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月白の魔法使いを黎明で殺す  作者: 二羽鳥ごまの
第8章 帰る場所がある
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第64話 招待

 シルリネアが、符を床に置く。

 メイランが万一に備えて剣を持ち、符とシルリネアの間に立つ。

 準備が整ったことを確認してから、シルリネアが合言葉を口にした。


 符が光を発する。

 光は上方に伸びてゆき、半球を形成した。

「お招きに与りました」

 半球から、穏やかな男性の声が聞こえた。

「ヴェンツェルさん!」

 シルリネアが驚いて大きな声を出す。

 やがて半球の光が徐々に薄れ——ヴェンツェルが姿を現した。

 メイランは、ひとまず剣を腰に収める。

「お二方とも、お久しぶりです。お元気そうでよかった」

 ヴェンツェルが微笑んだ。

「ヴェンツェルさんも……!」

 シルリネアが嬉しそうに微笑み、メイランは苦笑する。

「転移符ですか……うちの符術使いが悔しがりそうだ」

 黒嵐(ヘイラン)の顔を想像した。彼が未だ作れない転移符を、ヴェンツェルは使いこなしている。

 黒嵐も優秀だが、魔法王国の宮廷魔術師は別格ということだろう。

「お互いに込み入った状況のようですから、直接話した方が早いと思いまして」

「確かに」

 ヴェンツェルの言葉に、メイランは頷いた。

 ここで情報交換ができるのは、ありがたい。


 ******


「なるほど……」

 お互いの状況と情報を交換した後、ヴェンツェルは考えた。

 予想をはるかに超えて、このふたりは対ザフィルの重要人物だ。そして、ザフィルが己の死を望んでいるのなら、もしかしたら。

「私の手に入れた『沈黙の書』も、ザフィルがもたらしたのかもしれませんね」

 魔法を受け付けないメイランに、自身を殺させると宣言させ、シルリネアには、ザフィルを殺せるという短刀を与える。そしてヴェンツェルには、ザフィルの魔力を封じることのできる魔法を渡す。

 三重の策だ。ザフィルが、彼自身を死に追いやるための。どれかひとつが機能すれば良いようにできている。あるいは、もっと重層的に策を巡らせているかもしれない。

 ザフィルは、いつから死を望んでいたのだろう。一体、どれだけの時間をかけて——。


 ザフィルがその罪の報いを受けるべきだという思いは、変わらない。

 だがその方法を彼の死とするのは、果たして妥当なのだろうか。

 死を望む者に死を与える。これで、罪の報いを受けさせることになるのだろうか。

 再考の余地はありそうだが……。

 首を振り、考えを切り替えた。

「そちらの準備は、いつ頃終わりそうですか」

 武具を仕立てていると聞いた。それが終わる頃が、彼らの出発の時だろう。

「明日……は無理か。明後日か明々後日か、それぐらいですかね」

 メイランが答えた。今朝岩嵐(ガンラン)と、最後の打ち合わせをしてきた。満足のいくものが仕上がるだろう。

 ヴェンツェルが微笑む。

「敬語は不要です。余計な気遣いはしないことにしましょう。メイラン」

 メイランが笑った。

「わかった。でも、そっちがまだ敬語だけど」

「これは口癖です。あなたもそのように、シルリネア」

「……わかり、ました。話しやすいようにします」

 すぐに対応したメイランに比べて、シルリネアの口調は固い。だがいずれ、彼女の柔らかい口調を聞けるようになるだろう。ヴェンツェルは急かさず見守ることにした。

「では、3日後あたりが出発ですか」

 ヴェンツェルの問いに、メイランは頷いた。

 さらに問う。

「ここから石哭谷(せきこくこく)までの距離は?」

「5日ぐらい。最寄りの村からは1日」

「なるほど。人里からそれぐらい離れていれば、他者に影響を及ぼすことも考えにくい……」

 計画性の高さが見て取れる。

「不思議だ……」

 ヴェンツェルが呟く。

「なぜ今回は、ここまで人の命に配慮しているのか」

 生命を奪うことに躊躇のない人物なのに。


 ******


 人の命に配慮している……ザフィルが?

 シルリネアには、にわかに信じがたい話だった。ただの偶然ではないだろうか。

 生命を塵にするような奴なのに。

 でも確かに、ザフィルはあの時言っていた。

 ——ここでやると、あなたの大切なものを壊してしまうでしょう。

「メイランを尊重している……?」

 そういうことだろうか。青嵐(せいらん)を壊さないために? あんな奴が、今更……?

