↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
74/123

第74話 幸せを守る

 メイランはいつにも増して饒舌だった。

 好きなだけ質問してと言ったくせに、あなたが全部聞かせてるんだけど。

 シルリネアは苦笑する。

 こちらが話す暇を与えてくれない。

 彼は、ザフィルがどれだけ大切で可愛かったのかを熱弁した。子供らしい他愛のないものから聞くのが少しつらい話まで、一緒にいたすべての日を覚えているのではと思わせるような、無数の思い出が語られる。

 ザフィルは当初、やや所在なさげな様子で、それでも耳を傾けていた。だが今はもう聞きたくないとばかりに、抱えた膝の間に顔を伏せていた。

 このまま嵐が過ぎ去るのを、待つつもりだろうか。

 弟との思い出話が終わると、シルリネアのことに話題が移った。メイランは彼女の優しさと芯の強さを何度も何度も褒め称え、頑固なところをほんの少しだけ非難した。

 話題が一通り終わったかと思ったら、また同じ話をしはじめる。シルリネアはメイランが酒でも飲んだのかと訝しんだが、どこにも酒なんてなかった。

 ザフィルは膝の間に耳まで埋めてしまった。

「メイラン、話しすぎ」

 シルリネアはゆっくり上体を起こし、苦笑しながら軽く嗜めてみたが、メイランは笑うだけで止めようとしない。

「俺、今、本当に幸せでさ。だって、シルリネアもザフィルもいて、殺し合わなくて良くて。なあ、こんなこと、俺に都合良すぎて怖いぐらいなんだよ!」

 泣きそうな顔で、それでもメイランは幸せだと笑った。


 ******


「話すだけ話して寝ちゃうんだから」

 シルリネアは呆れ顔で、しかし最大限の親しみをこめて、眠ってしまったメイランを眺めた。

 きっとこの数日、ほとんど寝ていなかったのだろう。よく見ればあちこち泥だらけで、雨の中を何度も外に出ていた様子がうかがえた。

「ねえ」

 シルリネアがザフィルに呼びかけた。ザフィルはゆっくりと顔をあげて、シルリネアと目を合わせる。

「なに」

「メイランに毛布かけてあげてよ。私、あんまり動けないから」

 シルリネアが話し終わるよりも先に、ザフィルは自分が羽織っていた毛布をふわりと浮かせ、メイランの体を丁寧に包んだ。

 ただ離し難くて持っていただけだ。メイランを温めるためなら、惜しくもなんともない。

 ついでに焚き火の勢いを強め、洞穴の中に積まれていた小枝を何本か火の中に放り込んだ。

 シルリネアには、火は勝手に燃え上がり、小枝は宙を舞って焚き火に投じられたように見えた。

 すべてザフィルが、魔法を使ってやったことだ。

 わかってはいても、驚きを禁じ得ない。

「本当に体を動かさない……」

 ザフィルが指一本さえ動かさないので、シルリネアは目を丸くした。

 ザフィルは何も言わない。彼にとっては当たり前すぎて、答えるに及ばないことだった。

 それに彼女には「視られて」いるから、どうにも居心地が悪い。

 そんなザフィルの内心を知っているのかどうか。シルリネアは彼に向けて少し微笑んだ。

「ありがとう。あなたがいてくれて良かった」

「なぜ」

「私が動けない時、あなたならメイランを助けてくれるだろうって、わかったから」

 ザフィルは困惑する。

 彼女にとって、自分は殺しても飽き足らない相手であるはずなのに。どうしてそんなことが言えるのだろう。

 困り果てた様子で固まってしまったザフィルを見て、シルリネアは思わず苦笑してしまった。

「安心して。私、まだ憎んでいるから。あなたのしたことは許されることじゃないって、今でも思ってる。隙があれば殺すかもしれない。でも今は一時休戦、メイランの幸せを壊したくない」

