第66話 望む形
膨大な書類に埋もれながら、シドゥが呟いた。
「……見つけた」
年齢と性別、外見的特徴が無理なく適合する。
ザフィルとあの男が、ルハサーン寺院に引き取られた時の記録だ。
兄弟として、書き留められていた。
引き取られた年月日と共に、名前も書いてある。どちらも2音、2人でたったの4音。
この記録から、彼らが現在、25歳と22歳であることもわかった。
彼らを引き渡したのは、記録によると……。
「両親、か」
よくある生活苦だろうか。詳細は書かれていない。
この親が頼った寺院の内部は、崩壊していた。
神の慈悲の体現として、身寄りのない子供を無制限に受け入れていた。
それで崩壊しないはずがない。
崩壊は弱いところから始まる。つまり、子供たちから。
親は、それを知っていたのだろうか。
もし知っていたのであれば——。
「……裏の記録簿を探すか」
シドゥは小さく呟き、ふたたび書類の山との格闘をはじめた。
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「私と我が祖国は、ザフィルに負い目があるんです」
ヴェンツェルが苦笑した。
「とはいえ、国を滅ぼすのは度が過ぎています。私の家族もゲルハルトの家族も、全員死にました。彼らは、ザフィルに害をなさなかったのに……」
悔しそうに唇を噛んでから、メイランを正面から見据える。シルリネアに似た、曲がらない意志を持つ瞳で。
「そういった『やりすぎた』分については、報いを受けるべきです。その考えは変わりません」
「そうだな……」
道理だ。メイランはそれ以外の言葉を持たなかった。
そういえば。ふとメイランは思い出す。
「以前さ、ヴェンツェルはザフィルが『強い意志を持つ者を残す』みたいなこと言ってただろ」
「ええ、言いましたね。今もそれ以上の仮説は持っていませんが……」
それがどうしたのか、という表情でヴェンツェルが答える。
「それさ、俺、あの時もちょっと思ったんだけど。違うかもしれねぇなって」
ヴェンツェルは真顔になり、やや身を乗り出した。
「どういうことですか」
メイランがニコリと笑顔になる。
「あの時はザフィルが弟だとわからなかったから、そういうモンなのかなって思ったんだけど。今日のヴェンツェルの話を聞いて、ちょっとわかったかも。あいつさ、単純に気に入った奴を残してるだけなんじゃねぇかな」
「……は?」
ヴェンツェルは声が上ずってしまった。まさか……いや、しかし……。
「『強い意志』みてぇな難しい話じゃなくて、単に気に入った奴を殺したくない、ってだけかもしれねぇなと思ってさ」
確かにシルリネアも言っていた。ザフィルはメイランを尊重しているのではないか、と。
もしかしたらザフィルは「相手の意志力」のようなものを見ているのではなく、「自分の感情や感覚」を見ているだけなのかもしれない。
メイランの言葉に、ヴェンツェルは考え込んでしまった。
「……『強い意志』は、結果からの逆算すぎたのかもしれません。感情を考慮に入れていなかった……確かに筋が通っているかもしれない……」
ザフィルを特別視しすぎていたのだろうか。首を横に振る。
「あれ、思ったよりいい感じ?」
メイランが驚きの声をあげ、ヴェンツェルは苦笑した。
「ええ、かなり納得感があります」
「やった」
嬉しそうに、メイランが笑った。弟の気持ちを当てられた兄の表情で。
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その後シルリネアが起きてきたので、メイランは3人で安洛通運に向かった。紅嵐と黒嵐を、ヴェンツェルに引き合わせるのが目的だ。
ヴェンツェルの話が終わったら、メイランは彼らに稽古をつけようと思っている。この穏やかな日々も終わりに近いので、念入りにやってやろう。
一方のシルリネアは、まだ顔色が優れない。だが、どうしても行きたいと言うので連れてきた。こういう時の彼女は、驚くぐらい頑固だ。
「黒嵐の状態が、思った以上に悪かったから」
シルリネアはそう言った。だから強い反動が返ってきているだけだ、と言いたげに。
そんなにつらいなら、やらなくてもいいのに。メイランはそう思う。
だが彼女は、癒すことをやめない。彼女の言い分によると「死にそうな人を数日の体調不良と引き換えるのだから、価値がある」ということになる。