 メイランが顔を強張らせた。

「どういうことですか」

 ヴェンツェルが問いかけ、シルリネアは静かに首を横に振った。

「わかりません。でも、あいつはここを壊さなかった。青嵐の人たちを殺さなかった。メイランの大切なものを壊すことを、避けているみたいだった……」

 なぜなのかは、わからない。ただ……。

「あいつが本当に、どうしても確実に、メイランに自分を殺してほしいのなら。青嵐を壊すことは……すごく、有効だと、思います……」

 青嵐は、メイランの大切な場所だから。そこを壊されたら、彼の嘆きと怒りはいかばかりだろう。

「……そうだな……」

 メイランが肯定した。様々な感情を抑えつけたような、低い声で。

 ヴェンツェルはメイランを気遣う視線を送ってから、頷いた。

「なるほど。ザフィルにはもう、感情などないのかと思っていましたが……かすかな感情、あるいは執着のようなものが、残っているのかもしれませんね」

 合理だけで動いているのではなさそうだ。メイランの大切なものを避けるザフィルは、矛盾を抱えている。

 あの大魔法使いにも、付け入る隙がありそうだ。


 ******


「だいぶ光明が見えてきましたね」

 ヴェンツェルが重苦しい空気を払うように、微笑んだ。

「やはり直接話すと早い」

 足元を見る。転移符は跡形もなく消えていた。元々使い捨てのつもりで作ったものなので、当然だ。

「あ、そうだ。ヴェンツェルさん」

 シルリネアが呼びかける。

「何でしょう?」

「もし良ければ、明日、黒嵐と紅嵐(ホンラン)を見てもらえませんか? 黒嵐は符術の使い手なので、ヴェンツェルさんに彼の符を見てほしくて。紅嵐は戦士ですが、魔力があるんです。彼女が魔法を使えるようになれそうか、見てもらえると嬉しいのですが」

 ヴェンツェルは苦笑した。一旦戻ろうと思っていたが、戻らない方がよさそうだ。後事をゲルハルトに任せておいてよかった。

「……わかりました。今晩の寝床をお借りしても?」

「あ、はい、そうですね……いいわよね、メイラン?」

「ああ、構わねぇけど……俺の部屋とベッドでいいなら貸すよ」

 シルリネアのベッドを貸すわけにはいかないので、メイランは自分のものを渡すことにした。ヴェンツェルも察するものがあったのか、軽く笑って頷いた。

「では、ありがたく。メイランのベッドをお借りします」


 ******


 夜。

 ヴェンツェルは既に眠っている。シルリネアも自室に戻った。

 メイランは毛布を体に巻き付けて、食卓横の床で眠ろうと寝転がる。どこでも眠れるのは、彼の特技だ。

 目を閉じて程なく、シルリネアの部屋の扉がそっと開かれた。燭台をまだ消していないのか、部屋の奥がかすかに明るい。

「眠れない?」

 暗闇の中、小声でメイランが尋ねると、シルリネアの影がもそりと動いた。頷いたのだろうとあたりをつける。

「何か話でもする?」

 上体を起こし、シルリネアの腕を掴んで自分の前に引き寄せた。

 シルリネアはしゃがみこみ、メイランの腕にそっと触れて……おもむろに立ち上がり、メイランを引っ張った。

「え、なになに」

 メイランの腕を引っ張って、シルリネアは自室に向かう。自室にメイランを入れてから、音を立てないよう慎重に、扉を閉めた。

「どうしたの」

 メイランが微笑む。燭台の薄明かりに照らされたシルリネアは、いつもと違う雰囲気をまとっていた。愛らしさはそのままに、蠱惑的な陰影が足されている。

「あそこで寝たら、寒いでしょ。だから……」

 頬を赤らめて、シルリネアが言う。

「ベッド、半分、貸してあげようかなって……」

「え」

 メイランが固まった。さすがにそれはまずい。

「いや、えーっと、ちょっと待って……」

 嫌ではない。むしろ歓迎したい。だが、どう考えてもよくない。

 それでいて、シルリネアの誘いを断るのも良心が咎める。

「……わかった。シルリネア、とりあえず横になんなよ」

 メイランの言葉に従って、シルリネアがベッドに横たわった。

「もうちょっと奥」

 シルリネアをベッドの端まで追いやってから、彼女の体に毛布をかける。厳重に。

「メイラン?」

 不思議そうに問いかけてくるシルリネアの声を無視して、メイランは自分の体にも別の毛布を巻き付け——ベッドに横たわった。シルリネアとは反対側の端で。

「おやすみ」

 一方的に挨拶をして、シルリネアを見ないように目を閉じた。

 こういう時は、さっさと眠ってしまうに限る。


 あまり遠くない場所から、嘆息とも含み笑いとも取れる音が聞こえた。

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