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月白の魔法使いを黎明で殺す  作者: 二羽鳥ごまの
第10章 帰郷は恋人と仇を誘って
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第81話 起源

 ザフィルがシルリネアに顔を向け、目を合わせた。

「僕の短刀を持っているでしょう? あれはずっと効果があるから」

 いつでも殺していい。ザフィルが言外に滲ませる。

「あの短刀は、僕の防御魔法をすべて無効化できる。あと、止血できなくなる。だから僕を殺せる……はずだったんだけど」

 ザフィルが緩やかに首を傾げる。

「どうして血を止められたんだろう」

 シルリネアは息を呑んだ。褪紅色の瞳が、暗く輝いている。何かを探し求めるかのように。

「……止血を許さない意思は感じた。だから、まっさきにそれを排除した」

 慎重に言葉を選びながら、シルリネアは答える。

「どうやって」

「あなたから引き剥がした」

「引き剥がしたものは、どうしたの」

「どうしたって……」

 考えたことがなかった。邪魔だったから排除した。それだけだ。

 沈黙してしまったシルリネアを見て、ザフィルはメイランと視線を合わせる。

「彼女に怪我をさせない方がいいよ。怪我をしたら血が止まらない。どんなに小さな傷だとしても、死ぬまでずっと」

 シルリネアの傍らにいたメイランが、眉をひそめた。

「どういうことだ?」

 ザフィルが静かに口を開く。

「僕が自分の首を切った短刀と、シルリネアに渡した短刀には、止血を阻む呪いが付与してある。シルリネアは、その呪いを『引き剥がした』。浄化でも解除でも分解でもない。じゃあ、その呪いは今どこにあると思う?」

 メイランの顔が強張った。

「シルリネアの魔法は強力だけど、術者を守る仕組みがひとつもない。だから、呪いをそのまま引き受けてしまうし、傷も跳ね返る。彼女の生命力そのものを、使っているのにね」