ヴェンツェルにも、シルリネアの魔法について説明した。メイランが唯一無効化できなかった魔法であることも。
「術者に反動のある癒しの魔法というのは、初めて聞きました」
ヴェンツェルは驚いてそう言った。
「呪詛には反詛がありえますが……しかもあなたの魔法は、心の傷にさえ作用する。北大陸の魔法体系なのでしょうか。非常に興味深い」
「そういうのは、よくわからなくて」
シルリネアが困惑気味に苦笑する。
「その感性的な魔法の使い方も、我々とは異なっていますね。魔法は理屈で使うものだと思っていましたが、考えを改めねば」
「あ、そうだ」
紅嵐と引き合わせる前に、ヴェンツェルには言っておかないといけない。メイランは言葉を続けた。
「あのさ、紅嵐なんだけど。あいつを女扱いしないでくれる?」
「……戦士だから、ですか?」
あるいは男社会にいる女性だから、だろうか。ヴェンツェルはそう考えたが。
「そうじゃなくて」
メイランは苦笑しつつ、即座に否定する。
「……なんて言えばいいかなぁ……あいつさ、自分が恋愛対象とか性的な対象とかで見られるのが、マジでダメなんだよ。ヴェンツェルがそういう奴じゃないってのはわかるんだけど、念のため。男だと思って接するぐらいの方がいいと思う」
「そうなんだ」
シルリネアが驚いたのを見て、メイランはまた苦笑してしまった。
「なんだ、シルリネアも知らねぇの。あいつが男っぽい格好をしてるのは、それが理由。髪を切って、男物の服を着て、鎧で体型を隠してさ」
花街の路地裏で泣いていた少女を思い出す。顔は幼いのに、首から下があまりにも女性的だった。華やかな衣装と中途半端な化粧。店に戻りたくない、掃除と洗濯をしていたいと泣いていた。
だから連れてきた。髪を切り服を貸してやったら、女の子に見えなくなったと喜び——その姿が定着した。
「他人の恋愛話は好きなくせになぁ」
そう言ってメイランは笑った。
あれはきっと、憧れなのだろう。
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安洛通運で紅嵐と黒嵐を捕まえ、中庭の片隅で話をすることにした。
ヴェンツェルは自己紹介をすると、すぐ紅嵐の魔力を探りはじめた。
「……確かに魔力がありますね。これぐらいあれば十分、という程度には」
「え、ほんとに」
紅嵐が笑顔になった。いかにも嬉しそうだ。ヴェンツェルも穏やかに頷く。
「ええ。次は適性を見ましょうか。符を用意してきたので、触ってもらえますか?」
「なんですかそれ」
黒嵐が紅嵐を押しのけて食いついた。シルリネアとメイランは、一歩引いた位置で顔を見合わせ、こっそり笑いあう。ヴェンツェルも微笑んだ。
「魔法の適性を見るための符ですよ。どの系統の魔法に適性があるかを判別できます」
「後で俺にも教えてもらえますか」
「ちょっと黒嵐、今は私の番でしょ」
ヴェンツェルの符に興味津々の黒嵐を引き剥がして、紅嵐がヴェンツェルの前に立った。
符に触れると、符が淡い光を発した。光は一定の図形を描き、やがて消えた。符と共に。
「なるほど。あなたは身体操作の魔法が得意みたいですね」
ヴェンツェルが微笑む。
「基礎を一通り覚えたら、そちらへ進むといいでしょう。戦士なのだから、相性もいいはずだ。自分の、あるいは味方の筋力をあげ、敏捷性を高め、敵の力を弱める。そういう使い方ができますよ」
魔法王国に存在した魔導騎士団。きっと彼らに似た戦い方が、紅嵐にもできるだろう。
「え、何それカッコいいんですけど。今すぐ覚えなきゃ……! どうやって覚えるのがいいんですか」
興奮に瞳を輝かせて詰め寄る紅嵐に、ヴェンツェルはひとつずつ丁寧に説明をはじめた。
「俺も聞きたいのに……」
黒嵐が愚痴を漏らし、メイランが笑う。
「そしたらヴェンツェルが空くまで、俺と稽古だな」
「……まぁそうだよね。紅嵐が新しいことをやろうとしてるのに、俺だけぼーっとしてるのもカッコ悪いし」
訓練用の剣を構えて、黒嵐はメイランに向き合った。メイランもそれに応じる。
シルリネアは木陰に座り、彼らの様子を見守ることにした。本当は稽古に加わりたかったが、体がまだそれを許してくれなさそうだ。
明日には体調が戻るといいのだが……。




