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月白の魔法使いを黎明で殺す  作者: 二羽鳥ごまの
第10章 帰郷は恋人と仇を誘って
83/123

第83話 うちの弟

 ザフィルが魔法を積極的に使いはじめた。

「このあたりは魔族がいないから」

 そう言って、彼が言うところの「簡単な魔法」を使っている。

 結果、ザフィルは手足をほとんど使わなくなった。元々手は使わないが、体を宙に浮かせて移動する。彼が作り出した小鳥のように。

 メイランは何も言わなかったが、シルリネアが憤慨して苦情を出した。

「足で歩けないの?」

 ザフィルは首を傾げた。どうして彼女が苛立っているのか、理解できない。

「なぜ足を使う必要が?」

 足は遅いし、すぐに疲れる。転べば怪我をする。どう考えても、浮いて移動した方が良いと思える。

「あなたの触媒が、殺意や敵意を食べているって言ったはずだけど」

 シルリネアの言葉に、ザフィルは小さく頷いた。シルリネアが信じられないとばかりに、呆れた表情をする。

「魔法を使う時に出る魔力も食べられてるかもって、考えたことないの?」

「考えたことがない」

「じゃあ考えてみて」

 言われ、考えてみる。

 触媒は何かを動力源にして維持されている。では何を使っているのか。当然、体内にあるものだ。

 シルリネアは、殺意と敵意と共に、魔力を食べている——動力源にしていると、言っている。これはおそらく正しい。彼女は「視た」のだから。

 だが、殺意と敵意だけでは、触媒の餌として不適切だ。なぜなら、定期的に供給されるとは限らないから。それに対して、魔力は日常的に使う。餌として適切なのはこっちだ。

 殺意と敵意を抱かなくても、魔力を使えば触媒にも流れる。そう考えた方が自然だろう。殺意と敵意を抱くと「より強く流れる」ということだろうか。

 体内に流れる魔力を詳細に探る。

 認識阻害の魔法がかかっている辺りで、辿れなくなった。直前まで流れていたものが、ぶつりと途切れる。

「……なるほど」

 ザフィルは地面に足をつけた。

「もう少し控える」

「そうして」

 シルリネアが苦笑した。ザフィルは、納得できれば実に素直だ。

 ふたりのやり取りを見て、メイランが笑う。

「じゃあ、ザフィルは体を使う訓練だな。俺の弟なんだから、やりゃあ何とかなるだろ」

「メイランは、自分が『やれば』魔法を使えるようになると思う?」

 即座に言い返されて、メイランはもう一度笑った。

「確かに」

 ザフィルとの対話が、日々円滑になっていく。メイランにはそれが嬉しかった。


 ******


 リュミエール王国の大神殿。ヴェンツェルの私室。

「首尾はいかがです?」

 彼はゲルハルトに、そう尋ねた。

 白髪で隻腕の元騎士は、今なお矍鑠とした体躯で頷く。褪せた黄褐色の瞳も、未だ力強い。

「問題ない。ルイス騎士団長、アーロン、ギデオン、レナーテ。話せば気の良い若者たちだ。そちらは?」

「大司祭に面会する手筈は整いました。ただ、ひとつ気になることが」

 ゲルハルトは無言で片眉をあげ、続きを促す。

「ロランドという名の高司祭なのですが……ザフィルの魔力を感じます」

「どういうことだ?」

 ヴェンツェルは首を横に振った。

「わかりません。おそらくロランド高司祭の意識は、既にない。心臓も一度は止まったかもしれません。それをザフィルが無理やり動かしているのでしょう。私は理由に心当たりがないのですが、ゲルハルト卿はわかりますか?」