 ザフィルがシルリネアと目を合わせる。

「シルリネア、あなたは知っていたでしょう」

 シルリネアは渋面で嘆息する。

「私の癒しの魔法が、危険なものなのは知ってる。でも、あなたの短刀に呪いがかけられていたことと、その呪いが私にかかっていることは、知らなかった」

「そう」

 ザフィルは少し考え事をする様子で黙り込み。やがて口を開いた。

「考えてみるよ。呪いを消す方法。あまり得意ではないけれど」

 この呪いは強固だ。確実に自分を死に追いやるため、入念に組み上げた。

 一朝一夕で片付く問題ではない。

 もう一度、彼はシルリネアを見た。

「とりあえず、今の僕がシルリネアに渡せそうな未来は、これ。どう?」


 ******


 ここが限界だ。

 そう思えるところまで、シドゥは調べ尽くした。

 あの男とザフィルのかつての名前がわかった。

 両親の名前もわかった。

 子を手放し、ルハサーンに託した経緯も理解した。

「古神ダウル・マハ」

 ルハサーン寺院で祀っていた神と、対立する神。

 このダウル・マハの祭司が、ザフィルたちの親だった。

 対立する神の寺院にわざわざ子を託した理由は——。

「加護の大きさに恐れをなした……」

 我が子のためにと願い、得られた古神の加護は、人の手に余るものだった。


 昼と夜、身体と魔力、生と死。

 円環を成し、対になることで完成するよう、神によって「設計」された兄弟。


 だがルハサーンで、その設計は崩壊した。

 完成され、閉ざされていた円環が開いた。


「そこに介入したのが、アザルファ様……」

 シドゥは歓喜に包まれる。鮮やかな手際に震えんばかりだ。

 古神の加護を受けた子を、別の神に捧げる。

 これほど痛快なこともないだろう。


 ******


 中央大陸北端、ヴァルグリムを通過した。

 荒れた海が眼下一面に広がっている。白い波濤がいくつも見えた。

「なるほどなぁ。中央大陸と北大陸で往来が少ないわけだ」

 メイランが眼下の海と、少し先に見える北大陸を見比べて、そう言った。

 北大陸の南岸は海岸線が高く切り立っている。船を降りるために崖登りを求められるような地形では、さすがに港を作ろうとは思わないだろう。

「でも、お前みたいに空を飛べれば、海が荒れてようが港がなかろうが、関係ないってことだな」

 ザフィルを見て、メイランが笑った。

「そうでもない」

 ザフィルが視線で前方を示す。小さな点が見えた。

「北大陸の上空には、竜がたくさんいるから」

 指先ほどの大きさだった点は、大きく膨れ上がっていく。あっという間に、巨大な竜の姿と化した。

 人間の数十倍はありそうな竜が、怒りを撒き散らしている。縄張りに入りこまれた苛立ちだろうか。

 巨大な口から放たれた威嚇の咆哮で、全身が内側から振動した。

 メイランが弓を構え、引き絞る。目に当てれば、退散してくれるだろうか。あるいはもう一度咆哮してくれれば、口の中に——。

 ザフィルが静かに告げた。

「排除する」

 感情を感じさせない声だった。

「殺さないで!」

 シルリネアが叫ぶ。

 ザフィルは、殺戮のために用意した魔法を中断した。

「どうしろと?」

「殺さなければ何でもいい。殺してはだめ。触媒があなたの殺意を待っている」

 ザフィルは小さく嘆息し、殺意の塊と化している竜に向けて、認識阻害の魔法をかけた。竜は途端にこちらを見失い、まったく別の方角へと飛び去っていった。

「なぜわかる」

 竜が見えなくなってから、ザフィルがシルリネアに問いかける。一体彼女は、どこまで「視た」のだろう。

「あの時、あなたの心に触れたから」

 シルリネアは迷いなく答えた。

「あなたが殺意や破壊の衝動を覚えるたびに、魔力が触媒にも流れていると思う。あなたにとってはわずかな量だから、気付けていないのかも」

「…………」

 ザフィルは沈黙してしまった。

 なぜ気付けなかったのだろう。

 なぜ彼女は気付けたのだろう。

 彼女の魔法の起源は、いったいどこにあるのだろう。

 あまりにも特殊だ。


 ******


 しばらくすると、巨大な環状の山脈が見えてきた。

「これがアルダル・サトゥ。魔族の古い言葉で『万象の背骨』。シルリネアの故郷は、この内側」

 山脈を示してザフィルが言う。岩がちで、いかにも険しそうな山容だ。

「アルダル・サトゥの内側には、空にも侵入阻止結界が張られている。……壊しても?」

「だめ」

「じゃあ空の旅は、ここでおしまい」

 シルリネアの有無を言わせぬ拒否に従って、ザフィルは小舟を山脈の外側に降ろした。

 ひやりとした空気が、かすかに故郷の温度を伝える。それだけで、シルリネアは泣きそうになってしまう。

 もう二度と、帰ってくることはないと思っていたのに。

 帰るのであれば、ザフィルの死を手土産にするつもりだったのに。

 そのザフィルの魔法で、帰ってきた。

 何て皮肉なんだろう。自嘲を乗せて苦く笑った。

 軽快に降り立ったメイランは、足元を確認するように数歩足踏みしてから、はるか高くまでそびえ立つ山を見上げる。

「これ、足で山を越えるしかないってことか。かなりキツそうだな」

 自分だけなら問題ない。だが、シルリネアとザフィルは越えられるだろうか。見る限りでは、かなり険しい山だ。崖登りをする場面もあるだろう。

 シルリネアが、メイランの横に寄ってきた。メイランは自然に彼女を迎え入れ、そっと肩を触れさせる。

「山の中腹に、向こう側に抜ける洞窟があるはずなの。村の人たちは、そこを使ってたから」

 山を見上げながら、シルリネアが言った。メイランは苦笑する。

「中腹でもだいぶキツそうだけど。山脈越えよりはマシか」

「洞窟を探す」

 人の侵入を阻むような山肌に、ザフィルは探査の糸を走らせた。

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