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月白の魔法使いを黎明で殺す  作者: 二羽鳥ごまの
第8章 帰る場所がある
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第67話 温もりを抱いて

 紅嵐(ホンラン)黒嵐(ヘイラン)からヴェンツェルが解放されたので、今度はメイランがヴェンツェルを借りることにした。

 紅嵐は木陰に座り込み、黒嵐は中庭の石畳の上に大の字で横になっている。どちらも、メイランが徹底的に稽古をつけた成果だ。

 シルリネアは団扇を借りてきて、汗でずぶ濡れの紅嵐をあおいでやっている。それに気付いた黒嵐が、這ってシルリネアのもとにやってきた。

「湖姐、俺も……」

 這った跡が汗で点々とつながっている。シルリネアは苦笑して、ふたりを交互にあおいでやった。

 メイランとヴェンツェルは、その様子を微笑ましく見守っている。

「で、あいつらどうなの」

 メイランが尋ねると、ヴェンツェルは微笑んだ。

「どちらも見込みがありますよ。紅嵐はこれからですが、素質は十分です。黒嵐は基礎がしっかりしてますから、あとは高位の符や大規模なものを覚えればいいでしょう。お互いが使う魔法の相性もいい。魔導騎士団の話をしたら、ふたりとも食いついていましたよ」

「なら一安心だ」

 メイランが笑う。青嵐(せいらん)は今後も華嵐(ファラン)影嵐(エイラン)を中心に回り、華嵐は月嵐(ユエラン)照嵐(ショウラン)が、影嵐は紅嵐と黒嵐が支えるだろう。

 自分はいなくてもいい。

「じゃあヴェンツェル、よろしく」

 メイランは一礼し、身構えた。


「いきます」

 ヴェンツェルはそう言って、魔法を発動させるための呪文を唱えた。

 メイランの周囲の空気が急激に冷え、氷の粒が無数に発生した。氷の粒は一瞬で拳ほどの大きさになり、渦を巻いてメイランに襲いかかる。

 だがメイランに触れる直前で、氷塊は勢いを失って地面に落ちた。転がっている氷塊をメイランが蹴っても、消えない。

「なるほど」

 ヴェンツェルがひとつ頷く。事前に聞いていた通りだ。氷塊は、魔法で空気を冷やした時にできる副産物だ。だからメイランには無効化できない。だが、氷塊を宙に浮かせて飛ばすのは、魔法の力だ。だからメイランまで届かない。

 つまり、こういうことだ。

 ヴェンツェルは短い呪文を唱え、メイランの足元に落ちた氷塊をひとつ、内側から破裂させる。飛散した破片がメイランの体に触れ、溶けて消えた。

「へぇ、なるほど」

 メイランも、感心した様子で氷塊とヴェンツェルを交互に眺めた。

 今回は小さな氷塊だからいいが、これが巨大な岩のようなものだったら。あるいは膨大な量だったら。

 結果は想像に難くない。

「梅兄ぃ、こっちに氷投げてよぉ」

 紅嵐が手を振っている。稽古で火照った体を冷やしたいのだろう。メイランは笑って、氷塊をいくつか投げてやった。

 その間にも、ヴェンツェルはメイランに向けて魔法をいくつか試みていた。

 操作、強化、弱体化、阻害、封印、変性。

 どれも効かない。

「失礼」

 ヴェンツェルは断りを入れてからメイランの肩に触れ、瞬間転移の魔法を唱えた。通常であればメイランは、ヴェンツェルの指定した場所に転移されるはずだが、まったく効かない。

「魔法を直接流しても、効果なしですか」

 ヴェンツェルが苦笑した。ついでに魔力を魔法に変換せず、直接メイランに流してみたが、手応えが一切ない。

「魔法を受け取る能力がほぼない、ということでしょうね」

 シルリネアの魔法は辛うじて受け取れるが、それ以外を受け取れない。おそらくそういうことだ。

 こうなると、シルリネアの魔法がどうやってメイランの体に影響を及ぼしているのかを、調べてみたくなる。

 だが彼女はまだ体調が戻っていないようだし、ザフィルと対決する際に影響する要素でもないだろう。

 ヴェンツェルは、この問題を後回しにしようと決めた。


 ******


 ヴェンツェルはその後、リュミエールへ帰った。

 転移符を残して、瞬間転移の魔法で。

石哭谷(せきこくこく)に入る前に、この符で呼んでください。それまでに、すべてのことをゲルハルトに委ねてきます」

 そう言い残して。


 ******


 翌日朝、岩嵐(ガンラン)に呼ばれた。

 この生活が終わる合図だ。まるでおままごとのような——。

 仮住まいの小さな家には、生活に使う品が増えていた。埃をかぶっていた家具はきれいに掃除され、手入れされた。ベッドには布団と枕、毛布が据えられた。燭台、提灯、食器、裁縫道具、筆記具、シルリネアが採取した薬草、メイランがどこからともなく持ってきた工具……。

