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月白の魔法使いを黎明で殺す  作者: 二羽鳥ごまの
第10章 帰郷は恋人と仇を誘って
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第78話 海の渡り方

 シルリネアが微笑む。新緑の森を渡る風のように。

 その美しさに、メイランは思わず惹き寄せられてしまった。目が離せない。

 外見も綺麗だと思う。だが、それだけではない。「あるべき姿として在る」という美しさだ。

 シルリネアは、彼の心を置き去りにして言葉を続ける。

「私の故郷に行ってみない?」

 ザフィルに滅ぼされた村。彼女の大切な思い出が眠る土地。

 シルリネアは穏やかに微笑んでいる。だがその心の内は、まったく穏やかではなかった。

 平静を取り繕っているが、果たして上手くいっているだろうか。実のところ、シルリネアには自信がない。

 なくなった村とそこにいた人々への思いを、彼女はまだ鮮明に覚えている。その仇を招待することを、正しいことだと言いきれない自分がいる。

 もっとも安全で確実なのは疑いようもないが、シルリネアの重くて暗い感情の部分が、まだザフィルを拒否している。

 だからこそ、シルリネアは自信たっぷりに振る舞うことにした。

 そうすれば、自分も騙せそうな気がして。


「あそこには何もない」

 ザフィルが言う。

万象の背骨(アルダル・サトゥ)には、なにもなかった。円環の内側にも」

「アルダルって……円環……ああ、村を囲んでる山のこと?」

 シルリネアの問いに、ザフィルは頷いた。

「魔族の古語で、あの山脈のこと。アザルファの書庫で読んだ」

「そう。魔族にまで知られてるなんて、光栄ね」

 シルリネアは自慢げに笑い、何ということもない様子を装う。しかし、怒りが今にも外に出てしまいそうだ。

 この男はやはり、聖域を探しに来ていたのだ。

「わざわざ探しに来ても、見つからないに決まってる」

「なぜ」

「そういうことになってるから」

 今はまだ、理由を教えてやるつもりはない。実際にその場に立てば、ザフィルなら、説明しなくても理解してしまうだろう。

 だから、この程度の意地悪は許されるべきだ。

 自信満々に見えるシルリネアと、納得できなさそうなザフィル。

 メイランは完全に置いてきぼりだった。

「なんの話をしてるんだ?」

 怪訝そうな表情のメイランを見て、シルリネアは微笑んだ。彼であれば、装う必要もなく笑顔になれる。

「私の故郷の話。私にしか開けない聖域に招待してあげる」

 メイランを招待したいと思えたことに、シルリネアの心がふわりと軽くなった。


 ああ私は、まだ人間でいられている。憎しみだけに囚われた存在ではない……。


 ******


「……つっても、北大陸にどうやって渡ればいいんだ?」

 さっぱり理解できない表情で、メイランは目の前の薮を大雑把に切り開きつつぼやいた。

 シルリネアの故郷は北大陸で、今いる場所は中央大陸のさらに中央付近。

 北大陸と往来できる可能性があるのは、大陸北端であるヴァルグリムのみ。

 どう少なく見積もっても、移動だけで数か月はかかる。

 さらにその先、北大陸に行くのなら、年単位を要するだろう。

 とはいえ、行くしかないのだが……。


 石哭谷(せきこくこく)の洞穴を出て数日。3人は街道を外れ、道なき道を進んでいる。

 ザフィルの月白色の髪は、どうしても目立ってしまう。シルリネアの黄金色の髪と組み合わせれば、なおさらだ。

 髪を隠しても、褪紅色の瞳と薄荷色の瞳が人目に立つ。

 だから、できるだけ人里に寄らないことにした。ザフィルのことを考えると、厄介事は避けたい。

 街道を外れているのに迷わないで済んでいるのは、ザフィルの力だ。彼は無限と思えるほど広範囲の探査の魔法で、その場に行って見てきたかのように、周囲の状況を理解することができた。