「……いや、思いつかないな」

「そうですか……」

 やはりわからないか。ヴェンツェルが小さくため息をつく。

「本人に直接聞きましょうか……疲れるのですが、仕方ないですね」

 手元にはザフィルの髪の毛がある。これを使えば、彼の居場所を追える。

「ザフィルと連絡を取るなら、私も同席できるか?」

 ゲルハルトが尋ね、ヴェンツェルが頷いた。

「ええ、できますよ。何か聞きたいことが?」

 ゲルハルトは少し考えてから、口を開く。

「聞きたいというより、直接確認したい。そなたの決断を信じぬのではないが、ザフィルが、罪一等を減ずるに足るのかを」

 ゲルハルトは、ザフィルと直接会ったことがない。

 ヴェンツェルのように直接ザフィルと対峙したわけでもない。

 そのためか、ザフィルに対して直接的、感情的な怨恨は薄い。

 だからこそ、知りたかった。ザフィルという仇敵が今、どのような状態なのかを。

「わかりました。今から始めてもいいですか?」

「頼む」

 ヴェンツェルは頷き、ザフィルの髪の束からひとつまみほどの毛を取り、元の持ち主を探すための魔法を唱えはじめた。

 せっかく覚えたので、魔力だけでなく魔素(マナ)を取り入れてみよう。うまくいけば、通常よりも疲労が抑えられるはずだ。


 ******


 山登りは続く。

 小鳥には、できるだけ楽な道を先導させている。

 それでも、ザフィルには厳しい道のりだった。呼吸が速くなっているのに、まだ余裕の見えるシルリネアが信じられない。平坦な道と同様に歩くメイランなど、想像の遥か外だ。

 迂回しきれない崖があれば、ザフィルは「合理的な理由」により宙に浮いて移動することができる。ついでにシルリネアも移動させてやれば、文句を言われることもない。

 メイランは魔法が効かないので助けられないが、彼は崖の登り降りが楽しいようなので、気にする必要がなかった。

 いっそすべて断崖絶壁であればいいのに。

 そんなことを考えながら歩いていると、軽く引っ張られるような魔力を感じた。

「……うるさい……」

 小さく呟く。ヴェンツェルに呼びかけられている。だが、応答する気になれない。

「どうした?」

 メイランが問いかける。聞かれてしまった後ろめたさを感じつつ、ザフィルは答えた。

「ヴェンツェルが呼んでいる」

 メイランが驚いて足を止めた。

「え、どうやって」

「髪。あれを手がかりに、探ってきた」

「へぇ、そんなことできるんだな」

 メイランが感心した様子で言う。少し悔しくなって、ザフィルは思わず言い返した。

「僕は髪がなくてもできる」

 叩きつけるようなザフィルの言葉に、メイランは目を見開き——笑った。

「そうだな。知ってるよ、悪かった」

 メイランはザフィルを抱えこみ、頭をぐしゃぐしゃにかき回した。

 じゃれついているメイランを見て、シルリネアは嘆息した。これじゃあメイランは本当に犬みたいだし、ザフィルは大きな犬に懐かれて困っている子供だ。

 今は「猟犬」でも、次回青嵐(せいらん)に行ったら「愛玩犬」になりかねない。

 見かねて助け舟を出す。

「ねえ、ヴェンツェルさんに応えてあげてよ」

「……わかった。メイラン、どいて」

 ザフィルはどうにかメイランを押しのけ、距離を取ってからヴェンツェルの呼びかけに応じた。

 彼は棒立ちになっているだけに見える。だが、ほどなくシルリネアとメイランに視線を向けた。

「ヴェンツェルとゲルハルト? を、連れてきていい? 話が終わったら戻す」

「別にいいけど……どうして?」

 シルリネアが少し驚いて尋ねた。一体どうしたんだろう。

「わからない。ゲルハルトが会いたいらしい。メイランは連れていけないから、こっちに連れてくるしかない」

 ザフィルの淡々とした声に、メイランは苦笑した。さっきの悔しそうな様子とはまったく違う。肩をすくめた。

「お互い荒事はナシ。それでいいなら、文句ねぇよ」

「わかった」

 ザフィルはヴェンツェルとのやり取りを再開し、ややあって。

「メイランの条件でいいって。そこに呼ぶ」

 ザフィルが一点を示した次の瞬間、ヴェンツェルとゲルハルトが姿を現した。

「こんにちは」

 ヴェンツェルが笑顔で挨拶をした。ゲルハルトは目礼する。

「ザフィルに確認したいことがあるのと、皆さんの様子を直接見たくて」

「ずいぶん用事が多いんだな」

 メイランが笑顔で進み出て、ゲルハルトとザフィルの間に立った。おもむろに、ゲルハルトに握手を差し出す。ゲルハルトに合わせて、左手で。

「お久しぶりです」

「ああ、壮健そうで何よりだ」

「そちらも」

 社交辞令的な挨拶を交わし、メイランは一歩引いた。

「で、うちの弟(ザフィル)に確認って、何?」

 わずかな警戒心と牽制をこめたメイランの声に、ヴェンツェルは軽く苦笑した。

 それぐらい慎重な方が望ましい。ヴェンツェルは微笑み、口を開いた。

「では私から。ザフィル、あなたはロランド高司祭を知っていますか?」

 ザフィルの眉が、かすかに寄った。

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