 ほとんどのものを置いていく。

 出発の準備をしてから家を掃除して、扉を閉めた。

「後は全部頼んであるから」

 感慨深げに家を眺めるシルリネアに向けて、メイランが笑う。

「何なら残してもらう? いつでも帰れるように」

「……それもいいかも」

 シルリネアが寂しげに笑う。ここに帰れるなら、どれだけいいだろう。

「じゃあ、しばらく残してもらうようにしよう」

 メイランが優しく笑う。シルリネアも微笑む。

「そうね」

 道すがら、シルリネアは新しい髪紐で黄金色の髪をまとめた。華嵐と月嵐が選んでくれた、赤い髪紐で。


 工房では岩嵐が待っており、頼んでいた武具がすべて揃っていた。

 シルリネアは鎧を新しく作ってもらっただけだが、メイランは剣と鎧を新調しており、他の武器の調整も頼んでいたようだ。

 シルリネアの鎧は、鎧というよりも外套に近い形をしていた。柔らかい革でできており、ゆったりしていて非常に動きやすい。

「あえて寸法ぴったりに作っていない。ゆとりがあるから、流れ矢ぐらいなら、体に届かないだろう」

「ありがとうございます。すごく楽です」

 岩嵐の説明を聞きながら、シルリネアはくるくると体を動かしてみた。革が空気をはらんで軟らかく踊る様が、とても美しく思える。

「で、流れ矢以外をどうにかするのが、俺の仕事、と」

 メイランの鎧はシルリネアのものとは反対に、体にぴったり沿うように出来ている。硬い革を使い、細かい複数の部品で構成され、できる限りメイランの動きを妨げない工夫がこらされていた。

 鎧を着て剣を振ってみると、予想以上に馴染んだ。動きやすい。

「すげぇ動きやすい。剣のバランスも最高だよ。ありがとう、岩叔」

「当然だ。伊達に影嵐と何年もやりあってない」

「そりゃそうか」

 岩嵐の冗談めかした言葉に、メイランは笑った。

 影嵐の武具へのこだわりは、並大抵のことではない。きっと絶えず激論を交わしているのだろう。その様子が目に浮かぶようだ。

 影嵐のこだわりが、武具を使う兄弟姉妹や仲間たちを助けることもあるはずだ。だから岩嵐も、影嵐に付き合うのだろう。

「影嵐の奴、今回のお前の注文にも口出ししていったぞ。特に剣のバランスと、鎧の寸法にうるさかった。お前の癖と好みをよくわかっている」

 しかめ面にわずかな笑みを滲ませて、岩嵐が言った。

「マジでか」

 メイランは驚き、次に笑った。どうりで、岩嵐との制作中の打ち合わせが少なくて済んだわけだ。


「出る前に、安洛通運にも寄っていけ。声をかけてあるから」

 工房から出る前に、岩嵐はそう言った。

「みんなおせっかいだよなぁ」

 歩きながらメイランが笑う。シルリネアも微笑んだ。

「私は最後にお礼を言いたかったから、助かるかな」

「まぁな。俺も助かるよ」

 気楽な調子でメイランはまた笑った。


 ******


 安洛通運には、シルリネアが知る限りの青嵐全員が揃っていた。

「お、いいものが仕上がったじゃないか。さすが岩嵐だ」

 ふたりの武装を見た黄嵐(コウラン)が、真っ先にそう言った。メイランはチラリと影嵐に視線を送ってから、嬉しそうに黄嵐に駆け寄る。

「そりゃあね。あ、親父、あの家さ、一年ぐらい残しといてよ。その後は任せるから」

「一年と言わず残してやる」

「そこは任せるよ」

 メイランは笑顔で一歩退き、折り目正しい一礼をした。

「父上、母上、お世話になりました。この身が朽ちてもご恩は忘れません」

 シルリネアもメイランの横で、一礼した。控えめに、すべての感謝を込めて。

「いつでも帰ってこい」

 黄嵐は、以前も言ったことを繰り返した。黄嵐の横に控えていた雪嵐(セツラン)も口を開く。

「我々もまた、この身が朽ちてもあなたの父母です。遠慮は無用、いつでもおいでなさい」

「ありがとうございます」

 顔を上げ、メイランが微笑んだ。シルリネアも礼を解く。

 華嵐が笑顔を浮かべて寄ってきた。

「兄弟姉妹を代表して。梅弟、シルリネア、戻ってきなさい」

 ずしりと重い袋を手渡される。入っていたのは、麦粒だった。

「これがなくなったら、戻ってきなさい。次のものをあげるから」

 それは願いであり、祈りだった。食べ物に困らないように。そして、困ったら戻ってくるようにと。

「ありがとう……姉さん」

 メイランの笑顔を見て、華嵐はそっと彼を抱きしめた。

「お前は馬鹿な弟だけど……生き延びる才能は人一倍あるんだから。ちゃんと帰っておいで、シルリネアと一緒にね」

「そうだね」

 メイランは華嵐に身を委ねて笑う。シルリネアにも月嵐が寄ってきて微笑み、丸く膨らんだ小袋を手のひらに乗せられた。

「これは私たちから。薬として使える香り袋と……お守り」

 月嵐は小刀を出し、指先を少し傷つけた。流れる血をひとしずく、紙に受ける。

「今朝ね、青嵐全員で血をつけているの。これがお守り。私たちの文化だから、シルリネアさんに喜んでもらえるかは、わからないけど」

 月嵐が、血をしみこませた紙を香り袋に入れた。その後ろでは、照嵐と紅嵐と黒嵐が、ニコニコ笑いながら布を巻いた小指を振っている。

「帰ってきてね。私たちみんな、ずっと待っているから」

「ありがとうございます……!」

 涙をこらえて、シルリネアが頭をさげた。この人たちは、いつも優しくて温かい。


 それでも、行かなければならない。


「行こう、シルリネア」

 メイランが手を差し出す。

 シルリネアは頷いて、その手を取った。

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