 ザフィルによると、この先の川に舟があり、彼はそれが欲しいのだという。

「川舟なぁ、別にいいけど」

 メイランが呟く。金銭的には問題ないのだが、なぜザフィルが舟を欲しがるのか、よくわからなかった。ザフィルも多くを語らない。

 それにしても……。

 メイランは息を切らせながらついてくるふたりを見て、苦笑した。

 シルリネアはまだ体調が戻りきっていない。だからあまり長距離を歩けないのは理解できる。

 だが、ザフィルの体力が絶望的に低いのは予想外だった。今のシルリネアの方が、まだ体力がある。

 いよいよ本格的に、この弟は魔法以外のことが何もできなさそうだ。あまりにも「生きる能力」に欠けすぎている。

 とはいえ、長い目で見ればいずれ何とかなるだろう。メイランは、気楽に見守ることにしている。

「お前らまとめて、おぶってやろうか?」

 からかうように、メイランが言う。

「いらない」

 ムッとした顔で即座に拒否するシルリネア。その気の強さと頑固さが、愛らしくて好ましい。

 一方のザフィルは、少し検討する様子を見せてから。

「遠慮する」

 と静かに言った。実は甘えたいのに躊躇しているのかと思い、もう一度言ってみようかと思ったら。

「メイランの近くは魔力が遮断されるから」

 と理由を足してきた。

 ああそっちね、とメイランは苦笑した。


 ******


 しばらく歩いて、ようやく舟のあるところに辿り着いた。

 ザフィルの言った通り、河岸には川舟が静かに係留されており、その近くに小屋がある。どうやら舟の主人の家のようだ。

「俺が交渉するから、お前らは休んでな」

 メイランはふたりを残して、小屋の扉を叩いた。扉からは老人が現れ、メイランと一緒に小屋の中に消える。

 シルリネアは木陰で水を飲みながら、ぐったりと座り込んでしまったザフィルを見た。

 彼が足を使って、何日も歩くなんて。

 好奇心で尋ねてみる。

「魔法使わないの?」

 ザフィルはチラリとシルリネアを見てから、ふいと視線を逸らした。

「魔族が、いるから」

 おそらく彼の視線の先に、魔族がいるのだろう。

 魔法でものを見るのであれば、目を使う必要はない。なのに、遠くを見るような仕草をしている。

 それは、欠けすぎている人間性のなかで、かろうじて残った部分なのかもしれないと、ふと思った。

 いずれにせよ、彼なりに気を使い、尽くそうとしていることは理解できた。

「えっと、魔法を使うと魔族に探知されるかもしれないから、できるだけ使わない、ってことでいい?」

「そう」

「探査の魔法は大丈夫なの?」

「気付かれたことがない」

「魔族にも?」

「当然」

「わかった。ありがと」

 ザフィルの言葉は足りないことが多くて、理解するのに苦労する。これでも、だいぶ会話が円滑になってきている。

 今回、メイランの通訳なしで会話の往復が成立したのは、大きな進歩と言っていい。


 ******


 やがて、メイランが戻ってきた。満面の笑顔から察するに、どうやら交渉は成功したらしい。

「お疲れ様、メイラン」

 シルリネアが出迎える。ザフィルもどうにか立ち上がった。

「売ってもらえた。で、この舟でどうすんの」

 まさか川下りをしたいのではないだろうが、メイランには想像もつかなかった。

 こんな小さな舟では海なんて渡れるはずもないし、そもそも海までたどり着けるのかさえ怪しい。

 シルリネアも不思議そうな表情をしているが、彼女はどこか確信を持っているのか、メイランほど疑問視していないように見える。

 シルリネアとザフィルは、いつの間にか少し距離を縮めた様子だ。メイランは嬉しく感じると同時に、心配でもあった。

 特にシルリネアだ。過度な負担を強いていないだろうか。

 彼女は、大切なことであればある程、口をつぐむ傾向がある。そうなると、どうなっても話してくれない。

 日常の文句は、いくらでも言ってくれるのになぁ。

 メイランは軽く嘆息し、彼女への目配りを増やすことに決めた。


 ザフィルは舟をどう使うか、なぜ舟なのかという説明の方法と順番を、いくつか考えてみた。しかしどうしても、メイランと話が合わなくなる未来しか見えない。だから、結論を先に話すことにした。

「メイランが、空を飛びたいみたいだったから」

 そんなこと言ったかな、とメイランが首をひねる。

「もう一度、飛んでもらおうと思った」

 言い終わるや否や、暴風が周囲を襲った。暴風はあたり一帯をひと撫でした後、ザフィルにまとわりつくように集まり、消えた。

「メイランを魔法で直接飛ばすことはできないから……。舟を風で空に飛ばして、北大陸まで行く。どう?」

 ザフィルの足元で風が踊り、彼の体がふわりと浮いた。

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