「……わかった」

 ザフィルは数歩歩き、シルリネアの近くで腰を下ろした。

 何も話さない。しかし、緊張感は漂っていなかった。

 雨はだいぶ弱まっている。そろそろやむだろうか。


 ******


「ねえ」

 しばらくして、シルリネアがふたたびザフィルに声をかけた。

 ザフィルは顔をあげて、シルリネアが続きを話すのを待つ。

「あなたの体の中、このあたり」

 自分の胸のあたりをぐるりと指で示して、シルリネアは言葉を続けた。

「何かあるんだけど、気付いてる?」

 暗い寒気がザフィルを包んだ。そんなものは知らない。

 魔力の糸を自分の内部に向け、全身をくまなく探る。何も見つからない。

 ……いや、これは……。

 シルリネアが示したあたりの探査だけ、うまくいかない。なぜか意識から滑り落ちてしまい、探ることのできない場所がある。

「やっぱり」

 深刻な様子で黙り込むザフィルを見て、シルリネアは嘆息した。

「かなり精密で強固な魔法の守りがかかってるんだけど……こう言えば、見つけられる?」

 ザフィルはもう一度、探査を試みる。今度は魔力の糸を何倍にも増やして糸同士を撚り集め、編み込み、布のようにして、問題のあるあたりを広く包みこんでみた。

「見つけた」

 確かに、そこには何かあった。

 入念な魔法防壁に守られた何かが。

 シルリネアが小さく頷いた。

「それ、ものすごく嫌な気配がする。私の体調が良くなったら、もう一度詳しく診せてもらえる?」

 ザフィルはほとんど無意識で頷いた。どうして見つけられなかったのか、理解できなかった。見つけてしまえば、こんなにも存在感があるのに。

 シルリネアが微笑む。

「良かった。私が動けるようになるまで、手をつけないで。多分、あなただけで何かしようとすると、失敗するから。そういうふうに出来ているモノだと思う」

「……わかった」

 頷く以外、どのような選択肢があったというのか。

 自分の中にあるものへの不快感と、シルリネアだけが発見できたという事実への驚きで、気分が悪くなりそうだ。


 ******


「どうして、そこまでする?」

 しばらくして心を落ち着けたザフィルが、絞り出すような声で尋ねる。

「僕の体がどうなろうと、君には関係ないはずだ」

 シルリネアは寂しく苦笑した。幸せだった村での生活が、優しい人たちが、脳裏を駆け巡る。あの生活はもうない。あの人たちも存在しない。

「一時休戦って言ったでしょ。もう一度はっきり言うけど、あなたのやったことは許せない。きっと一生許せないと思う」

 当然だ、とザフィルは心の中で応える。

「でも……」

 シルリネアに、復讐を誓ったときの怒りと悲しみ、憎しみが襲いかかってきた。何もできなかった無力感が、心が潰れんばかりに締め付けてくる。

 次いで浮かんできたのは、ザフィルの「中」。苦痛に溺れ、もがき、それでも救われなかった少年への同情は、今でも変わらない。


 メイランは救われた。

 ザフィルは救われなかった。

 その差は——。


 自分の気持ちを再認識してから、シルリネアは決然と口を開いた。

「私、手が届きそうなところにいる人が苦しんでいるのを見逃すと、すごく気分が悪くなるの」

 それだけ言い残して、シルリネアは眠ってしまった。毛布を引き上げ、横になって軽く体を丸める。

 少しでも早く回復するための、断固たる睡眠だった。


 ******


 メイランに続いてシルリネアまで眠ってしまい、ザフィルだけが起きていた。

 弱くて穏やかな雨音が、かすかに聞こえてくる。

 ふたりとも不用心すぎる。

 ザフィルは警戒と監視の魔力網を慎重に張り巡らせた。

 眠りを妨げないよう、彼らを避けつつ徐々に広げ、浸透させていく。

 雨粒、樹木、虫、小動物、そして人間……。

 魔力の網にかかる様々な感触を確かめる。

 人間に関しては、こちらに寄ってこないよう、意識を逸らしてやった。

 意識を逸らされた人間は、何かを思い出した様子で別の方向へと足を向ける。

 逸らす。そう、これだ。自分の体内にある何かは、この手法の延長線上にあるはずだ。

 おそらく相当洗練された、限りなく頂点に近い隠蔽魔法の技術。

 脳裏に、冷たい手をした魔族の姿が浮かんだ。

 こいつしかいない。

 殺したのに、どこまでも不快な奴。

 屈服させて引きちぎり、踏み潰してやった姿を思い出す。そして、そこに至るまでの日々を。

 その中に、正体を掴むための手がかりがあると思えた。


 ザフィルは暗い憤りを抑えながら、自分の過去を一枚ずつ剥がしはじめた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。