

 今までは、まったく温度のない平板な態度だったのに——。

 メイランは記憶を探り、思い出したようだ。

「……ああ、あいつか。シルリネアに下手クソで失礼な尋問をしたやつ」

「そう。そいつ」

 メイランが苦笑した。思い出して損をしたと言わんばかりに。

「じゃあ、どうでもいいや」

 ザフィルの口の端がわずかに上がり、眉から力が抜けた。

「でしょう」

 ヴェンツェルは、こんなに柔らかいザフィルを見たことがなかった。


 ******


 ヴェンツェルが、ゲルハルトを見て微笑む。

「いかがです? 卿の目で見たザフィルは」

 ゲルハルトは、苦々しく吐き捨てた。

「まったく情けない」

 あまりにも嘆かわしく、取り返しのつかない事態だ。

「我が祖国は、このような子供さえまともに扱えなかったのか」

 ザフィルは確かに、想像を絶するような力を持っているのかもしれない。それでも、目の前にいるザフィルは、ただの子供にしか見えなかった。たとえ見た目が何歳であろうとも。

 一国が、ひとりの子供を扱いきれず、滅ぼされた。あまりにも救いようがない。

 今、子供にしか見えないザフィルが、7年前にはどれぐらい幼かったのか。想像に難くない。

 改めてザフィルを見る。15、6歳程の見た目だ。だが、中身はもっと幼い。せいぜい12、3歳ではないだろうか。

「国王陛下をはじめ、誰もがお前の才能に踊らされたということか……」

 魔法王国を自負し、魔法に絶対の自信があったがゆえの——。

 ゲルハルトは、ヴェンツェルを見返した。

「ヴェンツェル、そなたの意見と案に全面的に同意する」

「……ありがとうございます」

 ヴェンツェルは一礼してから、ザフィルを見た。

「ということです。ザフィル、我々はシルリネアと大神殿の確執を解きます。これが、あなたを借りる条件です。いかがですか?」

「わかった」

 ザフィルは魔法生物を作り出した。

 カルブによく似た子犬の姿をしている。だが、痛々しく首に食い込んでいた真紅の首輪は、ついていなかった。

「これで連絡が取れる。持っていって」

 子犬はトコトコ歩き、ヴェンツェルの横で座りこんだ。

 ザフィルが言葉を足す。

「ただ、この先しばらく連絡が取れないと思う」

「わかりました。連絡が取れるようになったら教えてください」

 ヴェンツェルの言葉にザフィルは小さく頷いた。

「じゃあ、さようなら」

 ザフィルの言葉と共に、ヴェンツェルとゲルハルト、子犬型の魔法生物は姿を消した。


 ******


「おつかれ」

 メイランが笑顔でザフィルの背を叩き、労った。

 ザフィルは少し思案してから息を吐き、メイランを見る。

「そうだね、少し疲れたかもしれない」

「休憩する?」

 メイランがザフィルとシルリネアに尋ねた。シルリネアは首を横に振る。

「私は大丈夫」

 ザフィルはかすかに首を傾げた。自分の疲労状態を確認する。

「話してる間に、体は休めたみたいだ。行けるよ」

「じゃあ行くか」

 メイランは笑って歩きはじめる。木の枝先で休んでいた小鳥の魔法生物も、先導を再開した。


 日没前。洞窟の入口に到達できた。

「ここで今日は終わりだな。洞窟は明日にしよう」

 メイランは洞窟を仰ぎ見た。思った以上に大きい。高さも幅も十分にあり、人々が道として使っていたというのも、頷ける。

「シルリネアは、この洞窟を使ったことねぇの?」

 メイランが尋ねると、シルリネアは寂しく苦笑した。

「残念だけど。村の外には出たことがなかったから」

 ——ヴァルグリムに飛ばされるまでは。その言葉を飲み込む。

「そっか」

 メイランは優しく微笑んだ。何も聞かれない。それが、シルリネアには嬉しかった。過去を思い出しすぎずに済むから。

「メイラン」

 ザフィルに呼ばれ、メイランは振り返る。

「近くに川がある。あと、鹿がいる」

「お、助かる」

 メイランは鹿を仕留めに行き、ザフィルは魔法を使って水を集めている。

 シルリネアは、火をつけるための落ち葉や枯れ枝を拾い集めながら、暮れゆく空を見上げた。

 懐かしい色をしている。洞窟を抜ければ、もっと懐かしいものが待っているだろう。

 ずっと帰りたかった故郷。嬉しさと悲しさで、涙が出てきそうだ。

 深呼吸をする。中央大陸よりも鋭く冷えた空気が、肺を満たした。その時、肺のあたりがズキリと傷んだ。

 思わずしゃがみ込み、呼吸を整える。ザフィルを癒した時の反動が、まだ治りきっていない。ふとした時に、痛みが顔を覗かせる。

 彼はどれだけ傷ついていたんだろう。メイランのように魔法が効かない体質でもないのに、これだけの反動がある。

 どういう思いで、生きてきたのだろう。

 シルリネアは嘆息して、踵を返した。そろそろ戻らなければ。この腕いっぱいに抱えた落ち葉と木の枝がないと、火を熾せない。


 彼の中を断片的に「視た」。それだけで、あの衝撃と反動があった。

 聖域では、一体何を「視る」ことになるのだろう。

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